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ジョエル・ロブション氏の教え

みなさんこんにちは。

私が20代の頃、将来独立してパスタを中心としたカジュアルイタリアンのお店を出したいと考えていました。もともとイタリアンの業態は好きだったのですが、その中でも特に麺類が好きな日本人にはパスタに寄せた業態がハマると思ってのことでした。
しかしながら、当時の私にはパスタ業態での勤務経験がありませんでした。おいしいパスタを自分で作れるようになりたいと思い、当時、よく利用していた「TO THE HERBS」というレストランで働くことにしました。

「TO THE HERBS(トゥザハーブズ)」のコンセプトは、ハーブ、チーズ、ワイン、をもっと身近にというものでした。ピザとパスタを中心としたメニュー展開で、東京青山に1995年に開業し、イタ飯ブーム、カジュアルレストランブームもあり人気店となり、東京都内を中心とした首都圏に当時約30店舗展開していました。

この手の業態は、私自身ユーザーとしても大好物でしたので、調理もサービスも勉強したいと思い、当時キッチンとホールでキャリアが分かれていたのですが、面接時に無理を言って両方やらせてもらえることになりました。

都市部の「TO THE HERBS」はまさに「オール・デイズ・ダイニング」と呼ぶに相応しい、懐の深いレストランでした。時間帯によって様々な顔を見せてくれます。ゆったりとしたモーニングに始まり、ランチタイムは戦場となり、ティータイムになるとサラリーマンの商談や、ご婦人方のお茶会が始まります。そして、ディナータイムに入ればワインを片手に語り合うカップルや、パーティーで盛り上がるグループなど、実に様々なお客様がお店を訪れます。当然、求められるサービスもお客様のニーズによって変わってきます。

しかしながら、当時張り切ってホールに立っていた私は「サービスやり切ってやるマン」になってしまっていたのです。「自分がサービスをやれることを見せたい」実際はスキルも全く伴っていなかったのですが(笑)そんな思いで、客席でのワインの抜栓パフォーマンスや、長々と料理やワインの説明をする。そんなことが「最高のサービス」だと思い込んでいたのです。

当時の店舗には、優秀なサービススタッフが沢山在籍していました。当然、私の自分本位な姿にはベテランのアルバイトスタッフからも「NO」が突きつけられました。
「秋田さん、研修で Convivialite (コンヴィヴィアリテ)って教わりませんでしたか?」

Convivialite (コンヴィヴィアリテ)とは、フランス語で日本語にすると「懇親性」です。 ”大切な人が自宅に来た時のようにもてなすこと” という意味があります。 確かに、研修で教わった気がするのですが、その時はちゃんと理解できていませんでした。

何も答えられない私に、ベテランのアルバイトスタッフはこう続けました。
「自分がしたいことをするんじゃなくて、テーブルの上とお客様の表情を見なきゃダメなんです。そこに必ずヒントがありますので」

確かに言ってることはわかるけど、そんなことでは効率よくサービスを回せないじゃないか!と思い、生返事をしながら聞き流していました。

しかし、そのベテランスタッフの動きを見ていると、同じ席数を担当しているにも関わらず、作業量が私より圧倒的に少なかったのです。私が大汗かきながらやっているところを、彼女は涼しい顔をして鼻歌まじりです。

悔しさ半分で、そのベテランスタッフの動きをよく見ているとあることに気付きました。それは、お客様から「すいませ〜ん」と呼ばれることが圧倒的に少ないのです。なぜなのか。それは、各テーブルのお客様が「次にして欲しいことを読んで、先回りしていたのです。

例えば、オーダーをお伺いする時は、呼ばれてから行くのではなくメニューブックから目を離したタイミングを見計らってサッとテーブルに入り「お決まりでしょうか」と声をかける。さらに、複数のテーブルのオーダーのタイミングが被りそうな時には、あえて片方のテーブルに本日のおすすめを説明しに行きます。そして「では、後程お伺いに参りますね」と言い残して、もう片方のオーダーを取りにいくのです。そうすることにより、どちらのテーブルもお待たせ感を無くすことができます。

ああ、なるほどそうゆうことか。私はやっと理解することができました。おもてなしの気持ちとは、相手に心を寄せること。そして相手がして欲しいことを察知して、言葉と行動で伝えることが大切なのだと気付きました。

後から知ったことなのですが、 Convivialite (コンヴィヴィアリテ)という言葉は、フレンチの神様とも呼ばれていたジョエル・ロブション氏が好んで使っていた言葉なのだそうです。 そして、ジョエル・ロブション氏の日本で展開するレストランを委託運営していたのが、私が働いていた「TO THE HERBS」を運営する、株式会社フォーシーズという会社でした。

ロブション氏のフレンチは「伝統と革新」がテーマです。そして食の喜びや楽しみの意味を受け継ぎ、心のこもった料理でゲストをもてなすという哲学があります。

〜ジョエル・ロブション のフィロソフィー〜
料理は愛から始まる芸術です。人を愛し、食材を愛すること。
愛情は料理に現れます。私たちシェフが料理をするとき、まず想うこと。それは出来上がった料理をお客様が心より美味しそうに嬉しそうに召し上がってくださる姿です。絵画や映画など人の心を動かす全ての芸術がそうであるように。   *株式会社フォーシーズ 公式HPより抜粋

料理の味だけではなく、ロブション氏の人間性があったからこそ、世界各国でミシュランの星を維持し続けているのだと感じています。そして、そのロブション氏の考え方がカジュアルレストラン事業である「TO THE HERBS」にも取り入れられていました。「おもてなしの気持ち」が優秀なサービススタッフを育てていたのです。

その後、私はレストランサービスの楽しさにすっかりハマってしまい、お客様に興味を持って観察するようになりました。興味を持つと洞察力が鍛えられ、今まで気が付かなかったようなお客様の心情を読み解くこともできることがあります。今日はどんな感じで食事を楽しみたいのか?お客様に心を寄せて先回りすることで、お客様との信頼関係を築くことができます。

そして、この経験が現在関わっている対面販売のサービスにも活きていると感じています。対面サービスはレストランとは違い、一瞬が勝負です。お客様のことをよく観察してどう声をかけるか?どう喜んでもらうか?これがバチっと決まった時は本当に楽しいです。 サービスは奥が深いですね。

ロブション氏は、2018年に病気の為亡くなってしまいました。しかしながら日本ではロブション氏の愛弟子でもある関谷健一朗氏が、ロブション氏の意思を引き継ぎ、さらに深化させ、沢山の評価を得ています。 

Convivialite (コンヴィヴィアリテ)”大切な人が自宅に来た時のようにもてなすこと” ロブション氏から教わったおもてなしの心は今でも大切にしています。

そしてこれを沢山のひとに伝え続けることが、偉大な料理人であり、皆から慕われるリーダーでもあったロブション氏に対する、僅かばかりの恩返しだと思っています。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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