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社員戦隊ホウセキ V/第35話;鍛錬と残業の果てに得たもの

前回


 四月十二日の月曜日、意気揚々と出撃した扇風ゾウオは武運拙く社員戦隊に敗れ、撃破される寸前まで追い詰められた。ギリギリのところで扇風ゾウオはゲジョーに救われたが、敗走という結果を受けて、扇風ゾウオが穏やかでいる筈が無かった。

 そんな扇風ゾウオを、ザイガが焚き付けた。

「あの計画を実行しませんか? 今のニクシム神なら、可能かと思われますが…。扇風ゾウオよ。第一号になってみるか?」

  

 あの後、扇風ゾウオはザイガとマダムと共に惑星・グラッシャを訪れた。この星には、カムゾン、ヅメガ、ギルバスなどの巨獣が巣くっている。蛍光色の粘菌に彩られるサイケデリックな山々を、三人は小高い丘から臨んでいた。

 そんな三人のもとに、農夫のような白髪の男性がやってきた。

「どうも。マダム・モンスターにザイガ将軍。こちらは扇風ゾウオ様ですね」

 彼はザイガたちが来訪した理由を知っているらしく、挨拶も程々にすぐ指笛を鳴らす。すると地面が割れ、そこから巨大なカムゾンが姿を見せた。
 その豪快な登場に四人は動じる様子も無く、静かにその巨体を見上げる。

「では始めましょう。宜しいですね、マダム・モンスター」

 ザイガがそう言うと、マダムは頷く。同意が為されると、二人は扇風ゾウオの後ろに立ち、その背に手を添えた。

「カムゾンよ。今から其方に力を授けようぞ。扇風ゾウオと契りを交わせ!」

 マダムが叫ぶと、彼女のブローチに備わった緑の宝石が光る。ザイガの方も、左手に備えたブレスレットの黒い宝石が光を放つ。その光は二人の腕を通じて扇風ゾウオに伝わり、その体を包み込んだ。苦痛を伴うのか、扇風ゾウオは呻き声を上げる。

 その声にカムゾンは思わず頭を下げて、扇風ゾウオを凝視しようとした。すると、その次の瞬間だった。

「ガゴオォォォォッ!!」

 扇風ゾウオの額に備わった憎悪の紋章から、鉄紺の光が一直線に伸びてカムゾンの額に達した。それを受けたカムゾンの体から、同じ色の光が霞のように湧き上がり始める。憎悪の紋章からの光を受けたカムゾンの額には、扇風ゾウオと同じ形の金細工が徐々に形成されていく。
    それを誇るように、カムゾンは大きな咆哮を上げた。

「巨獣にゾウオと同じ力を与え、憎悪獣にする。ゾウオと憎悪獣は憎悪の紋章を共有するから、同時に出撃してもニクシム神に負担は掛からん。有効な攻撃手段だ」

 鈴のような音を鳴らしながら、ザイガはカムゾンの変貌を見上げる。カムゾンの体は褐色から黄土色に変わっていき、肘や膝に鮮やかな青の模様が入る。胸には灰色の風車が形成されていく。カムゾンは扇風カムゾンに変わりつつあった。

「扇風カムゾンよ。扇風ゾウオと共に、その力で地球の哀れな者たちを救うのだ!」

 変わっていくカムゾンを叱咤するように、マダムが叫ぶ。それに応えるように、カムゾンは二度目の咆哮を上げる。
   その咆哮は、星全体を包み込もうかと言う程大きかった。


 さて地球の方では、扇風ゾウオに屈した十縷が心身共に鍛錬を積もうと決意していた。

 その日のうちに厳しいトレーニングと残業に臨んだ十縷。その日は帰宅後、失神するように眠った。


 翌日、四月十三日の火曜日の朝。
 十縷はホウセキブレスが発する和都の声に叩き起こされた。まだ疲労の残る彼は寝ボケ眼のまま体を起こし、赤く光るホウセキブレスを手に取った。

『早く起きろ。五時から自主トレって言っただろ』

 そう言われて、十縷はボンヤリと思い出した。昨日、別れ際に「明日は五時から……」と和都が言っていたのを。思わず十縷は苦笑してしまう。

(いかん、完全に忘れてた。って言うか、伊勢さんは疲れてないの? 僕は死にそうだよ…)

 改めて、和都と自分の差を痛感し、昨日、勢いで「同じ特訓をする」と言ったことを後悔し始めた。しかし、十縷は頭を左右に振って、その後悔を振り払った。

(駄目だ! 伊勢さんはこれを乗り越えて、あの体を手に入れたんだ! ここで弱音を吐いてたら変わらないぞ!)

