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 ある新人看護師のお話です。新人看護師と言っても、年齢は40歳。彼女には2人の子どもがいて、下の子が小学生になったタイミングで看護学校に通い始め、看護師になったとのことでした。

■小児病棟に配属された年上の新人看護師


 彼女は新人ではあるものの、年齢的に指導も難しく、当初は皆が接し方に困っているようでした。

 この時私は、小児科医4年目で30歳でした。新人で40歳。ややこしい関係になりそう?

 彼女に対しての評価は分かれていましたが、彼女のことが好きな人も少なくありませんでした。彼女は、誰かが失敗してしまったときでも持ち前の明るさで吹き飛ばしてくれるため、彼女の周囲にはいつも誰かがいました。

 あるとき「採血がうまくいかなくて、4回も針を刺して泣かれちゃったよ」と誰かが相談をしたことがありました。それに対して彼女は「まっそんなときもあるよ。次はしっかりとやりな」と、大きな手でお尻をバチンと叩くのです。叩かれた方もそれで気持ちを切り替えられたようで、笑顔になっていました。

■ミスばかりの看護師に、冷たい視線


 一方で、ミスも多く、よく叱られていました。彼女が配属されて1週間が過ぎた頃のことです。小児病棟のナースステーションで、彼女は30歳の主任にこっぴどく怒られていました。どうやら、ヘルプで行った救急外来で問題を起こしてしまったようです。

 主任は大声で「階段から落ちて骨折したおばあちゃんを笑うなんて、なに考えてんのよ!」と怒っています。しかし、彼女は下を向いているだけで何も言いません。

 彼女は怒られて反省はするのですが、切り替えが早いため、途中からは反省をしているふりをしているようでした。怒っている側がそれに気がつくと、さらにヒートアップしてしまうという悪循環です。彼女が怒られるたびに、また怒られているのかと周囲からは冷たい目線を向けられていました。

 ミスを犯すことも多いものの、彼女のようなキャラクターは小児科には必要だと私は思っていました。病棟で悪ふざけする子どもに対し、角を立てずに叱るのも彼女は上手でした。しかし、周囲からの評価はなかなか厳しいものがあったようでした。

■評価を一変させた、ある出来事


 そして、彼女が来てから3か月が過ぎた頃のこと。私が小児救急患者を救急外来で診察していた時に、他の救急患者がスタッフとトラブルを起こしていました。どうやら、コワモテの外国人外傷患者の付き添いが、早く診察しろとすごんでいたようです。

 救急外来担当医は怯えた様子で、診察室で貝のように閉じこもってしまいました。そこに登場したのが彼女でした。彼女は流暢な英語で話し始め、外国人患者の外傷を簡単に診て「緊急性はないから順番を待つように」と話しかけました。すると、すごんでいた付き添い外国人が平静を取り戻したのです。

 まさに規格外のおばちゃん新人看護師です。後から聞いた話ですが、なんと彼女は、東京外語大学で語学を学んでいたトリリンガルでした。日本語、英語に加えて中国語も堪能とのこと。コワモテの外国人にも物怖じせずにコミュニケーションをとる姿を見てから、彼女への評価が一気に上がりました。

■最終的には皆から信頼される存在に


 それから彼女は、小児科部長の信頼を受け、指導者としてあっという間に出世していきました。技術や知識を吸収することには貪欲な彼女でしたが、ガツガツ出世を目指すタイプではありませんでした。それでも60歳になる頃には、彼女はなんと看護部長にまで昇りつめていました。

 そんな彼女は偉ぶるわけでもなく、今でも明るいキャラクターのまま変わっていません。相変わらず私のお尻を叩いて叱咤激励してくれています。

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