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理容師の彼女

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「まずい!デートに遅刻する!」


 焦って夜の街を駆け抜ける。



 その日はまゆみとデートだった−








 半年前ほど前から僕は、理容室の予約の際に、まゆみさん(仮名)という理容師の方を指名している。技術とサービスが良いからだ。


 でもそれ以上に良いところがある。




 それは、可愛いところだ。

 あと明るくて話しやすいところだ。



 初めてまゆみさんに髪を切ってもらった際、1発で恋に落ちた。

 鏡越しに見える笑顔は反転していても美しい。


 それにたくさん話しかけてくれる人だった。





 かつての僕は、理容室で何を喋ったらいいか分からなかった。だからもう一切喋る気ありませんよという雰囲気をいつも出すことにしていた。そのせいで、いつもダンマリを決めながら短髪になっていた。


 でもまゆみさんは、僕のダンマリバリアを華麗に突破して、心の強張りを取ってくれる人だった。僕のぶっきらぼうな態度も、まゆみさんの前ではいつも無効化された。ざっくばらんに話が出来る。ささやかな会話に心が弾む。楽しい。そんな女性は、これまでの人生にそういなかった。



 しかも可愛い。
 最強かよ。




 だからまゆみさんを指名して予約するようになった。



 初めて指名する時は緊張した。



 女性の理容師を指名するなんてなんだか、下心で指名しているようで気が引けたからだ(事実そうなのだが)。あと、理容室で働く人達に
「うわ、アイツ、まゆみのこと好きなんだ」
と勘繰られるのが恥ずかしかったからだ。



 俺の恋意地をからかわないでくれよ!と心の中で叫びながら、指名の予約を行った記憶がある。




 でも、指名しても、まゆみさんは嫌な顔ひとつしなかった。なんならむしろ嬉しそうな顔で、
「指名ありがとうございます♪」
と言って、髪を切ってくれた。




 僕は確信した。
 脈アリやん。




 それ以来、僕は理容室で髪を切ることを、散髪と呼ばずデートと呼んだ。

 また、まゆみさんのことを心の中でまゆみと呼んだ。

 あとまゆみが、
「この人の為だったら無料で切ってあげたいな」
と思いながら髪を切ってくれていると妄想した。




 いや妄想っていうか、事実かもしれないけど。


 そこら辺のところはぼやかしておきたい。



 きっと、混ざり合っていくもんだから。




 4月上旬。桜が咲き始めた頃。

 僕はまゆみを5回目のデートに誘った。



 ホットペッパービューティーでまゆみとデートの日程を合わせた。


 まゆみから、
「ご予約ありがとうございます」
との返信がすぐ来た。


「即レスなんてまゆみ、ケッコー積極的だなぁ」
 そう感じて耳の裏が真っ赤になった。



 カッコつける為に、スマート支払いにした。


 僕達は夜8時、理容室に集合することになった。


 しかし、デート当日。
 僕は待ち合わせに10分遅刻してしまった。



 理由は、家で髪型が決まらなかったからだ。


 別に理容室で髪型を決めてもらえるのだから、髪型を決めていく必要は無いのだけど、まゆみの前では良い男に見せたい。


 だからデートの前には、見た目を整える必要があった。





 デート前、6時頃までジムで筋トレをした。


 なぜなら、デート前に筋トレをしておくと、筋肉がパンプアップして大きく見えるからだ。



 まゆみに
「腕の血管たまらんムフフ」
と思わせたかったからだ。


 そしてジムから帰宅し、タンパク質を摂り、汗臭いと思われないようにシャワーで汗を流した。
 

 でも、シャワーを出た後にドライヤーで髪を乾かすと、なぜかその日は髪型がいまいち決まらなかった。かといって、デートで髪の毛をまゆみに触ってもらうのだから、ワックスをつけるのも良くない気がする。ノーセットではあるが、ドライヤーである程度髪型を決めたい。


 まゆみにブローが上手と思われたい。



 だから僕は再度シャワーを浴びた。

 なんだかんだで4回浴びた。




 服も綺麗目のコートを選んだ。



 靴も丁寧に磨いた。



 口臭をチェックするために、お刺身などを食べる際に使う醤油皿に唾をたらりと垂らし、その匂いを直接嗅いでみたりもした。



 デートの準備は万全に。

 そう思ってせっせとやっていた。



 集中しすぎて他のことが見えなくなっていた。



 ふと、時計を見た。


 時計の針は7時50分を指していた。


 デートは8時から。


 しかし自宅から理容室まで20分はかかる。

 

 つまりこの時点で遅刻はほぼ確定。

 準備に気をとられ、時間のことを忘れていた。



 「まずい!デートに遅刻する!」



 僕は極限まで焦りながら街を走り、理容室を目指したのだ。



 もしまゆみに、時間にルーズと思われたらどうしよう?

 もしまゆみに、だらしないって思われたらどうしよう?

 もしまゆみに、脈ナシって思われたらどうしよう?

 もしまゆみに、もう指名しないでって思われたらどうしよう?

 もしまゆみに、「この人遅刻することをカッコイイと思ってるタイプのダサい人だ」って思われたらどうしよう?

 もしまゆみに、「なんかキスする時も、一拍間を空けてからキスしてくる人なのかな?」って思われたらどうしよう?

 もしまゆみの父親に、「遅刻する奴に娘はやらん」って言われたらどうしよう?

 もしまゆみに、「時間がかかるタイプの大便してたんかな?」って思われたらどうしよう?



 もしまゆみに、もしまゆみに、もしまゆみに、



 嫌われていたらどうしよう?