 十縷を奮い立出せたのは、営業部の掛鈴や筋肉屋の大将が言っていたこと。

「こいつも去年までは君と似たような感じでヒョロかったんだけど、気付いたらこんなムキムキになっててさ」

「去年の和都に似て、ヒョロい奴だな」

  
   

    和都の肉体は、初めから屈強だった訳ではない。厳しい鍛錬に耐えて構築したのだ。今の十縷はそれを目指して、和都に弟子入りした筈だ。
    決意を思い出した十縷はすぐに動き、ジャージに着替えて部屋を出た。廊下には、木刀を二本持った和都が待っていた。


 空は明るいが、まだ太陽は地平線の下というこの時間帯。肌寒さの残る空気の中、二人は寿得神社の杜に向かった。
 自主トレの場所は日曜の訓練で使っている所とは違い、鬱蒼と木が生い茂った場所で、木の枝にタイヤが吊るされているのが印象的だった。

「この自主トレは日曜の復習だ。剣や蹴りの型を体に憶え込ませるんだ」

 和都は自主トレの趣旨を説明すると、見本と言わんばかりに木刀の素振りを始める。十縷もそれを真似して、木刀の素振りを始めた。その他、突きや蹴りの型の確認、木の枝に吊るしたタイヤに木刀の打突を打ち込む練習、相方に木刀を振らせてそれを防御する練習などを一時間少々行った。
 そして最後は、腕立て伏せやスクワットで締めくくった。


「さて、そろそろ時間だ。朝飯にするぞ」

 六時半を少し過ぎた頃、和都はそう言った。その時、十縷の意識は朦朧としていて、「飯」と聞いて喜ぶ気力すら失っていた。男子寮に戻り、一階の食堂で朝食を摂ったのだが、十縷は余り憶えていなかった。食後に和都と別れて自室に戻ったのも、殆ど無意識だった。


 だから、彼は本当に気付かなかった。自室に戻った後、そのまま失神するように寝入ってしまったことにも……。十縷が再び覚醒したのは、時計の針が八時二十五分を回った頃だった。

(嘘っ……! ヤバすぎ、遅刻じゃん!!)

 その時、十縷は自室に床に倒れ伏していた。目を開くと、壁掛け時計の針が見えて驚愕した。そのまま大急ぎで着替えなどの身支度をして、超特急で会社へ向かった。
    死ぬ気で走った甲斐があって遅刻は免れたが、昨日に引き続きギリギリの出社となってしまった。

(最悪~。連日のドベ……。印象、悪過ぎだよなぁ……)

 十縷は周囲の目を気にしつつ、タイムカードに打刻してから自分の机に向かった。席につくと、十縷は隣から鋭い視線が刺さって来るのを感じた。

「五時起きでこの時間はねえだろ。二度寝すんな」

 和都に苦言を呈されるのは予想通りだった。十縷は「すいません」と小声で返す。
 そんな十縷に、和都は付け加えた。

「神明は、陸上も経理も高いレベルでこなしてる。そんで『忙しい』とか『ちゃんとやってる』とか言わねえ。隊長も姐さんもそうだ。比べて言い訳ばっかする奴は、何一つまともにできねえ。だから言い訳だけは絶対にすんなよ。どんなに辛くても」

 和都は耳打ちするような小声で、十縷にそう告げた。これは和都の信念のようなものだとすぐに理解できたし、八割方は納得できる内容だった。
 しかし、完全に同意していた訳ではない。

(理由と結果が逆だよな……。言い訳しなかったら立派な人になるんじゃなくて、ロクでなしだから言い訳ばっかするんだと思うけど……)

 と、和都の言葉を一部だけ否定してみた。しかし、全否定する気など無い。

(だけど、ご尤もです。言い訳して、自分を甘やかしちゃいけない!)

