見出し画像

社員戦隊ホウセキ V/第32話;意識を変える時?

前回


 四月十二日の月曜日、午前九時頃に東京の多可駄婆駅付近で、扇風ゾウオと社員戦隊ホウセキVが交戦した。

 レッドが扇風ゾウオの能力に屈して吹っ飛ばされるなどホウセキVは劣勢だったが、マゼンタの機転で形勢逆転し、勝利の一歩手前まで漕ぎ着けた。しかし一歩手前のところで、扇風ゾウオに逃げられてしまった。



 戦闘後、マンホールに落ちたレッドはブルーとイエローに救出された。救出された時、レッドは倒れていたが意識はあった。

「ありがとうございます。すいません、力不足で…」

 ブルーとイエローに担がれるレッドは、小声で礼と詫びを述べていた。
 ブルーは「気にするな」と即答したが、イエローの方は無言だった。

(こいつが居たら、ホウセキャノンは決まってたのか?)

 イエローは口を噤んだまま、そんなことを考えていた。


 社員戦隊は寿得神社の離れに帰投した。
 普段なら一階のちゃぶ台にリンゴが置かれているが、今回はそれが無い。帰投の途中、時雨が「敵を取り逃がしたので、慰労には当たらない」という旨の発言をしたからだ。

 かくして一同はちゃぶ台を囲まず、この卓を境に社員戦隊五人が愛作とリヨモの二人と向かい合う形で並んでいた。

「今回は敵に作戦を読まれ、ホウセキャノンも使いこなせず、ゾウオを取り逃がす結果に終わりました。至らぬ点が多く、申し訳ありません」

 中央の時雨が、正座したまま頭を下げる。他四人も正座で、彼に続いて頭を下げる。
 しかし愛作とリヨモには、五人を責める気など微塵も無かった。

「気にし過ぎるな。倒せなくても、撤退はさせられたじゃないか。顔、上げろ」

「そうです。皆さんは頑張っておられます。皆さんは今回も、生きて帰ってくださいました。ワタクシはそれで充分です」

 愛作は時雨に寄り添い、リヨモは愛作の後ろに続き、それぞれ労いの言葉を掛ける。
 しかし、戦隊側はそんな言葉を求めていた訳ではない。愛作に言われて頭を上げた時、四人の顔には悔しさが滲み出ていた。そう、四人には。

(僕は足引っ張ちゃったからな……。でも、社長とリヨモ姫は怒ってないな。隊長辺りが何を言うかだけど……。言われないように黙っておこう)

 表情が少し違ったのは十縷だ。今回、全く活躍できなかったことについて、彼は申し訳なさを感じていた。それと同時に、“ 自分は弱いから仕方ない  ”  という甘えも心の何処かにあった。だから、扇風ゾウオに吹っ飛ばされたことに対する悔しさは無く、この会で為体を咎められることを心配していた。
 その思考は表情から垣間見えたらしく、この人がそれを指摘した。

「熱田。お前、言うことは無いのか?」

 場が暫し静まった時、不意討ちのように和都が言った。左端に座っていた十縷は、右隣からの思わぬ奇襲に思わず青褪めた。

(マジ? 怒られるの? 社長にリヨモ姫。助けてくれますよね……!?)

 ある程度は想定していた展開だが、十縷は恐怖が先行して言葉が出なかった。そんな十縷の心中を察してか愛作とリヨモは動こうとしたが、それより先に和都は言った。

「お前だけが風で吹っ飛ばされたのは、筋力の問題……とか思ってないか? しかも、それを仕方ないとか、甘ったれてないか?」

 和都は図星を差してきた。堪らず十縷は固まってしまう。十縷に同調しているのか、リヨモも耳鳴りのような音を発する。
 和都は十縷の表情を確認し、続けて語った。

「黙ってるって言うより、図星だから反論できないってところか? お前、はっきり言って弛み過ぎだぞ」

 和都の声は低く、静かだった。独特な怖さがあり、十縷は何も言えない。彼だけでなく、この場全体が沈黙に包まれる。
 その中で、和都は十縷にとっての痛い点を連打した。

「出社は遅刻寸前。出撃中も、スカートが捲れたとか大騒ぎ……。そんな調子だから、お前だけ吹っ飛ばされたんだぞ」

 時雨と光里はこれに同感なのか、頷いている。伊禰と愛作は十縷を憐れむように、複雑な表情を浮かべている。リヨモは相変わらず、耳鳴りのような音を鳴らし続けている。
 場の雰囲気は混沌としてきた。

(いや、確かに遅刻寸前は悪いし、スカートが捲れて喜んだのもKYでしたよ。でも、だから吹っ飛ばされたってのは、論理飛躍じゃない!?)

