違法営業を密告される 【ADHDは荒野を目指す】
5-4.
台湾人女性と結婚した僕は、台北にて、日本人子女向け進学塾を設立、多くの生徒を集めます。
ライバル塾であるH舎から様々な嫌がらせを受けるも、それらを気にせずに元気に走り回っていた僕ですが、ある日、教育局の調査員を名乗る男性が現れ、調査に来たというのです。
――まずい。
僕は息を呑みました。
――これはまずい。
と、言うのも。
塾を開校してから既に一か月半、二十人からの生徒を集め、順調に授業を進めていますが――まだ、営業許可が下りていないのです。
営業許可を得るための最後のステップである消防局の検査が、いつまで待っても来ないのです。
塾経営コンサルタントが、もうじきに検査が来ると言い続けて、既に二か月です。
その為、僕は営業許可のないままに、開校に踏み切ったのでした。
とはいえ、勿論、ただ違法営業をする訳には行きません。
そんなことをすれば、すぐにH舎がそれを言い触らし、僕の塾の評判は一気に落ちることになるでしょう。
そこで僕は、営業許可のないままに開業しても、評判を落とさずに済む方法をとったのです――開校はする、しかし一切授業料をもらわない、という。
つまり、僕のやっていることはただのボランティア。
だから違法営業には当たらない――そういう論理です。
それで、保護者達は納得してくれました。
少なくとも、疑念を挟む人はいませんでした。
けれども僕自身は――怪しい、と思っていました。
例えば募金活動だとか介護をするだとか、完全に無償のボランティア行為ならいい。
けれども僕がしているのは、塾講師の仕事。
普通であれば、賃金の発生する仕事です。
その仕事を今、無償でやっているとしても――それは、後の利益を産む為にやっていることです。
営利を目的とする行為の、準備段階なのです。
僕のやっているのは、ボランティア――無償の行為などでは決してないのです。
その自覚があるだけに――教育局の調査員が来ると言うのは、非常にまずいことでした。
それでも、追い返す訳には行きません。
僕は観念をし、その調査員を中に招き入れます。
何をされるのだろう?
恐怖と緊張に包まれて、僕は彼に向かい合ったのですが――しかし案に反して、その調査員の表情は非常に穏やかでした。
そして、口から出て来る言葉も穏やかです。
――営業許可がないのに塾を経営している、という密告があった。
――本当にそうなのか?
僕は急いで、そうではない、これはあくまでもボランティアで、営業行為などではなくて、授業料は貰っていなくて、だから問題はない筈で――と話し始めます。
でも、伝わりません。
懸命に言いなおそうとして――そしてふと気付いて、僕は一旦口を閉じました。
相手は大人で、台湾人で、役人なのです。
こちらはADHDで、外国人で、被疑者である僕です。
こんな複雑な状況を――しかもごまかしを含む内容を――、理路整然と伝えられる筈がありません。
下手をすれば誤解を招き、取り返しのつかない事態になる恐れだってある。
それに気付いた僕は、ただ言いました――僕は中国語が不自由だから、台湾人の妻から電話で話を聞いてくれますか、と。
調査員は穏やかに頷きます。
僕は急いで妻に電話をします。
彼女は勤務中である筈なのに、いつものようにすぐに電話を取りました。僕が急いで事情を説明すると、彼女は即座に言います。
――任せて。
彼女に任せて、僕は携帯電話を調査員に渡しました。
息をつめて見つめていると――調査員は笑い出しました。
電話口の向こうからも、笑い声が漏れて来る。
その雰囲気に少し安堵を覚えつつ――やっぱり凄いな、と思います。
台湾人女性の多くは、コミュニケーション能力が異様に高い。
いつでも堂々と自己主張をする上に、相手を喜ばせることをを言うのがうまい。
僕の妻であるリーファもまさしくそういう女性です。
どんな年上の、どんなこわもての相手でも、気付けば長年の親友のように大声で笑い合っている。
社交辞令がとにかく苦手で、特に目上の相手とはまるでうまく話せない僕からすれば、魔法使いを見ているような感じになります。
やがて電話を終えた調査員は、その笑顔のまま、事情は分かった、と言いました。
――市民からの密告があれば、調査に行かなければならない。申し訳ないけれども、これは公務員の義務なんだ。
――でも、僕は簡単な報告書を書けばそれでいいし、君はそれにサインをしてくれればそれでいい。
