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Banyo Queen マニラでの犯罪被害、或いは奇跡をもたらす者②

5月5日 6日目 Western Union

さて、起きたところで大したことはできない。その時点での所持金は12,000円程度。せめて前日食べられなかったサムギョプサルでも食べに行くことにする。
不便なことに一歩ホテルを出ればモバイル通信が使えないため、レストランの場所を調べて外観と地図をスクリーンショットし、MAPアプリで現在地を見ながら移動するという方法でないと目的地には辿り着けない。モバイル通信が使えなくても位置情報は把握できる。知りたくもなかった知識だ。

サムギョプサルをつまむが新大久保で食べるのとさして変わらない。寧ろ食べる程食欲が失せるようで、量は多くなかったが追加注文する気になれなかった。

何故こんな目に遭ってしまったのだろうか。考えれば考えるほど陰々滅々としてくる。目減りする現金が物理的な観光の終了までのタイムリミットを示していた。

一縷の希望としてタイ在住のミュージシャンの先輩がその日5万円分(≒18,000ペソ)送金手続きをしてくれることになっていた。しかし、海外送金について調べるほど手続きの煩雑さ、送金から着金までのタイムラグなどネガティブな情報しか出てこない。特に今回はタイからフィリピンへの送金だ。日本からどこかの国へ送金することとは勝手が違うだろう。しかもその日は日曜日だ。不安が募るばかりである。
ホテルに戻るとケイティから連絡が来ていた。

「どう?お金送ってくれそう?」
「うん、12時から銀行回ってくれるみたい。」
「そうなんだ。なんかあったら教えて」

タイとフィリピンの時差は1時間なので13時前にはホテルに戻り待機していた。しかし、13時半になっても連絡がない。嫌な予感がする。急かすようで気が引けるが念の為こちらからmessengerで電話をかけてみた。

「あーどうもー、今やってますよ。送れたら連絡しますねー」

窓口が混んでいるのかやはり時間がかかるようだ。一先ず安心した。だが、何より現地電話番号を持っていないことが不安の種だ。当然一時的に住所不定でもある。それで弾かれないか気が気でならない。しばらく待っていると連絡がきた。

「えーっとね、結果的には送れてないです。」

嫌な予感が当たった。

「理由ははっきり分からないんですけど、名前で弾かれたみたいですよ。同姓同名の反社がいるかもとか。」

正確には嫌な予感は半分当たった。
またもや知りたくもなかった知識だ。

「ホテルの口座に送れない?それがダメだったらその女の子に送るしかないなー」

本当に信じられないことだがケイティは本名、住所、電話番号を教えてくれていた。しかし、色々な意味であまり頼りたくはない。最後の手段だ。

ひとまずフロントに相談するが、ホテルの銀行口座は無いとのことだった。正確には従業員には扱えないのかもしれないが、彼らの内情を詰めても仕方ない。
こうなれば破れかぶれだ。

「ケイティ、協力してもらってもいいかな?」
「もちろんよ。振り込まれたら教えて」

一方タイでは複数の銀行を駆けずり回ってもらっているようだ。自分の情けなさが嫌になる。(Jさん感謝してます。)

18時半ごろ携帯が鳴った。

「今送金完了しました!その子宛に送ったので一緒にWestern Unionに行ってくださいね。」

心から安心した。ケイティに伝えねば。

「送金してもらったよ」
「そうなんだ!ATMで残高確認してくるね。」

これで何とか帰国まで過ごせるだろう。
最寄りのセブンイレブンでビールを買ってきて一息ついていた。

通知音が鳴る。ケイティからだ。

「明細見たけどさ、振り込まれてないよ」

状況が理解できなかった。

ケイティが送ってくれた明細に書かれていた残高は約16,000ペソ、確かに振り込まれていない。

先輩に今一度電話してみる。

「あの・・・彼女に残高照会してもらったんですけど、まだ振り込まれてないそうなんですよ」
「いえ、銀行じゃないですよ!あーWestern Union初めてか!これはね、その人宛に直接送金するサービスなんですよ。だから銀行じゃなくてWestern Unionの窓口に行けばお金引き出せるの!」

