社員戦隊ホウセキ V/第18話;赤のイマージュエルの戦士
前回
赤のイマージュエルを現場に呼び出して宝世機に変形させ、更には変身までしてしまった十縷。驚愕の事態が連発して、ブルーたち四人は困惑気味だった。この中で、はきはきしているのはレッド一人だ。
「皆さん、一気に決めますよ!」
レッドはブルーたちの手を引き、並び直させた。
ブルーが先頭、その右側後方にグリーンとマゼンタ、左側後方にイエローという配置に。自分は彼らを見渡すように、最後尾に立った。
一同を並ばせたレッドは、また天の方に左手を伸ばして叫んだ。
「来い、ホウセキャノン!」
彼が叫ぶと、空には再び蜘蛛の巣状の皹が入ってガラスのように割れた。次に穴から出てきたのは、寿得神社の裏山の中に散らばっていた無色透明のイマージュエルの破片だ。一つ一つは小さな欠片たちは輝きながら降下し、その過程で合体して大きな姿を得た。
その姿は大砲だった。金を施した、無色透明の水晶細工のような大砲だ。
ホウセキャノンと名付けられたこの大砲はゆっくりと高度を下げ、レッドと急展開に圧倒されっ放しの四人に担がれた。
「皆さん、イマージュエルの力をこれに注いでください。とっておきの一撃で、あの悪党を粉砕しますよ!」
大砲の後部には銃のような把手と引き金があり、最後尾のレッドがこれを握った。
先程から圧倒されっ放しのブルーたち四人は半ば思考力を失っていて、言われるままにイマージュエルの力をこの大砲に注いだ。無色透明の大砲の内部に、青、ピンク、黄、緑、そして赤の光が、目まぐるしく駆け巡る。
大砲を向けられるスケイリーは、目を点にしてその様を眺めていた。
「行きますよ! ホウセキャノン・バースト!!」
充分な力が蓄積したと判断すると、レッドは引き金を引いた。無色透明の砲身の中を駆け巡っていた五色の光は一つの赤い光球となり、勢いよく射出された。
その光球は一直線にスケイリーに向かって飛んでい……かずに、弾道はかなり逸れた。砲撃の威力が高すぎ、撃った瞬間に反動で全員が体勢を崩したのだ。結果、発砲と同時に大砲は上を向き、光球はスケイリーの頭上を通り過ぎていった。
それでも光球が通過する際に生じる風に煽られ、スケイリーは薙ぎ倒された。狙いを外した光球は通り過ぎ、遥か上空に消えていった。
(五人でも反動が受けきれないし、余波だけでスケイリーの体勢を崩した。なんて威力だ……!)
ブルーたち四人と愛作とリヨモも、更にはスケイリーの心の声が一致した。
ホウセキャノン・バーストと名付けられたその砲撃は強過ぎた。直撃すれば堅牢なスケイリーでも木っ端微塵になっていたかもしれないと、誰もが想像した。
「ふ…ふざけるな……! 赤のイマージュエルが何だ!? 負けるもんか!!」
スケイリーは貝の杖を支えに立ち上がり、震えた声で咆哮を上げた。
一方、レッドたちは落としたホウセキャノンを囲んで寝そべっている。今ならスケイリーに勝機があるかもしれない。しかしスケイリーはそこまで恵まれていなかった。
「そろそろ三十分。ニクシム神も限界か……」
いつの間にか一階の出入り口から駐車場に出ていたゲジョーが、スマホで時刻を確認して呟いた。
そう、そろそろニクシム神が地球まで力を送れなくなる。これがスケイリーにとっての死活問題であることは言うまでもない。
「なりません、スケイリー将軍! 戻りましょう!」
ゲジョーは血相を変えて走り出した。その過程で服装をゴスロリ調のものに変え、髪型やメイクも激変させる。姿を変えたゲジョーは、まだ戦意の萎えないスケイリーの手を掴んだ。
「まもなくニクシム神からの力が届かなくなります。これ以上の戦闘は危険です!」
ゲジョーは叫び、もう一方の手拳で虚空を叩いた。
拳はレッドたちの方に突き出されたので彼らには何も見えなかったが、ゲジョーたちの方からは空が割れて七色の光が渦巻く穴が開くのが見える。その穴の中に、ゲジョーはスケイリーを強引に引き込んでいった。
スケイリーは「放せ!」と未だ戦意を滲ませていたが、ピジョンブラッドの水で弱っていたのか、ゲジョーに抗うことはできかった。
