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クラシック音楽シーンが世界一熱い都市とは?現地直送!BBCプロムス2023鑑賞記(3)

突然ですが、質問です!
世界で最もクラシック音楽が熱い都市はどこだと思いますか??
音楽の都ウィーン、世界トップクラスのオーケストラを有するベルリン、話題に事欠かないメトロポリタンオペラを有するニューヨークなどなど思い浮かぶかと思いますが、僕は躊躇なくロンドンを推します!

なぜならば、、、

ロンドンのオーケストラ事情が贅沢すぎる!からです。

日本にも定期的に来日するLSO(ロンドン交響楽団)、サロネンとのコンビが印象に残るフィルハーモニア管、「女王陛下のオーケストラ」ともいわれるロイヤルフィル、そして最も勢いを感じるLPO(ロンドンフィル)が肩を並べているのです。各オーケストラをラトル、サントゥ(ロウヴァリ)、ヴァシリー・ペトレンコ、ガードナーが率いています。ここにAurora OrchestraやChineke! Orchestra、Orchestra of the Age of Enlightenmentと個性派が加わり、ロイヤルオペラとイングリッシュ・ナショナル・オペラが公演を行っています。バレエではマシュー・ボーン率いるNew Adventuresも活動しています。

舞台芸術シーンでは、さらにナショナルシアターやシェイクスピア・グローブ座が毎日公演を行うだけでなく、劇場街のパイオニアといえるウエストエンドの数十の劇場で年間通して公演が行われているのです。

この充実度に関しては、前回の滞在の際(2023年3月〜5月)から感じていました。が、今回さらに高めることになったのが、Sinfonia of Londonの存在でした。

Sinfonia of Londonは1950年代に主に活動し、ヒッチコックの名作映画『めまい』のサウンドトラックを担うなど、映画音楽のレコーディングに多く携わってきた楽団です。2018年に指揮者のジョン・ウィルソン(John Wilson)が再始動させ、2020年から22年の3年連続でBBCミュージック・マガジン賞を
、2022年にはグラモフォン賞を受賞した、今イギリスで波に乗る音楽集団なのです。特定のプロジェクトにあわせてロンドンを中心としたオーケストラのメンバーが集まります。ちなみにジョン・ウィルソンは編曲のスキルも凄まじいものを持っており、John Wilson Orchestraという集団でPromsに例年出演。ミュージカルや映画の音楽を紹介する意欲的な活動をしており、2015年ごろから僕がフォローしていた指揮者です。ジョン・ウィルソンのファンも多く、彼のアクションに反応するアリーナの観客も少なくありませんでした。

Prom30 
Lili Boulanger / D'un matin de printemps
Sergey Rachmaninov / Piano Concerto No.2
interval
William Walton / Symphony No.1

コンサートはブーランジェの小品で、幕あけ。ブーランジェはフランス6人組と同時期に活動。おそらくクローン病と診断される病を発症し、24歳の若さで世を去った女性作曲家です。今回演奏された『D'un matin de printemps』は邦訳すると『春の朝』といったところでしょうか。瑞々しく、快活なメロディとオーケストレーションは、映画のオープニングを思わせます。いくつかのバージョンが存在するものの、このオーケストラ版は1918年に完成。この年の3月15日に、世を去りました。病に苦しむ中でも冒険心や創作意欲は絶えなかったようです。

I cannot tell you how discouraged I feel some days not because of pain…
not just because of the boredom, but because I know I shall never be able to feel I have done all that I'd like to do, all that I have to do, since I cannot apply myself to anything without then having to rest for longer than the time I have been able to devote to working!

BBC Proms Programme

友人に宛てた手紙には、落胆させる理由が、「痛み」でも「退屈であること」でもなく、「これまで働くことに費やすことのできた時間より多く休まなければ、何をすることも許されないこと」であると述べられています。

このような状況下、恐らく悪化の一途を辿っていた時期に書かれたと思うと、聴こえ方もまた変わってくるのではないでしょうか。

ブーランジェが『D'un matin de printemps』を作曲していた1917年、時を同じくしてロシアでは、十月革命が発生。この大混乱のロシアから逃れたのがラフマニノフでした。

誰もが知るピアノ協奏曲第2番は直前に出演者変更がアナウンスされ、1998年カザフスタン生まれ、Royal Academyで学んだAlim Beisembayev が登場。おそらく本当に直前に決まったためか、オーケストラとのキメどころが甘かったような印象もありましたが、アンコールには『火の鳥』の『カスチェイ王』を演奏するなどパワフルな若手でした。

さて後半はイギリスが誇る作曲家の一人ウォルトンの『交響曲第一番』。1935年11月6日の初演は”Historic night for British music"と紙面で大絶賛されました。イギリスにおいて音楽の民主化に貢献し、BBC Promsの創始者ともいえるHenry Woodも”What a work, truly marvellous”と出版社に向けて手紙を書き賞賛したそうです。

大成功となった『交響曲第一番』ですが、1931年〜35年と比較的長い作曲期間を要した大作です。1929年に『ヴィオラ協奏曲』1931年に『ベルシャザールの饗宴』と今日も評価の高い楽曲を創った経験があったものの、交響曲の創作には相当な負担を感じていたようです。

Symphonies are a lot of work to write. Too much. One has to have something really appalling happen to one, that lets loose the fount of inspiration.

BBC Proms Programme

妻のスザンナに宛てた手紙で「創作の泉が尽きる」ことに対する怖さを生々しく記されています。また1929年の世界恐慌によって生まれた厚く暗い雲が覆っていた30年代という時期も彼の創作を阻んだとも思われます。

I must say I think it is almost hopeless for anyone to produce anything in any of the arts these day…..

BBC Proms Programme

そんな苦しみの中から生まれた超大作ですが、こちらもSinfonia of Londonのサウンドも相まって、映画に吸い込まれていくようなドラマチックな演奏に。特に弦楽器のうねりが後方のプルトからも生まれていて、聴いている者を飲みこんでいくような音楽でした。ジョン・ウィルソンのタクト自体がそのようなうねりを生みやすいため、この楽曲にフィットしていました。

僕のお気に入りは第2楽章。ショスタコーヴィチやプロコフィエフの交響曲の中で挟まれる短くコミカルさとシニカルさが同居した楽章のような雰囲気を持ちます。

イギリスのオーケストラ全般に言えるのは、金管セクションの響きがパシッとハマるのが気持ちが良いところです。輪郭がハッキリしているため、曲によっては強く、痛く感じることもあるのですが、「そう!そこ!」とツボを確実に押さえてくれるところは気持ちが良いと、僕は感じます。イギリスの作曲家の作品は、よりそこを把握した上で書かれているためか、あまり痛く感じることはありません。グローバル化が進む中でも、その土地の作品とオーケストラの切っても切れない関係性があるなぁと日々感じています。

是非、海外にいかれた際は、その土地の作曲家の作品を、その土地のオーケストラを聴きに、劇場へ足を運ばれてみてはいかがでしょうか?

SHNSK

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