――心配しなくていい、一度調査に行き、問題ないと確認されれば、その後幾ら告発があっても、三か月は調査に行かないでいい、となっている。
――早く消防局の検査が来るといいね。
そう言って、手書きで簡単な報告書を作り、僕にサインをさせると、あっという間に帰って行きました。
助かった、と僕は思います。
そして、やはり彼らは正しかった、と思います。
H舎が教育局に密告をすること、それを聞いた教育局が調査に来ること――その可能性は、勿論頭にありました。
僕が捕まるのではないか。営業許可が下りなくなるのではないか。
そう怯えていました。
しかし、塾コンサルタントも妻も、平気で言っていたのです。
――大丈夫、何とかなる、罰せられることなんて絶対にない、と。
その言葉の通りでした。
あの調査員は妻の話を聞いただけ、塾で何かを調べることさえなかったのです。
本当に授業料を取っていないのかという点から、明らかに外国人である僕はビザを持っているのかという点まで、少し手間をかけるだけですぐに明らかになるようなことは幾つもあったろうに、それらを確認することすらなかった。
そもそも僕にサインをさせましたが――僕の身分証の提示さえ求めなかった。僕が偽のサインをしていても、ばれることはなかったでしょう。
若い女性の言葉を信じて、簡単に帰って行く役人。
改めて、この世界のいい加減さを認識します。
ここでは、法律がきちんと守られていないのです。
それは、今の僕のように後ろ暗いことがある時には有難いことですが――H舎のような相手が、違法な手段で攻撃をしてくるような時には、法を味方につけて戦うことは出来ない、ということにもなります。
少し、恐ろしさを感じます。
とはいえ。
これで当面の不安が消えたことになります。
とにかく後は、営業許可の手続きが進むのをただ待つだけ。
そして、その日は、意外に早く来ました。
コンサルタントから連絡があったのです。
――消防局の友人に何度も何度も文句を言って、やっと順番をねじ込んでもらった。三日後に検査が来るから。
友人の顔利きで順番を変えて貰った。これも厳密には公務員の不作為でしょう――でも、今更そこに引っかかるものなど覚えない。
僕と妻は大喜びで準備を始めます。教室から机や椅子を運び出す。その代わりに、寝室にあるベッドやタンスをそこに運び込む。
こうして、違法建築であり本来使用が不可能だった教室が、ただの物置になり、塾にあってはならない寝室が、塾にあるべき教室になります。
ただの小細工ですが、これで十分なのが台湾社会。
やって来た消防局員は、少し周囲を見回しただけ、後はリーファと楽しく談笑して過ごし、さっさと検査を終えてしまいました。
そしてその検査の二週間後、待ちに待っていた連絡が来ます。
――登記が完成し、営業許可が下りたのです。
すでに十一月になっていました。
塾を作ることを決意してから半年近く、実際に塾を始めてから二か月。
ようやく、僕は本当の経営者になれたのです。
三十までろくに就職もせずいろんな国をプラプラしていただけのADHDが、今や、社長なのです。
社員が自分だけ、アパート一室の小さな塾であるとはいえ、一国一城の主なのです。
嬉しくてたまりません。
――それでも、ただ喜んでいる訳にも行きません。
営業許可が下りた以上、まずしなければならないことがあります。
授業料の請求です。
元々大した貯金がない上に、塾設立にそれなりにお金をかけ、さらに二か月間一切収入なしで仕事をしていたのです。
もう、お金が殆ど残っていません。
僕は急いで請求書を作り始めようとしますが――その時になって、ようやく気付くのです。
経理は、どうすればいいんだ?
僕は何も知らない。
僅かな社会人経験においても、経理に触れたことなどありません。
日本の経理システムさえ一切知らないのです。台湾のそれなど、全く知識がない。
――私の知り合いの会計士に頼めばいいじゃない。
妻はそう言い、僕もそれが当然だと思っていたのですが――実際お金が動くとなると、それを避けたい気持ちが強くなります。
何せ――僕は中国語がうまくないのです。
他の仕事ならともかく、会社にとって最も重要なこと――お金に関することを、きちんと言葉の通じない相手に任せてよいのか?
この、脱税が横行している社会で。
僕は頭を悩ませますが――そこでようやく、思い出すのです。
一人の日本人の事を。
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