この様子はレッドたちからは、二人がこちらに向かって来ると思ったら不意に消えた、という風に見えていた。
かくして幕引きは呆気無かった。
ホウセキャノンを制御し切れずに倒れた五人は、ゆっくりと一人ずつ立ち上がった。
「恐ろしいほど凄い威力だな。人工衛星が木っ端微塵になるとは……」
ブルーが立ち上がりながら、呟いた。
彼の優れた視力は辛うじて捉えたのだ。外れたホウセキャノンの光球が、遥か上空の人工衛星を破壊するのを。
「マジですか? もう使われてない人工衛星ならいいですけど……。それにしても、凄い反動でしたね」
腕を摩りながら立ち上がったイエローが、ブルーに相槌を打つ。グリーンが遅れて立ち上がり、イエローの言葉に頷く。
とにかくこの三人は、ホウセキャノンの威力に意識が向いていた。
だが、四番目に立ち上がったレッドは別のことに気が向いていた。
「あの……。マゼンタって呼ぶんでしたっけ? 大丈夫ですか?」
最後尾の彼は、恐る恐るマゼンタに声を掛けた。その時彼女は、仰向けの状態から辛うじて座位の姿勢まで持っていった、という状協だった。他は皆、立ち上がっているのに。
「ご心配には及びませんわよ。丈夫な体だけが取り柄ですので」
マゼンタは横座りのまま、そう答えた。レッドは素直にその言葉を信じられなかった。
(凄く辛そうだけど、本当に大丈夫なの? 祐徳先生、もしかしたら武器を使いたくなくて、その気持ちの影響で反動を強く受けるのか?)
マゼンタは唯一武器を持たず、徒手空拳で戦っている。それが何かしらの思想に基づく行動なら、彼女の想造力がそれを反映して、自分を罰している可能性は充分に考えられた。しかしこの考察が正しいのか、マゼンタを質問攻めにして究明するのは、流石に気が引けた。
そしてレッドは、このことも気にしていた。
(あのゴスロリの子、昨日車を撮ってたJKと同じだよね。ニクシムだったのか……)
それは、スケイリーを連れて撤退したゲジョーだった。彼の視覚情報に関する驚異的な記憶力をもってすれば、今日のゴスロリ少女と佐浦高校で見かけた少女が同一人物だと、一瞬で判る。
彼女はレッドにとって不可解な存在だった。
(なんでニクシムに味方してるの? スケイリーやウラームみたいなヤバい感じが全然しないのに…)
これは外観の問題ではなく、醸し出す雰囲気の話だ。昨日のウラームも今日のスケイリーも、猛烈な憎悪心が全身から滲み出ているような雰囲気があった。しかし、ゲジョーにはそれを全く感じない。外観の通り、普通の人間としか思えなかった。
どうして、そんな彼女がニクシムに加担しているのか? この疑問は、暫く十縷の脳内の一部を占拠するのだった。
ゲジョーはスケイリーに戦いを中断させて小惑星へと連れ帰ったが、これでスケイリーが穏やかでいる筈がなかった。
「ふざけんな! 俺はまだ戦えた!!」
小惑星の地下空洞に、スケイリーの怒号が響き渡る。ニクシム神を祀る祭壇の前に戻るや、スケイリーはゲジョーを突き飛ばし、岩の床に這わせた。
勿論、この場にはマダム・モンスターやザイガが居るので、この行動はすぐ咎められる。
「止めい、スケイリー! 仲間への暴力は見過ごさんぞ!!」
マダムは、スケイリーとゲジョーの間に割って入り、スケイリーの眼前で右掌を広げた。紫の炎を宿した右掌を。こうされるとスケイリーは少しおとなしくなり、一歩下がる。
マダムはスケイリーを後退させると掌の炎を消し、その手を倒れたゲジョーに伸ばした。ゲジョーは、先端が新橋色をしたツインテールの右側が解けていた。マダムの手を借りて立ち上がったゲジョーは、静かに謝意を述べる。マダムは、立たせたゲジョーの頭を愛でるように撫でた。
スケイリーは未だ不服なのか、彼女らの後ろで不平をごねる。
「ニクシム神の力はまだ届いていた。俺はまだ戦えた。気に食わねえ……」
この言葉を受け、マダムは盛大に溜息を吐いた。
「何を申すか? あの砲撃、当たっていたら其方は今頃ここにはおらぬぞ。ザイガの申す通り、赤のイマージュエルの戦士は本当に強い。戦った其方が最も解っておろう」
