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こどもの日 触ってはダメ 鯉のぼり

世間様はGWと浮かれてらっしゃる。

羨ましい。

そんなGW中の5月5日は「こどもの日」だ。

鯉のぼりや五月人形、兜なんかを飾る。

男子の健やかな成長を祈願するイベントだ。

しかし、これは呪い。

いや脅しか。

あたかも、鯉のぼりや五月人形を飾らないと、あなたのお子さんは健やかに育ちませんよと言われているようだ。

そんなバカなことがあってたまるか。

何か事故があったとき「あー五月人形飾ってなかったからか」とはならない。

大昔、子どもは大人になる前に死んでしまう確率が高かったはず。

それは栄養状態が悪かったり、医療が発達していなかったことが大きな要因だと思う。

だからこういう願掛けのような風習が生まれ、今でも残っている。

それは理解できる。

でも、本来の願掛けとはひとりの人間の心の中で完結できるはずだ。

心で願えばそれでいい。

人形などの依代はいらない。

親は常に子どもの健康を祈っているもんだ。

それでいい。

これも一種の呪いだが、呪いとは悪いことばかりではない。

相手の行動をコントロールすることが呪いならば「ありがとう」も立派な呪いだ。

「ありがとう」を行って欲しいから善い行いをする。

それでいい。

さて、なぜ僕が鯉のぼりや五月人形などに文句を言っているのかと疑問に思うひともいるだろう。

その理由は「値段がお高い」ということ。

子ども健康を祈るのにも金持ちが有利なのか?

そんな疑問が沸き起こった。

五月人形の値段はピンからキリまである。

値段が高いほど、健やかに育つ確率があがるのだろうか。

そんな風習ならやめてしまえばいい。

心の在り方で決めれば良い。

貧富の差に関係なく、健やかに育つことを祈ることができる。

あと、御大層に飾り付けても、完全に親の自己満足であり、子どもは人形には興味はない。

むしろ高価なので「さわるな」と言われているんじゃないだろうか。

そう、子どもの日の主役はこの装飾品たちだ。

ね、こんな風習やめましょうよ。

僕がひとりでやめてもダメ。

一定数の人がせーのでやめないと効果がない。

最近流行りのNFTで五月人形や鯉のぼりを作ったら場所も取らないし、周囲に見せつける必要もないし、自己満足で完結できる。

スマホで墓参りができる時代だ。

こういう季節の節句や行事もスマートにしていきたい。

デジタル五月人形、デジタル雛人形でいいじゃない。

むしろデジタル五月人形なら会話もできるよ。

怖いけど。

僕ならいらないけれど。

トラウマ確定。

「人形を買ってあげないとかわいそう」という人も一定数いると思う。

ならば「人形があることで、健やかに育った」というデータを見せるべきだ。

それができないなら、他所様の家庭の問題に口を出すべきではない。

そう、だから僕も他所様の家庭に口出しをする立場にはない。

だからこれは独り言。

インターネットにアップされる、はた迷惑な独り言。

あ、ちなみに我が家では兜とちいさな鯉のぼりを飾っている。

え?

これまでの内容はなんだっのって?

呪いとかいってたじゃないのって?


実際に飾ってみて、子どもは興味を示さないし、場所はとるし、意味あるのかなと思った次第であります。

あと、別に満足感もない。

飾ったけど、何も起きないまま片付けられる。

そして、一年間収納を圧迫する。

ほらね、僕はしっかりと呪われている。

この呪いが孫に受け継がれないことを人形に願掛けしておくかな。

ではまた。


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