 十縷は心の中で反論したが、肉声にするのは躊躇っていた。その間に、和都は立ち上がり、高らかに宣言した。

「こいつは逸材かもしれません。でも、根性は無いみたいです。だから、俺はこいつを鍛えたいと思います。イマージュエルの戦士としても、宝飾デザイナーとしても。これから、俺と同じトレーニングをさせようと思いますが、良いですよね?」

 この宣言に一同は響動いた。その反応は、賛同というよりは困惑に近かった。当人の十縷は、恐怖心を抱かずにはいられなかった。

(は? 僕、何されるの? そこまで悪いことしたの? 誰か助けてよ……)

 十縷は思わず、視線で周囲に助けを求めた。その気持ちがイマージュエルを通じて伝わったのか否かは不明だが、すぐ和都に対する反対意見は出た。

「お待ちください。いきなり負荷をかけ過ぎたら、彼の心身が持ちません」

 時雨の右隣に居た伊禰が、そう言いながら立ち上がった。十縷にとっては有難い意見だ。彼から希望の眼差しを向けられる中、伊禰は語った。

「ジュール君は新入社員で、デザインの仕事を憶えるだけでも大変な筈です。それに加えて、社員戦隊の訓練まで厳しくするのは酷過ぎます。ストレスで体を壊すどころか、過労死の恐れすらあります。産業医として、認める訳にはいきません」

 職業柄、伊禰の意見がこうなるのは自然だった。説得力もあり、十縷には有難い限りだった。しかし、和都に退く気は全く無かった。

「姐さんはこいつに甘過ぎます! 普通の仕事はともかく、社員戦隊の任務は地球が懸かってるんですよ。多少キツくても、やらせなきゃ駄目なんじゃないですか!?」

 和都の声が大きくなる。しかし伊禰は動じず、和都の方をじっと見る。時雨を挟んで、対峙する二人は激しく火花を散らす。
 和都の後ろでは十縷が震え、伊禰の後ろでは光里が困惑している。

 場の雰囲気は悪いを通り越して、険悪になりつつある。その雰囲気の中、和都と伊禰は舌戦を繰り広げ始めた。

「環境の変化はそれだけで大変なストレスですから、新入社員は慎重に育てないと駄目なんです。厳しいだけが全てではありません」

「優しいだけが全てでもありませんよね? って言うか、姐さんは優しいと甘いを履き違えてます。一年目だからこそ世の中の厳しさを教えなきゃ、こいつ本当にクソ社員になりますよ。帰りの車だって、こいつ姐さんにデレてましたよね? 姐さんが甘いから」

 伊禰に擁護され、和都に批判され、十縷は胃が痛くなる。
 
    そんな中、物理的に和都と伊禰に挟まれていた時雨が我慢の限界に達し、「その辺にしとけ」と言いながら立ち上がった。和都と伊禰の間に壁ができ、必然的に二人は黙った。
 和都と伊禰が静まると、時雨は語り始めた。

「伊勢の言いたいことは判る。確かに、今日の熱田は酷かった。スカートが捲れて喜んだのは、最悪だ。しかし、それをゾウオに吹っ飛ばされたことに結び付けるのは、違うかもしれない。俺と神明だって、敵に策を読まれて奇襲を妨害された。次はお前が、敵の術中に嵌るかもしれない。明日は我が身だ。熱田の失態だけをあげつらうな」

 時雨は左側の和都の方を向き、彼を諭す。時雨には反論しにくいのか、和都は頭を下げて口を閉じた。
 その様子を見て、「庇って貰えた!」と十縷は喜んだが、それは早合点だった。時雨は次に、十縷に向けて言葉を発した。

「熱田は今のままで良いと思うな。特に軽率な発言は慎め。新入社員という理由で伊禰に優しくされて、付け上がるな。と言うか、半人前と扱われて喜ぶな。お前は最強のイマージュエルに選ばれた、逸材の筈なんだから」

 途中やや個人的な感情が混ざったが、軌道修正して時雨は十縷に苦言を呈すると共に激励した。確かにそうだなと、十縷は正座したまま頷いた。

 そして場が静かになると、「そろそろ煮詰まってきたか」と愛作が喋り始めた。

「お前らは社員戦隊ホウセキV。つまり、五人で一つだ。誰が欠けてもいけない。全員で支え合って、高め合わないといけない」

 愛作は締め括ろうとしているのか、演説調の喋り方になっていた。こうなると、自ずと五人は再び正座になり、聞く体勢に入る。

「熱田。伊勢と北野が言ってたこと、ちゃんと理解しろよ。本当に女の子との接し方、気を付けろ。今のままだと、四十代にはセクハラオヤジになって、女の子に避けられまくるぞ。それでいいのか? って言うか、北野と伊勢の良い点を見習え」

 全体に向けて喋るのかと思われたが、愛作の言葉は十縷にのみ向けられたものだった。それを受けて、十縷はここまでの内容を脳内で整理する。

(確かに、光里ちゃんや祐徳先生に囲まれて、浮かれてた。このまま四十代になったら、本当にヤバい。これは直さないと……。って言うか光里ちゃん、ゴスロリの子のスカートが捲れて僕がはしゃいだ時、気持ち悪がってた……。これは今すぐ直す案件だ!)

 まず思ったのは、女性絡みの件。考えていると、十縷の中に光里に嫌われたくないという気持ちが湧いてきた。尤も、そんな動機の時点で直る気配は無いが……。
    そしてもう一点、扇風ゾウオに自分だけが吹っ飛ばされた件も考えた。

(祐徳先生と北野隊長は責めなかった。でもそれって、僕が半人前扱いされてるって証拠なんじゃないのか? それで良いのか?)

 今回の件と併せて、十縷の脳裏に昨日の訓練のことが甦る。実際に十縷の身体能力や戦闘技術は、群を抜いて低い。想造力が強くても、体が弱すぎたらそれを生かし切れない。今回の失態は、それを如実に物語っているのでは? 十縷はそう思えてきた。

(女の子への欲望を弱めて、体力も上げる。そのためには……)

 女性に関する件と、体力が劣る件が十縷の中で一つに繋がった。そして、それらを一度に解決する望みを、彼はまさに見出そうとしていた。


次回へ続く!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?