マダムの見解は妥当だが、スケイリーは認めたくないらしい。
「確かに、あの大砲は強力だった。だが、奴らは使いこなせてねえ! 撃った途端、転がってたじゃねえか!? あそこで畳みかければ、五人まとめて殺れたわ!!」
スケイリーはマダムに詰め寄って啖呵を切った。この態度にマダムは困惑し、溜息を吐きつつ首を左右に振る。
すると、ここでこの人が動いた。
「己の受けた損害も解らぬ程、無能とは。お主を将軍に推薦したのは、間違いだったようだな」
ザイガだ。これまで黙っていた彼は、いつの間にかスケイリーの背後に立っていた。ウラームの物と同型の鉈を手にして。ザイガはその刃をスケイリーの右肩に振り下ろした。彼の肩は濃紺の巻貝のような装甲に守られているが、堅牢な筈のその装甲が鉈で紙切れも同然に切断された。
スケイリーは肩を切られてから振り返り、驚きながら後退する。ザイガは湯の沸くような音を僅かに立てつつ、スケイリーに告げた。
「赤のイマージュエルが変化した宝世機の水によって、お主は弱められた。だからこの様だ。これでもお主は、己に勝ち目があったと申すのか?」
認めたくない現実を突き付けられ、スケイリーは苛立つ。切り落とされた自分の装甲を踏んで砕き、吼えながらこの場を後にした。
「ザイガよ。赤のイマージュエルの水がスケイリーを弱めたとは、どういうことじゃ?」
スケイリーが去ると、マダムはザイガの発言で気になったことを質問した。湯の沸くような音を消したザイガは、淡々とこの問に答えた。
「憎心力やダークネストーンの力を弱める力を持つ者が稀に居ると、ジュエランドでは言われておりました。赤の宝世機が放った水はただ火を消しただけでなく、スケイリーを弱めました。確証はありませんが、おそらくあの水はその力を持つ可能性があるかと」
ここまでの話を聞いたマダムは息を呑み、ゲジョーも不安そうな顔になった。
「赤のイマージュエルの戦士がその力を持つ者なのか、或いは他の戦士にその力があり、赤のイマージュエルに影響を与えたのか……。いずれにせよ、こちらには不利な話です。特に後者の場合は……。五色のイマージュエルは元々一つの石だったので、今でも石どうしは繋がっており、影響を及ぼし合うと考えられています。また、それと交信する者どうしも影響を及ぼし合うとも考えられています。既に交信する者どうしで影響を及ぼし合っているのだとすると、これから奴らは互いを高め合う可能性があります」
ザイガの説明はこれで終わった。ニクシムには不利な話だった。
「そんなことを許したら、マダムの目標が叶えられない……! 地球で虐げられている者たちを救わなければならないのに……」
ゲジョーは膝を折りそうな勢いで落胆していた。そんな彼女をマダムが脇から支える。
「早く手を打たねばならんな……」
マダムは眉間に皺を寄せ、悩んでいるようだった。
小惑星の地下には、蟻の巣のように通路が張り巡らされ、複数の小部屋に繋がっている。その中には、ザイガたちが自室として利用している部屋もある。
自室に戻ったザイガは、何故か鈴のような音を体から鳴らしていた。
「赤のイマージュエルの戦士がイマージュエルを宝世機に変えた。マ・カ・リヨモは浮かれていることだろうな」
ザイガの喋り方は音の羅列で感情が籠らないが、リヨモを愚弄していることは文脈から推察できる。
ザイガは呟きながら、棚として使っている岩壁の空洞に目をやった。
その岩壁には、人間の頭のようなものが置いてある。一つはトルコ石のような水色、もう一つはラピスラズリのような瑠璃色。どちらも目は琥珀色のガラス、頭髪は金糸のようだ。
斬首したジュエランド人の頭部であることは一見明白だった。
「勝てると思って舞い上がったところを、奈落の底に突き落とす。我が愚兄よ。お主の娘が悲嘆に暮れる様を、死後の世界からしかと見届けろ」
喋っているうちに、ザイガの体からは湯の沸くような音と雨のような音も鳴り始める。猛烈な憎しみや悲しみが、ザイガの中に渦巻いていた。
次回へ続く!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?