ようやく理解できた。確かに彼女の銀行の口座番号は聞いていない。そんなことも分からないほど錯乱していた。

「それでね、さっき写メ2つ送ったでしょ。それにねMTCNコードっていわゆるパスコードね、それともう一つに秘密の質問と答えが書いてあるのね。それは私のニックネームは?という質問にしてます。パスコードと質問の答えが分からないと引き出せないからその子と一緒に窓口行って、その時初めて2つ教えるんだよ。じゃないと引き出されて飛ばれたら大変だから。」

なるほど、すべきことは理解した。早速ケイティに連絡する。

「そういうことね、じゃあ私の家の最寄りのモールに支店があるから今から来て。バイク予約するから。」

その時の時刻は18:50、調べたところWestern Unionの営業時間は20:00までのようだ。

「そこまでどれぐらいかかる?」
「混んでなければ30分ぐらい」
「じゃあ間に合うな。」
「ダメ、ネットに書いてあること信用しないで。ここはフィリピンよ。もうバイク着くから急いで」

道中こんな考えが駆け巡る。

もし、来なかったら。

情け無いが未だ半信半疑なのだ。何せこっちは犯罪被害者である。
もう所持金もあまり残っていない。ホテルに戻るタクシー代でもそこそこ痛い状況だ。
しかし彼女を信じるしかない。未だ嘗て自分の人生に無い大きな賭けだった。

着いた。時刻は19:30過ぎ。指定されたのはパラニャケのSM City Sucat。

出典:monolithconstruction

SM mall of Asiaに負けず劣らず中々広大だ。ケイティからはジョリビー前に来るように言われている。


フィリピン最大のファストフードチェーン ジョリビー 出典:セブテク

まずはWestern Unionに向かう。本当に来ているのであればまだケイティがいるかもしれない。場所を警備員に尋ねたところ隣の棟だと言う。ジョリビーもそちらにあるそうだ。
試しにWi-Fiに繋いでみるが電話番号認証の画面に遷移した。またこのパターンだ。これでケイティとは連絡が取れない。
もし、ケイティが見つからなければ・・・

小走りで隣の棟に移動すると先にジョリビーが目についた。
その前には・・・いない。

「やっぱりな」

正直なところそう思った。

「ま、一応Western Union行ってみるか。」

半ば自暴自棄で重い足取りを進めようとしたところ。

「 あ 」

ケイティだ。背筋を伸ばし大股で歩いていた。

「ケイティ!ありがとう。来てくれたんだ。」
「もうWestern Union閉まっちゃったわよ。先にパスコード教えてくれたら引き出せたのに」
「そうだよね。ごめん。もうどうしたらいいか分かんないよ」

好きにして、と愛想を尽かされることも予想していた。

「24時間空いてる支店を探すわよ。友達に聞いてみるから。とりあえずタクシー拾おう。」

なんとまあ。

「本当にごめん。なんてお詫びしたらいいかわからない」
「いいのよ。はい、これ」

そう言ってスタバのホットミルクを渡してくれた。まだ温かい。

「こういう時はホットミルクよ。私も寝る前に毎晩飲んでるの。」

20時近くと言ってもまだ十分暑い。だが身にしみた。
2口ほど飲んで返そうとしたところ。

「あげる。あなたのために買ったの。疲れてるでしょ?」

なんとまあ。

5月5日 6日目夜 Rooftop 

車中ではケイティが友達に連絡してくれているようだ。
それだけでなく、また別の友達に子どもの小学校入学の手続きなどをレクチャーしている。

「私さ、色んな人から頼られるんだよね」

そうだろう。ここまで情け深い人は日本でも中々見たことがない。
荒みきった我が身が恥ずかしくなってくる。

「あのさ、なんでこんなに良くしてくれるの?俺ただの観光客だよ?」

「それが私だからよ」

何も言えなかった。

目的地についた。

「え、ここ?」

荒れた個人商店に挟まれ、鉄格子が2重に設置された路面店が目的地の支店らしい。

「うーん、閉まってるね。別のところ行こうか」

そう言ってケイティはトライクの運転手にスマホの画面を見せている。


出典:Wikipedia


この類は禄に道も知らないにも関わらず、ナビアプリも使わず適当に走り、それでいておつりをごまかしてくることがままある。
あまり使いたくない交通手段だがここはケイティに任せるしかない。

