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ADHDは外国暮らしをするべきか? その② 【ADHDは高学歴を目指せ】

 23.

 ADHDにとって、外国に暮らすというのは、その特性に非常に適したことではあると思います。

 特に。
 僕が長く住んでいた台湾に関しては、そう断言できます。

 まず何より、ADHDが最も苦手とする、『退屈』が少ない。

 活気がある。
 車やバイクが走り回り、多くの店や屋台が深夜まで営業し、人々は夜中でも大騒ぎしている。
 何もしなくても、見知らぬ人に話しかけられることがしょっちゅう。

 異文化がある。
 『三歩で小廟、五歩で大廟』と言われるぐらいに、廟の数が多く、そこでは老若男女問わず神様に祈りを捧げている。
 また、毎月決まった日には道端にテーブルを出し、食べ物を並べ紙のお金を焼いて先祖に祈りを捧げる。

 ただ歩くだけでも、退屈することは滅多にありません。


 さらに、ADHDにとって、日本社会との決定的な違い。
 それは、『人の目を気にしなくて良い』という点。

 台湾人は、他人のことを殆ど気にしていません。

 だから。

 寝癖だらけの髪形、ちゃんと洗っていない顔、よれよれのTシャツに短パンにサンダル――そんなスタイルで、街歩きは勿論のこと、デパートやそこそこの店に入っても、何の問題もない。
 何せ、ステテコにランニングシャツ、下手すれば上半身裸で歩き回る男性がウロウロしているような場所なのですから。
 女性だって、すっぴんは非常に多い。

 また。
 外国人なのだから、相手の言葉が聞き取れなくても、うまく喋ることが出来なくても、当たり前。
 外国人なのだから、空気の読めない言動をしても、マナー違反の行動をしても問題はない。
 対人関係で焦る必要がない。

 ADHDであっても、随分気楽に日常を送ることが出来るのです。

 そしてこれは、台湾だけの話ではなく。
 他の色んな国を旅している間も――良いホテルや良いレストランに入らない限り――、同様の開放感を味わうことが出来たものです。

 そういった、日常での閉塞感がかなり減らされる分、ストレスも軽減出来て。
 仕事にも全力を注げたのは確かです。


 こう考えると。

  外国暮らしというのは、ADHDにとって非常に適したものである。

 ――そう思えるのですが。


 勿論、マイナスの要素もたくさんある訳です。

 まず、第一に。

 外国暮らしそのものは、ハードルの高いものである、ということ。

 そもそも。
 日本人であれば、『旅行』だけならほぼどこの国に行くことも出来ます。
 大概の場合、『観光ビザ』は日本人には免除されています。

 取得が必要な場合でも、個人で申請するだけで取れることが多い。

 けれども、その国に『暮らす』となれば話が違う。
 居住資格が与えられるには、仕事をしていなければならない。
 それには、いわゆる『就労ビザ』等が必要なのです。

 そして、この取得が難しい。

 どこの国であっても、就労ビザというものは、基本的に個人が申請して取得できるものではない。

 それぞれの国は、外国人就労ビザの発給には相応の制限をかけています。

 ハードルを下げると、途上国からの移民がどっと押し寄せてしまい、自国民の労働の機会を奪ったり、治安を悪化させたりする可能性がある、と判断しているからでしょう。

 だから、個人の意思で自由に外国で暮らす、ということは不可能です。


 それでも、外国で暮らす方法としては。

 最も一般的なのは、日本の会社に就職し、そこから現地法人に派遣される『駐在員』になること。

 『外国暮らしをしてきた』と話す人の殆どは、この駐在員でしょう。

 勿論、会社によって待遇は異なりはしますが。
 海外駐在手当がたっぷり貰えたり、日本の会社と現地法人の二重の給与が貰えたりするなど。
 金銭面にはかなり恵まれることとなる。


 けれども。
 勿論これは、ハードルが高い。
 まず第一に、外国に駐在員を派遣するような、それなりの規模の会社に就職しなければならないし。
 そういう所に就職出来たところで、希望通りの国や地域に派遣して貰える訳ではない。
 うまく派遣してもらえたとしても、会社都合次第で、すぐに転勤させられることがある。

 ですから、『駐在員』として、希望通りの外国暮らしをするのは。

 『日本の会社で十分に評価される』ということが必須条件であり。

 日本社会でうまく生きて行くことの難しいADHDにとって、非常に難しいことであると思います。


 と、なると。

 外国の会社に直接雇用してもらう、という選択肢が出てきますが。
 これも、非常に難しい。

 近年、日本国内にて、中国人等の外国人を雇用する会社は増えているとはいえ。
 採用される人の多くは、日本語が流暢であり、それに加えて、他の高い能力を持った人達です。

 当たり前のことで。
 日本語も話せない、技能もない外国人を雇用するぐらいなら、日本人を雇用する方がずっと良いからです。

 当然、日本人が外国の会社に雇用してもらう際も、同じ話で。
 現地語の能力は最低条件。
 その上で、何らかの技能がなければならない。
 さらに、何らかの『コネ』も必要であるケースも多い。