 そんな想いが脳内で駆け巡る。
 駆け巡りながら夜の街を走り抜ける。
 


 その激走の道すがら、僕はホットペッパービューティーでまゆみの電話番号を見つけ、恐る恐る遅刻の連絡をした。



「ごめんまゆみ、10分遅刻する」



 すると電話の向こうでまゆみは、



「全然大丈夫ですよ。焦らず来てくださいね」



 そう答えた。



 僕は思った。



 おいまゆみ!なんで敬語なんだよ!


 普段はもっと軽口聞いてくれるじゃん!俺達は付き合ってるのに、なんでそんな「店員と客」みたいな態度で接してくるんだよ!


 もしかして、怒ってる?怒ると敬語になるタイプ?フリーザ?フリーザみたいなタイプ?


 やばいやばいやばいやばいじゃん!
 めっちゃまゆみ怒ってるじゃん!!!!


 僕はまゆみの冷たい声と、怒りの敬語に身震いし、戦慄しながら、激走して理容室に向かった。


 その結果、激走の甲斐あって、5分の遅刻で済んだ。でも、あれほど家で整えた髪の毛が、風でボサボサになっていた。せっかくシャワーを浴びたのに、汗をダラダラかいていた。口の中が渇き、結局息が臭かったような気もする。



 身だしなみを整えた意味が無い。
 息を整えながら後悔した。


 でもまゆみは、
「もしかして走ってきました?別にそこまで急がなくても大丈夫でしたよ〜」
と笑顔で優しく接してきた。



 僕は内心
「怒ってはいないんだな」
と安心しつつも、なぜ敬語が一向に取れないのか不思議でしょうがなかった。


 もしかして、急いで来たから許すことにしたものの、遅刻への怒りが抜け切った訳ではない、それを僕に表現するために、敬語を使用しているのか?と予想した。



 でも後日、友人に敬語を使った理由を確認したら
「は?そんなもん接客だから当たり前だろ」
と一蹴された。


 シンプルに腹が立った。


 ぼくとまゆみの関係は「店員と客」みたいな生温いもんじゃない。そりゃ、最初は「店員と客」だったけど今は違う。



 今は恋仲だ。

 愛という名の熱情がはねっかえり合う関係。



 この前なんて枕元にゼクシィが置いてあったような気がする。


 
 関係は着々と深まっている。




 それなのに友人よ、ふざけるのも大概にしろ!


 まゆみと俺にはデートの思い出だってたくさんあるんだ!




 例えば、




 理容室でデートを重ねてきたこと。

 眉毛カットをしてもらったこと。

 興味のないおしゃれ雑誌を、興味あるかのように読んできたこと。

 あったかいタオルにしますか?つめたいタオルにしますか?と聞かれてきたこと。
 
 髪を洗ってもらう際、フェイスガーゼがずれないように表情筋を駆使してきたこと。

 痒いところがあるのに、「痒くないです」と言い続けてきたこと。

 せっかく話しかけてもらってるのに、ドライヤーの音で何も聞き取れず、テキトーに相槌打ってきたこと。

 散髪後にホウキで、服についた髪の毛を取ってもらってきたこと。

 「後ろからはこんな感じてす」と言われて、二つ折りの鏡で、後頭部を確認してきたこと。

 施術したまゆみの方が疲れているはずなのに、何故かいつも「お疲れ様でした」と言われ続けてきたこと。

 帰りに飴のプレゼントを貰ってきたこと。




 まゆみとは、これだけの思い出があるんだぞ!



 もちろん理容室以外で会ったことは無いけど、
ホットペッパービューティーという外部サイトでしか連絡取り合って無いけど、僕とまゆみは、真摯にお付き合いしてきたんだ!



 それなのに友人は、まゆみと僕の関係を


「店員と客」


と定義づけている。




 怒りで手が震えたよ。
 僕は思わず友人の顔を殴っていた。
 2回殴った。
 1発は僕の分。もう1発はまゆみの分。



 友人は殴られた衝撃でよろめきながら叫んだ。
「お前頭おかしいのか!?」



 僕は叫び返した。
「まゆみに頭を整えてもらってるんだぞ。おかしい訳ないだろ!」









 友人を殴打して数日後、僕は予約無しで美容院に向かい、直接まゆみさんに大声で確認した。



「僕たちの関係ってなんですか!?」


 まゆみは、心底不思議そうな顔で怯えていた。

 僕は目に涙を浮かべながら続けて言った。

「もし僕を恋人だと認識してくれないのなら、この場で自ら断髪します」


 本気だった。
 右手には水色の柄のキッチンバサミを握りしめていた。


 まゆみはぽつりと、
「お客様は、お客様です」
と震えながら声を漏らした。



 僕は武士が切腹するような想いでキッチンバサミを前髪に当てたが、その瞬間、店の責任者と思われる人物と警察官に身体を拘束された。




 そしてそのまま留置所に連れて行かれた。



 薄暗く陽の当たらない留置所に2日ほどいた。




 留置所にいてもなお伸び続ける髪の毛は、まゆみに切って欲しいと強く願っているようだった。



 その願いを感じながら、留置所の和式便所の水面に向かって、全身全霊で咽び泣き続けた。



「くやしいくやしいくやしいいいいいい!まゆみ好きでしたあああああああああ!!!!!!」


 



 釈放後、自宅で髪を乱雑に手で纏め、その根元部分に水色の柄のキッチンバサミの刃を当てて、じょぎりじょぎり。






 髪の毛と共に、まゆみへの未練が切れていく。




 ひらひらひらひら。ぱらぱらぱらぱら。




 桜が散った。

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