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『軽く狂った感じのショートホラー本が頭に当たった!』 ~エピローグ~

 大学4年生の立希(たつき)は、アルバイト先から自宅に戻る途中、住宅街の夜道で頭に衝撃を受けた。
 衝撃の正体は、『軽く狂った感じのショートホラー本』と題されたハードカバーの本であり、その表紙には、ピンク色の鳥が逆さ吊りにされた気味の悪いイラストが描かれている。
 気になった立希が本を開くと、冒頭に『アヒル口の麗子』というミステリアスな美女が登場し、立希は本の内容に興味を持つ。
 本を片手に近くの公園に移動し、ベンチに座って本を読み進める立希。
 ストーリーはオムニバス構成になっていて、どれも少し違和感を覚えるような不気味な内容である。
 それに加え、ストーリーの合間に登場する『アヒル口の麗子』が、なぜだか立希をどこかで見張っているようなセリフを吐くことに、立希はさらなる薄気味悪さを感じてゆく。
 それでも、何とか最終話まで本を読み終えた立希は、公園のゴミ箱に『軽く狂った感じのショートホラー本』を捨てて家に帰ろうとする。
 
しかし、何気なく開いた最終ページに書かれた文字を見て、立希は全身に鳥肌が立つほどに震え上がった。
 そこには、こう書いてあった。

「立希。迎えに来たよ」


※※※※※

 な、な、なぜオレの名前が?!
 仮に、これがありふれた名前であればまだしも、「立希」などという名前が最終ページに記載された本を、偶然にも「立希」という名前の自分が拾うなどということが起こり得るのか?
 誰かのいたずらか?
 どこかで、誰かがオレの帰宅途中を狙って、オレの頭めがけて本を投げ付けたとでもいうのだろうか?
 そして、オレが本を拾って、中を読むだろうということも予測した上、オレを尾行し、今もどこかに姿を隠し、じっと声を潜めて、オレが困惑する様子をどこかから見て楽しんでいるのだろうか?
 ただし、この住宅街はオレの自宅付近であり、オレの方がこの界隈に詳しい筈だ!
 本が頭に当たった「川と畑に挟まれた一画」には、人が隠れることができるような場所もないし、実際にあのときは、自分でも辺りを慎重に見回し、誰もいないことを確認した筈だ。
 そんなことより、仮に誰かが上手にどこかに隠れることができたとして、どこの物好きが、この深夜も迫り来る時間帯に、そんなバカバカしいことをするというのか?
 悲しいことに、自分には彼女もおらず、親しい友人もいない。
 自分にこんないたずらを仕掛け、どこかから「サプラ~イズ!」なんて飛び出して来るような人間が……むしろ居てくれたら、どんなに嬉しいことかと思うけど……、残念ながら、自分にはそんな恋人や友達なんて、居やしないんだ。

だとすれば、これはどういうことだ?!

?!


 そのとき、立希は急に体に異変を感じた。

?!

 
 オイオイオイ、ちょっと待てよ!
 次の瞬間、立希は全身から血の気が引く思いで、恐怖に震え上がった。

『本の世界に入り込む』って……そういう意味かよ?!

 
 立希は、先ほどから「立希。迎えに来たよ」の不気味なメッセージから目を背けようとしている。
 だが、一向にそれができない自分を不思議に感じていたところである。
 そして……今、自分の顔が徐々に……本の方に吸い寄せられていくのを感じた。
 ……それは……それは正に……目に見えない何かが、強大な力で立希を「本の中」に引き摺り込もうとしているかのようであった。
 じょ、じょ、冗談じゃねーよ。
 ……捨てろ!
 早く本を捨てろよ!
 モタモタしてると、何か良くないことが起こりそうだ……。
 立希は自分の心に強く念じた。

本を捨てろ!


 ……しかし、自分の思いとは裏腹に、立希は未だに本を大切そうに右手で握り、最終ページは開かれたままである。
 離れない……。
 本が右手にくっ付いたまま、離れない!
 立希の頭はパニック状態になり、左手で本を掴み、その手に力を入れ、右手を本から離そうとした。
 立希の右手は、まるで本の一部になったかのように離れることはない。
 そして……挙句の果てには、左手も本にピタリと付着して、離れなくなってしまった。
 例えて言えば、それは本の表面に蛸の吸盤のようなものが付いていて、それがもの凄い力で立希の手に吸い付き、放そうとしないかのようである。
 昔、テレビで催眠術をかけられた人が、右手と左手がくっ付いてしまったと思い込み、催眠術が解けるまで手と手を離すことができなかったのを見たことがあるが、そんな催眠状態にも似ている気がした。
 どうすれば……。
 焦る立希。
 しかし、状況は彼にとってさらに悪い方向へと向かい、本が顔を吸い寄せる力がどんどん強まり、立希は今度は必死に首に力を入れたが、段々と堪えるのが難しくなり、ついには立希の口はピタリと本に吸い付かれてしまった。
 それは、傍から見ると、あたかも本に憑り付いた死神が、立希に『死の接吻』をしているかのようでもあった。
 息ができない……。
 もはや恐怖以外の感情が頭に入り込む余地はなく、立希は死を予感した。
 