 つまり、日本で普通の会社に就職するよりも、さらに高い能力が要求とされるのです。
 基本的には、そもそもの能力が高い上に、現地に留学して数年過ごし、十分なコネを作った上で、十分な自己アピールが出来る――そんな人材でなければならない。


 しかも。
 一旦雇用されたところで。

 能力があれば、待遇は非常に良い物にはなりますが。
 そうでなければ――或いは上司とうまく折り合うことが出来なければ。

 簡単に、解雇されることになる。

 僕自身も、簡単に解雇をされたし。
 雇った人を、簡単に解雇したこともある。

 とてもではありませんが、ADHDが生き抜けるような社会ではない。


 とはいえ。
 これはあくまで、ちゃんとした会社に就職する際の話。

 『ちゃんとしない会社』であれば、ADHDにも十分なチャンスがある。

 日本人駐在員相手の飲食店やナイトクラブ等、水商売の店などは。
 日本語さえ喋れれば良いし。
 常に人手不足ですから、常に求人がある。

 ただし勿論これは、違法就労であり。
 摘発される恐れは――かなり少ないとはいえ――あるし。

 勿論、女性に限っては、十分待遇が良いケースはありますが。
 社会保障などは勿論皆無だし。
 不当解雇で訴え出ることも出来ないため、何かあったら、簡単に切り捨てられます。

 ただ。
 違法就労ではない上に、特別な技能が必要とされない仕事は、一つだけ存在はする。
 『日本語講師』です。

 ただし、これも決して楽な仕事ではない。
 僕のような『特別な技能はないけどとにかく外国で暮らしたい』日本人が数多くいるお陰で。

 少し求人広告を出すだけで、次々応募者がやってくる。

 同時に、客からはそれほどの高額な授業料が取れない業界。

 当然、待遇は非常に酷い物になります。

 かつで僕の会社で雇用したある日本語講師の、前職での源泉徴収票を見たところ、月給が僅か三万円程度。
 僕の経営していた日本語教室は、それなりの待遇であったとはいえ、やはり月十二、三万円程度にしかならない。

 勿論、社会保障も殆どない。
 長くできる仕事ではありません。


 その一方。
 僕が中心としてやってきた、『日本人子女向け学習塾』は。

 日本語教室に比べて、客=日本人駐在員から受け取れる授業料が高額なものになるため。
 待遇は、それなりに良くなります。
 僕の会社でも、手取りにして月二十万円近くを給与として支払っていました。

 しかも、人手不足が常。
 大卒であれば、大概すぐに雇用されます。

 ですから、ADHDの中で、それなりに学歴を得た人であれば、かなりねらい目の商売であるのは確かで。

 僕自身でも、二十年に渡って食いつなぐことが出来ましたし。
 『日本人高学歴発達障害者』を雇用したことも多い。

 とはいえ。

 『日本人子女向け学習塾』は、客も上司も同僚も日本人。
 折角国外にいるのに、日本社会に居る時と同じような振る舞いを要求されてしまう。
 ADHDにとって、国外に出たメリットは小さくなる。

 しかも。
 そんな塾が存在出来るような場所は、『子供連れで赴任してきた駐在員が数多くいる都市』に限られており。
 どうしても、ある程度整備された土地に住むことになる。

 そうなると。
 街は無機質な退屈なものになりがち。

 特に、台北の場合は。
 日本人の住む場所は、ほとんど『天母』という地区に限られているせいで。
 仕事の都合上、そこに住んでいた僕は、外出するとすぐに知り合いに会ってしまう。
 同じマンションにすら、多くの日本人が住んでいたのです。

 汚い格好で気楽に歩く――ということすら、中々出来ませんでした。


 これでは、ADHDにとって、外国に出た意味が殆どありません。

 

 

 ちなみに。
 『ワーキングホリデイビザ』というものも存在し。
 オーストラリアやカナダ、ニュージーランド、さらに香港や台湾等、世界数十か国において、このビザは取得できます。

 そして、技能をそれほど必要としない、いわゆるブルーカラーの仕事――果物の摘み取りなどの仕事に雇ってもらうことは多く。
 旅行しながら仕事も出来る――非常に楽しい経験が出来ます。

 ちなみに、台湾人が、日本の地方都市の旅館で働いている――そんなケースなどは、大概これにあたります。

 ただこれには、残念ながら、『年齢制限』と『期限』がある。
 おおむね、三十歳以下でなくてはならず、一年間しか有効ではない。

 ただの『人生経験』にしかなりません。



 と、以上のように。
 『外国で暮らす』というのは、そもそもハードルが高いことで。
 ADHDにとっては、さらに厳しい。

 辛うじてそれを可能にしてくれる、『日本語講師』『日本人子女向け学習塾講師』だって、色々な障害があるのです。


 しかも。

 それらの障害を乗り越えて、どうにか念願の外国暮らしを達成したところで――その先にも、さらなる障害が幾つもあるのです。 



 
 

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