次の支店に向かうがとにかく遅い。脱穀機のエンジンでも積んでいるようだ。

「ほら、バッグちゃんと持って。また盗られるわよ」

バッグといってもセブンイレブンでレジ袋代わりに売っているトートバッグを一時的に使っていた。使うほど持ち手の付け根ががほつれてきて不安になる。


出典:prolaracabamentos.com


道中一目でそれとわかるスラム街を通った。
その間自然と私達は言葉を交わさなかった。いや、交わせなかった。
二人とも嫌な緊張感を確かに感じていた。

宿泊中のホテル近辺とは明らかに様子が違う。
老若男女問わず住民がこちらの一挙手一投足から目を離さない。
その目のギラつきが未だに脳裏に焼き付いている。

海外旅行で初めて心から恐怖を感じた。

本来これがフィリピンの本質なのだ。植民地時代に地主を優遇したツケが未だに尾を引いている。
そしてこれが海外旅行の本質でもある。旅情に浮かれた直ぐ隣では救いようがない貧困に喘ぐ人々がいるのだ。

2軒目はスラム街からほど近かった。やはり両隣は汚い個人商店だ。

「あれ、ここ?」
「そうみたい。ここも閉まってるね」

24時間空いている支店などないのではないか。
ケイティも薄々悟っているだろうが結局もう2箇所一緒に回ってくれた。

「どこも閉まってたね」
「うん・・・どうしたらいいかな」

途方に暮れていた。
ケイティへの申し訳なさと疲れで全て投げ出したくなってきていた。

「わかった。そしたらセブンイレブンに行こう。ホテルの近くにある?」
「え、まぁあるけど。酒でも買うの?」
「違うわ。ATMでお金を下ろすからそれを渡すわよ。明日私がWestern Unionで引き出したら同じことでしょ」

なんとまあ。

本当にケイティはATMで引き出したお金を渡してくれた。
18,000ペソ(≒50,000円)、同じ額面であっても恐らくフィリピン人にとってはその重みは桁違いだろう。

「じゃあ、パスコード教えて」

この時点ではケイティにパスコードは教えていないのだ。逆に私がお金を受け取ったまま飛んだらどうするのだろうか。有り難さをとうに通り越してケイティのことが心配になってくる。

「本当にごめん。せっかくだからさ、よかったらホテルの屋上で飲もっか」
「いいね。RED HORSE飲んだことある?普通のサンミゲルより強いのよ」


出典:Amazon


夜半前だったためルーフトップにいたのは数人だ。
ゆっくり呑むにはちょうどいい。
ようやく現金を確保できた安心感でどっと疲れが押し寄せてきた。

「そういえば、家族誰かスペイン人なの?」
「そうよ。おじいちゃんがスペイン人。でも今病院でチューブに繋がれてる」

私はケイティのことを何も知らない。なぜこれほど親切なのか不思議でならなかった。

「あのさ、俺って特別?」

我ながらバカバカしいことを聞いたものだ。

「私があなたにとって特別なんでしょ」

何も言えなかった。


1時間半ほど話し込み、酒が尽きた。

「じゃ、帰るね。明日早めに起きて息子の授業料払いにいかないと」

愕然とした。

まさか一瞬でも息子より自分を優先してくれたのだろうか。

「本当にありがとう。明日も会えるかな?」
「うーん、まぁ会えるんじゃない?また明日連絡して」

ケイティが帰った後、直ぐタイで帰趨を待ちわびているであろう先輩に連絡した。

「えーー!!そんなのありえないよ!天文学的な確率だよ!」

最早タイではケイティのような女性は絶滅しているようだ。そのような反応も無理もない。

その他友人にも連絡したが皆一様に同じ反応だった。
当然だ。自分も未だにこの出来事が現実のものなのか信じられない。

床に着くと不思議な感覚に襲われた。浮遊感とでも言おうか、経験したことのない感覚だった。
確かなのは相変わらず部屋には蚊と小ゴキブリが出るということだ。

スマホを見るとケイティからメッセージが来ていた。

「もう寝た?気をつけるのよ(Take care)。明日夜だったら会えるから」

まだ、残り丸二日ある。


つづく



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