罅が入っているコンクリート製の古びた家屋に身を潜ませ、フョードルは少しずつ荒くなる息を抑えていた。スカラーから貰った薬の効果は凄まじく、未だに痛みが再発する気…
心の中は空っぽだった。体の中にあるすべての水分を涙として排出し、赤く腫れた顔を、丸めた膝の内に隠す。多くの人が街を行き交うなか、道端で蹲る子供に手を差し伸べて…
朦朧とする意識を無理やり奮い立たせ、フョードルは影のかかった路地裏を鈍い足取りで進む。 決してボグダーンを舐めていたわけではない。しかし、今まで積んできた殺…
フョードルにとって、それは初めての感情だった。頭で思い浮かべるだけで、熱が思考を妨害し、強制的に人間本来の繁栄に基づいた本能を自覚させられる。 レーナの殺し…
静寂が支配する真夜中の街路。この物語の主人公であるフョードルは、硬いレンガ造りの地面から伝わってくる氷のような冷たさに辟易する。冬の寒さが苦手な人は多いことだ…
奥田義幸
2024年5月28日 01:15
罅が入っているコンクリート製の古びた家屋に身を潜ませ、フョードルは少しずつ荒くなる息を抑えていた。スカラーから貰った薬の効果は凄まじく、未だに痛みが再発する気配がない。しかし、体が興奮状態に陥り、冷静な思考を妨害していることが問題だった。 スカラーの元を去り、フョードルはすぐにレーナの安否を確認しに行った。幸いにもフョードルが気を失っていた半日の間に殺し屋による襲撃はなかったらしく、レーナの
2024年5月18日 00:18
心の中は空っぽだった。体の中にあるすべての水分を涙として排出し、赤く腫れた顔を、丸めた膝の内に隠す。多くの人が街を行き交うなか、道端で蹲る子供に手を差し伸べてくれる人はいなかった。 捨てられてしまった現実は、そう易々と受け入れられるものではない。しかし、理由は単純明快だ。この時代において、孤児が道端に捨てられていることは珍しいことでは無い。戦争が続き、経済の成長は著しかったが、その成長に伴っ
2024年5月11日 22:56
朦朧とする意識を無理やり奮い立たせ、フョードルは影のかかった路地裏を鈍い足取りで進む。 決してボグダーンを舐めていたわけではない。しかし、今まで積んできた殺し屋としての経験がここまで通用しないとは思っていなかった。「くそっ……」 全身から血が噴出し、体は火傷で燃え上がるように熱い。それに、右足は最後の爆発によって機能を失っており、使い物にならない状態だ。これで生きているだけでも、既に
2024年4月26日 14:36
フョードルにとって、それは初めての感情だった。頭で思い浮かべるだけで、熱が思考を妨害し、強制的に人間本来の繁栄に基づいた本能を自覚させられる。 レーナの殺しに失敗した後、フョードルは一言も言葉を発さずにその場を後にした。単純に自分の中に芽生えた感情、それを処理しきれずの逃走である。しかし、その事実はフョードルにとって初の依頼の失敗であり、姿を見られた上に逃げるというのは殺し屋失格だ。姿を見た
2024年4月19日 15:12
静寂が支配する真夜中の街路。この物語の主人公であるフョードルは、硬いレンガ造りの地面から伝わってくる氷のような冷たさに辟易する。冬の寒さが苦手な人は多いことだろう。この地、モスクワではお湯を使うことができたり、暖炉を設置しているのも、一定の裕福な家庭に限られ、冬は深刻な問題なのだ。 フョードルもその一例から漏れず、悴んだ手をロングコートの腹部あたりについているポケットへと押し込む。フョードル