それは誰にとってのノーマルか?そのノーマルは幸せなのか?待望のロンドン上演となった公演が凄すぎた…ロンドン観劇日記(7)『Next to Normal』
ある家族の話。
ダイアナは妻であり、娘の母親。
そして、8ヶ月で亡くなった息子の母親でもあります。
ダイアナは頭の中で生き続ける息子とよく話をします。
精神科医に大量の種類の薬の服用を勧められますが、改善されることはありません。そんなある日、頭の中の息子に誘われる形で、ダイアナは自傷行為にいたります。
手術を薦められたダイアナは脳がショック状態になり記憶を無くします。夫は、息子の存在を無かったことにしようと、息子の思い出の痕跡を隠します。これでノーマルになることを信じて。
ダイアナは作られた思い出をインプットしていくなかで、何かが足りない、欠けていると感じます。
家族が考えるノーマルは本当にダイアナにとってノーマルなことなのか、そして幸せなことなのか?
彼女たちはSomething Next To Normal
(ノーマルの次のなにか)を探し、道を見つける。
ミュージカル『Next To Normal』は、このようなストーリーが進行していきます。
ダイアナの状態は、いわゆる双極性障害。
英語では、Bipolar Disorderと設定されていて、有料のプログラムにはこの症状について、作品に出てくるダイアナの言動が、なぜ起きているのかということを丁寧に、専門家が説明しています。
家族に横たわる課題、それはダイアナが生きている娘のことを、亡くなった息子より愛せていない、ということです。夫は娘のために16年尽くしてきたし、3人で過ごしてきた16年を大切にしています。
娘もダイアナの気持ちは察しており、今後の関係性について決定的になるのが、タイトルでもある「Next To Normal」という楽曲。
一部を抜粋して紹介します。
ダイアナは、過去を今度こそ捨て、普通になり、娘のナタリーに向き合いたいことを伝えます。一方、ナタリーはいわゆる「普通の生活」はいらない、でも「普通の生活」の次ならば受け入れられるかもしれない、と。
一幕の終盤、ダイアナが自傷行為に至ります。ダイアナが通路に消え、灯りがつくと血溜まりだけが残っているというインパクトの強い演出。これはまだ紹介していないシェイクスピアのマクベスでもそうだったのですが、イギリスの舞台では、血や死といったものが、かなりリアルに描写される印象を受けます。
明るいシーンは全体を通して少ないですが、非常に重要な作品と、僕は感じました。『Next To Normal』は、2008年にニューヨークに登場し、トニー賞を3部門で受賞。さらにピューリッツァー賞を受賞しました。
ロンドンではそれから15年開いた待望の上演となりました。今回の公演のために新しい部分も書き加えられました。会場はDonmer Wearhouseという200人も入らない劇場。客席はどのサイドでも最大4列という舞台の近い劇場です。チケットは販売と同時に完売だったらしく、他の劇場で隣になった方には「1番観たいんだけどチケットが手に入らない」と言っているほどの人気。僕は偶然キャンセルで戻ってきたチケットをタイミング入手できたため観ることができました。
家を模した二階建てのセットが舞台を占め、そんな小さな劇場でも、もちろん生演奏。二階部分が演奏エリアであり、家の二階であり、スクリーンにもなるというミニマムな空間を生かしたセットでした。
ダイアナを演じたケイシー・レヴィは、ミュージカル版『Frozen』の初代エルサ(ブロードウェイ)を演じたことで知られています。また娘を演じたエレノア・ワージントン・コックスが素晴らしかったです。自分は知らない兄が居て、母はその兄のことをいまだに愛していて、生きている自分は二の次にされている。私の16年間はなんなんだ。この複雑な役を見事に演じていて、歌唱力も素晴らしかった。
なんと彼女はイギリスが生んだアイコニックなミュージカル『マチルダ』の主人公マチルダ役を10歳の時に演じ、歴代最年少でのオリヴィエ賞受賞を達しているという生粋の舞台人。同じ通りで、まだ『マチルダ』は上演されており、イギリスで培われる劇場文化の良さが垣間見えました。
この距離感でこの二人の演技が見れらるこのプレミアム感。ロンドンでの上演は10月までとなりますが、滞在される方は、チケット確保をチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
*補筆
公演後、感激した僕は、すぐに劇場宛にメールを送りました。その一部を抜粋して掲載します。
そう、僕はプロデューサーをしていましたが、今年の3月仕事を休職し、自殺を考えました。医師の診断は躁うつ病(Bipolar Disorder)、ダイアナと同じです。『Next To Normal』ではダイアナは、家を離れる決意をします。夫のダンは受け入れられず、医師が手を差し伸べる様子が最後描かれます。ダンが次のダイアナになる可能性もあるなかで、この些細な演出は重要に感じました。
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