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社員戦隊ホウセキ V/第28話;憎しみと企み

前回


 巨獣たちが敗れた後、ニクシム神の前でザイガは語った。

「巨獣たちは敗れました。しかし、地球の民に恐怖や苦しみを与える役割は果たしました。その恐怖や苦しみはニクシム神に捧げられています。スケイリーもそうですが、地球のシャイン戦隊に勝てなくとも、確実に一定の成果は上がっています」

 彼の正面ではニクシム神の岩肌から、鉄紺色をした粘り気のある光が湧き上がっている。マダム・モンスターはその様子を見て、ザイガの言葉に頷く。そして、ザイガは続けた。

「やはりゾウオを地球に送り込みましょう。仮令たとえ、地球のシャイン戦隊に負けても、地球の民に恐怖や苦しみを与え、ニクシム神を成長させることはできます。それを繰り返せば、ニクシム神の力は更なる高みに至ることでしょう。その為には、ゾウオを増やす必要があります」

 そう話したザイガは、ニクシム神が放つ粘る光に両手を伸ばした。そしてその光を掴み、光の塊を二つ抜き取った。その間、マダムは聞き役に徹していたが、ザイガが喋り終わると釘を刺すように言った。

「其方の申す通り、長期的な展望も必要じゃ。その作戦、承知した。ただ……。ゾウオは使い捨ての駒ではない。ウラームも巨獣もじゃ。奴隷や家畜と蔑み、戦わせるのが当然とだけは思うな。あ奴らもまた、我らの仲間なのじゃから」

 ザイガは両手に光の塊を握り締めたまま、そう言ったマダムの方に目を向けた。体から一切、音を立てずに。そして、こう返した。

「私は立場や素性に関わらず、能力のある者なら誰でも尊重します。ウラームや巨獣だからという理由だけで、蔑んだりはしません」

 ザイガはそう言って、祭壇の前から立ち去った。マダムはその背に、不安そうな視線を送っていた。何処まで自分の意思が伝わっているのかと。
 マダムが不安に思うザイガは、心の中でこんなことを言っていた。

(奴隷や家畜と蔑むな…。よく言えたものだな。巨大化させたカムゾンたちを屠殺とさつし、スカルプタの民に食わせている分際で。まあ、無意味に殺すよりは有効利用しているが)

 因みにザイガは、感情の音を一切立てていなかった。何も思っていなかったからではない。ザイガは気合で感情の音を殺すことができた。これは、血の滲む努力の末に体得した特技なのだが、ザイガはそれを誰にも語っていなかった。


 そのやり取り、と言うか三体の巨獣がホウセキングに敗れたから数日が経った。ニクシム神からは鉄紺の光が湧き続けているが、数日前よりも勢いは衰えているだろうか。ニクシム神の前に並び立つマダムとゲジョーも、この様子に少し首を傾げていた。

「少し、勢いは減ったか? 地球は遠い故、恐怖や苦しみも届きにくいのか?」

 芳しくなさそうに眉を顰め、マダムは呟く。

「実際に襲われた者たちは苦しみますが、襲われる様を見て愉しんでいる者もおります。その者たちのせいで、与えた苦しみが半減しているのかもしれません」

 ゴスロリの装いをしたゲジョーは、地球の様子からそのように考察した。彼女の所見を聞き、マダムは「何処の星も同じじゃな」と頭を振りつつ額に右手を当てた。

 ところでこのやり取りの間、祭壇の天井を構成する岩盤が、ずっと激しく振動して重低音を響かせ続けていた。ニクシム神は、その岩盤の向こうに光を送り続けている。その振動にも、マダムは顔を歪ませていた。その横顔を確認して、ゲジョーも同様に顔を歪ませた。


 小惑星の地下空洞は、蟻の巣のように複雑な洞窟を形成している。天井の岩盤を震わせる衝撃は、地下空洞の祭壇のある部屋とは別の場所にも届いていた。そこにはザイガが一人でいて、その振動に体から鈴のような音を鳴らしていた。

「やっているな……。ウラームを減らすのは困るが、ゾウオに成れる者を選別できるなら、必要な犠牲と言ったところか……」

 そう呟いたザイガの手許を見ると、そこには鉄紺色の光の塊があった。数日前に、ニクシム神から取って来た光、と言うか力だ。
 ザイガは彫刻刀や金槌で、光の塊の形を整えている。目を凝らすと、鉄紺色の光の中には金色の装飾品が見える。片方は風車のように十字に並んだ四つの平行四辺形、他方は蜘蛛の巣を張った蛸だ。この数日間、ザイガはニクシム神の光を加工して、この金細工を創っていたのだ。

「まあ、こんなところか。新たな【憎悪の紋章】、完成だな」

 形が仕上がると、ザイガは【憎悪の紋章】と呼んだ二つの金細工を手に取り、それぞれ交互に眺めて頷いた。それから彼は徐に立ち上がり、別の場所へと移動した。


 果たして、ザイガは何処へ行ったのか? そもそも、小惑星の地下空洞に響く振動は何なのか?

