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■「お仕事」にはいろんな側面がある


みなさんは「お仕事」は好きですか?

子どもの頃は私のように「お医者さん」のみならず、「プロ野球選手」や「Jリーガー」を目指して夢見た方も多いと思います。「好きだからできる仕事」ってそうはないんだよ。好きでも仕事として続けるとちょっとなぁ・・。そんな言葉は、苦い思いをした大人しか言えないし、逆に誰にも言えないことかもしれません。

仕事はいろいろなことにチャレンジすることで、自分の成長を感じられるいい面もあれば、やりたくない仕事も続けなければならない悪い面もあります。しかし、生きていくためには、お金も必要なので簡単に仕事を辞めることなどできるわけもありません。

私は医学生時代に大病となりました。主治医には、医師になるのは厳しいだろうと言われていました。それでも私は医師の道を目指し続けました。その道しか知らなかったからなのか、自分の意地なのか、その当時の私の視野は、今よりも狭かったため、どういう気持ちが一番強かったのかは覚えていません。でも追い詰められていたのは確かです。

■自分への叱咤激励


研修医の時は、身体的な負担が少ない老年病科を選んだものの、先輩小児科医のすばらしさに惹かれて小児科医になりました。しかし周りより遅れて小児科医となったので、思うようにうまくはいきません。それでも自分で選んだ道ですから、誰かに相談することもできません。自分ではもっとできるはずだと思っても、経験もありませんし、一朝一夕にできるわけなどないのですが、そんなことも理解できないぐらい未熟でした。

また怒られるんだろうな。
できない自分を認めるのは、そう簡単にはできません。病棟から患者指示の確認電話があり、私が出たところ、「先生じゃ無理。医者を呼んで」と言われることもありました。研修医でも、私も医者なのに。

土曜日も午後遅くまで仕事。ようやく家に帰っても、月曜日の仕事のことばかり気になっていました。焦りもあり、大学病院に居場所がないと感じていた私は、日曜日に1人で大学病院裏の海岸へふらっと行きました。その日は小雨が降っていて、初夏の海岸とはいえ、サーフィンや水上バイクを楽しむ人は沖合にいるものの、砂浜には私1人。最初、ウォークマンで大好きな杉山清貴の曲を聞いていましたが、みじめな今の自分には合っていない気がしてすぐに音を消しました。海岸に波が打ち寄せる音だけが聞こえます。

やっぱり仕事は大変だな・・。私にできるのだろうか?
自分自身に問いかけました。

小児科医を選んだことは間違いではないし、辞めたいわけでもない。やらないで後悔するより、やって後悔した方がすっきりするじゃないか・・。人からどう思われても仕方がないじゃん・・。だって、小児科医になったの一番最後だったんだから。自分のペースで一歩一歩進んでいこう。ただみんなに追いつかないといけないから、その努力はしないといけないな。

自分なりに答えを出したのでした。

私は次の日から、朝は鏡に向かって、「小児科医になって正解だ! ただ私はできない。できないから努力するのだ」と気持ちを整理してから出かけるようにしました。その叱咤激励がルーティンとなり、自分自身に少しずつ刺さってきたのです。周りよりも仕事を引き受け、努力する。自分への叱咤激励はまさしく私の糧になりました。ただその後も、何度か心が折れて、大学裏の海岸には何度か自分探しに行くことになるのですが。でも、きっと仕事とはそんなもんだ。みんな自分を奮い立たせて頑張っているんだと思います。

■私と同じ境遇の後輩と先輩の言葉


数年後に私と同じように転科して、小児科医となった後輩がいました。転科してよかったのかと、医局の飲み会で私と先輩に相談してきました。私は小児科の良さと後から遅れて転科した大変さを切々と後輩に説いたのですが‥。

先輩は「仕事なんてキッツいの当たり前だよ。小児科なんて大変さ。俺は、お金溜まったらすぐやめたいもん。宝くじ当たったら即効辞めちゃうよ」

なんて後輩にぶちまけていました。先輩の言葉に目を丸くした私でしたが、後輩にはそれが刺さったみたいでした。
「そうですよね。小児科医キッツいですよね」
後から聞けば、つらいのは自分だけだと思っていたようです。それが他の人も同じだということを知り、気が楽になったそうです。ただ、先輩は飲み会の席で大きい声でそんなことを言ったもんだから、「先輩が辞める騒動」が外来と病棟には広まってしまうのですが……。

自分自身を叱咤激励し、私自身も周りに叱咤激励されて医師人生をやってきました。ただ先輩は、いまだに小児科医を続けています。あれが本心かどうかはわかりませんが、少なくとも宝くじは、まだ当たっていないそうです。

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