 昨日、自分で宣言したことも思い出し、十縷は自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。


 やがて、時計の針は九時を回り、始業時刻になった。気合が十縷の体に疲労を忘れさせ、半強制的に突き動かした。これが良いのか悪いのか、現時点では何とも言えなかった。


 午後、デザイン制作部のみで八月の即売会に向けた軽い会議が行われた。過去に顧客から評判が良かった商品や営業部が聞いたお得意様の声などから、今回の即売会ではどのような商品を出すべきなのかという話し合いが行われた。
 十縷は真剣に配布資料を熟読する。

(伊勢さんの作品もある。へぇーっ)

 資料には商品の写真が、デザインした人物の名前と共に載っていた。和都の作品は二つ載っており、一方は良い例で他方は悪い例として載っていた。

(ピアスは若い女の子ウケって感じか。で、ネックレスはアイディア商品だな)

 良い例として載っていたのは、比較的安価なピアス。三つの小さなタンザナイトで、紺色の花を表現していた。「可愛い」、「色違いのも欲しい」などの声が挙がっているようで、トルコ石やアクアマリンのバージョンも検討予定だと社林部長は話していた。

 悪い例として載っていたのは、ネックレスの方。メインの宝石は水晶で、その左右には白金の環が三つずつ備えられている。環は任意に取り外しが可能で、ハーフリングとして装着可能。六つの環から任意の二つを選ぶことで、指環のパターンは十五通りもあるという代物だったが、売れ行きはいまいちだったらしい。

(ネックレス、凝ってるのになぁ……。奇をてらった色者扱いとは残念だ。それにして伊勢さん、こんなジュエリー作るんだ……)

 作品にいろいろな感想を抱いた十縷は、和都に羨望の眼差しを送る。戦士としてもデザイナーとしても、「早く追いつかねば」と意気込みを更なるものにしていた。

 会議中、進行役として全体を見渡しつつ喋っていた社林部長は、当然そんな十縷の表情にも気付いた。その表情は意欲溢れるものなのだが、部長はその表情に不安しか覚えなかった。


 会議の後、和都の作品に刺激を受けた十縷は、一心不乱に筆を走らせた。

(伊勢さんは身近な目標だ。あんな作品を、僕も作るんだ)

 しかしいざ描いてみると、思った形とは異なるものになる。そして、考え直さざるを得なくなる。頭は冴えていると思っていたのに、意外に能率は悪くなっていた。


 そうこうしていると、時刻は五時半を回った。昨日と同じく十縷は仕事を切り上げ、和都と共に会社の体育館へ行き、昨日と同じメニューの筋トレを行った。

(キツいし、痛い……! でも、筋肉痛を乗り越えて初めて、筋肉は付く!!)

 実は十縷、筋肉痛であちこちが痛かった。それでも己に鞭を打ち、筋トレを続けた。顔を歪めながらも励むその姿を、和都は感心していた。

「いいな、熱田。根性あるじゃねえか! お前、絶対強くなるぞ!」

 和都は思わず声援を送る程、十縷の姿に感心していた。十縷は嬉しくなり、更に頑張って体を苛め続けた。


 筋トレを六時半過ぎに切り上げると、二人はその足で筋肉屋に向かった。昨日と同じ流れだ。来店したら体重を測り、【蛋白質の塊】を食べる。しかし、大将の対応が少し違った。

「後輩君、大丈夫か? 気張り過ぎて無理すんなよ」

 大将は本気で心配そうな目で、十縷にそう言った。十縷は少し驚いたが、大して気にすることではないとこの発言を流し、「大丈夫ですよ」と返した。
 十縷の言葉に続き、和都が囃すように言った。

「多少疲れてたって、大将の飯食えば元気百倍っスよ!」

 大将はこの言葉に乗せられる形になり、この話題はここで打ち切られた。


 そして筋肉屋を出た後、二人は本社ビルの方向へと進んだ。この道は、男子寮にも続いている。前を歩く和都は、ふと振り向いて十縷に訊ねた。自分は会社に戻って仕事を再開する予定だが、お前の方はどうするつもりかと。
 十縷は、目を爛々とさせてこれに答えた。

「勿論、僕もやりますよ! インスピ、湧きまくってるんです!!」

 十縷の声は上ずっていた。その意気込みに、和都は微笑んで頷く。

「そうか。そんじゃ、もうひと頑張りするぞ!」

 十縷と和都は、意気揚々と会社に戻っていった。この勢いで、残業をこなせる。二人とも、そう思っていた。
   しかし階段を上がり切り、デザイン制作部の部屋に入ったその時だった。

「えっ……? 熱田、どうした!?」

 部屋に足を踏み入れた瞬間、十縷はバタリと床に倒れ伏した。電池切れした玩具のように。近くに居た和都が最初に気付き、思わず息を呑んだ。
   残業中だった社林部長ら三人のデザイナーも、堪らず驚きの声を上げた。


次回へ続く!

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