 答は小惑星の地上にあった。祭壇の真上に当たる場所には、鉄紺の光が樹液のように溢れている。溢れた光は飛沫のように散り、人型の形を得ていく。褐色をした石のような表皮にHgやCrとも見える白い模様が描かれた、甲殻類に似た顔を持つ人型の異形・ウラームに。
    ニクシム神から溢れる光は、次々とウラームを生み出していた。その生まれたばかりのウラームたちに対峙する形で、彼らと同じ顔をした三体の異形が並び立っていた。

「ニクシム神よ! ウラームなんざ作る力があったら、もっと俺に力を寄越せ!」

 三体のうち、一体が怒号を上げる。顔はウラームと同じだが額に触角があり、その間には腹足に鱗を備えた巻貝の金細工を付けていて、胴体にも巻貝や鱗のような防具を備えている。スケイリーだ。先日、ザイガに切られた右肩の装甲は、すっかり治っていた。
 そのスケイリーは吼えながら杖を取り出し、その先端に貝殻を付ける。今回の貝殻は灰色の法螺貝だ。スケイリーは杖の先をウラームたちに向け、法螺貝の口から真っ赤な火球を発射した。
    火球はウラームの群れの最前列に炸裂し、複数体のウラームを吹っ飛ばした。燃えた腕や頭部などが、無残にも小惑星の上を転がる。

「地球のシャイン戦隊なんて、私が皆殺しにしてやるわ! 私を地球に送りなさい!」

 スケイリーが火球を放つと、別個体もウラームの群れに攻撃する。その個体は額に羽毛のような金細工を付け、右肩には烏の頭部、右の小手には翼のような装具を付けていた。
 その個体の右肩で烏の目が紫に光ると、小惑星の上に転がっていた幾らかの岩石が浮き上がる。そして、その個体が両手を大きく下に振ると、浮き上がった岩は生き残ったウラームたちに襲い掛かる。
    ウラームたちは、大きな岩に潰されていった。

「俺が燐光ゾウオより弱いだと!? 舐めんな! 俺は強い!!」

 三体目は、額に力こぶを作る腕を模した金細工を付けていた。この個体は筋骨逞しく、羽毛の紋章を持つ個体やスケイリーと比べて大柄で、鎖をつけた大きな鉄球を持っていた。
 この武器を乱雑に振り回して、残ったウラームを次々と殴り倒していた。



 スケイリーをはじめとするこの三体は、ゾウオである。彼らもウラームと同じく、ニクシム神から生まれた存在で、その心にはやり場のない怒りや憎しみが満ちている。その感情の矛先は、至る所に向く。
    今回は、生まれたばかりのウラームたちが犠牲になっていた。このよう彼らが暴れるので、地下空洞の天井は激しく振動していたのである。

「威勢がいいな。スケイリー、念力ゾウオ、剛腕ゾウオ」

 彼らが一瞬だけ静まると、この場に男性の声が響いた。感情の籠っていない声が。三体は声の方を振り返り、声の主を確認した。

「これは、ザイガ将軍。一体、何の用事で?」

 この場に現れたのは、ザイガだった。三体の方に歩いてきた彼に、スケイリーが厭らしく敬語で喋りながら近寄る。
 ザイガはスケイリーに、両手に持っていた物を見せた。

「新たな憎悪の紋章ができたのでな。見込みのあるウラームに与えようと思っている」

 それはニクシム神の力を加工して創った、風車の金細工と蛸の金細工だった。この金細工、スケイリーや他二体のゾウオの額にある装飾と、近い雰囲気がある。
 そう、彼らが額に付けている金細工もまた憎悪の紋章で、ザイガがニクシム神の力から創ったものだ。

「残念だが、ウラームは全滅した。新しい憎悪の紋章、無駄になったぜ」

 誇るように、スケイリーが胸を張る。羽毛の紋章を持つ念力ゾウオや、力こぶの紋章を持つ剛腕ゾウオも同様だ。三体のゾウオは自分を地球に向かわせるよう、ザイガに懇さた。
 しかし、ザイガに耳を貸す気は無い。彼らを掻き分け、倒れ伏すウラームたちに近づいた。

「全滅した? スケイリーよ、お主の目は飾りか? よく見ろ」

 ザイガは抑揚の無い喋り方でそう言った。
 スケイリーたちがこの言葉の意味を理解できずにいる中、彼らには受け入れたくない事態が起こった。
 倒れ伏す多数のウラームが作る山の中から、二体のウラームがゆっくりと立ち上がったのだ。ゾウオたちの猛攻に耐え、生き残った個体が居たのだ。この事実に、三体のゾウオは堪らず響動いた。

「お前らよりも、こいつらの方が有能かもしれんな。少し、力を見てみたい」

 ザイガはそう言って、立ち上がった二体のウラームの額に、それぞれ一つずつ憎悪の紋章を押し当てた。風車の紋章と蛸の紋章を。憎悪の紋章は鉄板に接した磁石のように、ゾウオの額に貼り付いた。
 すると憎悪の紋章から青黒い霞のような光が湧き上がり、たちまちウラームの全身を包み込んだ。次の瞬間、二体のウラームの体に変化が起こる。突起が生えては引っ込んだり、次から次へと体色が赤や青に変わったりと。
 それと同時に彼らは膝を折り、もがき始めた。猛烈な力を注ぎこまれ、急激な変化に苦しんでいるようにも見えた。

「よくスケイリーたちの攻撃に耐え抜いた。次はゾウオに成れるか否かだ。それはお前たち次第。産みの苦しみに耐え、己の有能さを見せつけろ」

 転がり回りつつ変貌していく二体のウラームを見下ろすザイガは、棒読みで喋りつつ鈴のような音を鳴らす。
 スケイリーら三体のゾウオは、ザイガの後ろで二体のウラームの様子を、固唾を呑んで見守っていた。

(さあ、ゾウオとなれ。お主たちは私の手駒だ。地球の民を苦しめ、ニクシム神を成長させろ。黒のイマージュエルを地球に送れる程にだ)

 ザイガは心の中でそう言っていた。あくまでも心の中でしか、言わなかった。


次回へ続く!

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