 今さらになって、『アヒル口の麗子』のアドバイスが頭の中をグルグルと駆け巡る。

「本を捨てなかったのね? その公園……たまに出るらしいわよ。本を捨てるなら、今の内よ。せいぜい気を付けてね」

 本を捨てなかったのね?
 本を捨てるなら、今の内よ。
 本を捨てなかったのね?
 本を捨てるなら、今の内よ。
 本を捨てなかったのね?
 本を捨てるなら、今の内よ。
 本を捨てるなら、今の内よ。
 本を捨てるなら、今の内よ。
 本を捨てるなら……。本を捨てるなら……。本を捨てるなら……。本を……。

 物事には、何事にもタイミングがある。
 「本を捨てるべきタイミング」にそうしなかったので、そのタイミングはもう過ぎたのだろう。
 そして、そのタイミングは……もう戻って来ないのであろう……永遠に……。
 振り返ってみると、自分はいつも重要な「タイミング」を逃してばかりであった。
 進学、恋愛、友達付き合い、肉親の死。。。
 そして、現状に不満を言いながら、真面目に生きるモチベーションも湧かずに、ダラダラと惰性で毎日を過ごす。
 自分に余裕がないものだから、人のことを気に掛ける余裕なんて有る筈もなく……。
 そんな感じで生きてきたから、自分のことを親身になって考えてくれる人なんて、もはや片親である親父くらいである……。
 自分が死んだら、親父……悲しむかな……。
 そんな親父のことも最近は疎ましく思って、学費出してもらってるのに、ここ1年以上、ろくな会話もしてねーな。
 最初に読んだ話の男の子、名前何て言ったっけな?
 あー、桃彦(ももひこ)か。
 自分にも、あんな素直な時期があったよな。
 次の電車の話……きっと、オレもあんな風に、周りのことなんて全く気に掛けずに生きてきたんだろうな。
 ……最後の話の主人公……オレも死ぬ前に、せめてあんなに大成功してみたかったよ。
 成功するって……どんな気持ちなんだろうな……。
 ……そうだよ。オレ、まだ成功してないじゃないか……。
 今、戦わなくちゃ……抗わなくちゃ……。
 その直後のことである。

 ?!!!

 立希は一瞬ではあったが、これまでの人生、そればかりか映画や特殊映像の類でも決して見たことのない、身の毛もよだつような「それ」を本の中に見た!

「ふ、ふ、ふ、ふわぁ~! お、お、お、おわ、おわわわぁ~!……」

 
 本の中の「それ」は、時間にしてほんの数秒間、立希の視界に現れただけであった。
 しかし、その刹那の出現は、立希の戦意、そしてあらゆる生物が生まれながらに持つ生存本能を完全に喪失させるに十分であった。
 立希は今や脳と五感を完全に恐怖に支配された木偶と成り下がった。
 辛うじて自分の悲鳴をその耳で聞いた後、立希は全身から力が抜け、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
 ……ムリだ……。
 あんなものに抗うなんて……。
 立希が本の中に一瞬見た「それ」は……「それ」は……「それ」は……。
 今度こそ、立希は本当に『死』が「予感」のレベルを超え、自分の全身をすっぽりと包み込み、終わりの見えない闇の中に引き摺り込んでゆくのを実感した。

 立希は、薄れゆく意識の中で、こう考えた。
 自分の鼻が……この本に完全に吸い付かれたときに……自分は恐らく……死ぬのだろう……。
 そして、立希は目を閉じた……。
 心は意外なほどに冷静だった……。
 これは死を覚悟したが故の開き直りか、あるいは完全なる恐怖を前にしたことによる絶望感が、自分の感覚を麻痺させているのか。
 それはこの際、どちらでも良いことのように感じるし……間もなく、自分の脳はそんなことも考えなくなるのだろう……。

そのときである?!

 
 誰かの手が自分の肩をがっしりと掴み、後ろに引き摺り戻そうとする力を感じた。
 死ぬ間際の幻覚か……。
 最後くらい……静かに逝かせてくれよ……。
 …………?!
 ん?
 ……いや、そうじゃないぞ。
 確かに、誰かの手を肩に感じる。
 今や、本に口も吸い寄せられた立希であったが、何とか両手に力を込め、自分の肩越しに左斜め後ろを振り返った。
 ……そこに微かに見えたのは……?!

「アンタ! こんなとこで、何してんねん! この時間帯、ウチらみたいなもん以外、誰もけぇへんで、こんなとこ! 何や、その目は?! 何や、言うとんねん、その反抗的な目は?! アンタ、自分の立場分かっとるんかいな! コソコソ隠れてっ! ヘンな本ばっか読んで! 勉強しぃっ! それとなアンタ! さっき、この本の中の人たちのこと思い出してたやろ! ウチらのこと忘れてたら、あきまへんわ🤷 いや、ちょい待ち! 『まへんわ』はまだや! まだ、やらんでええねん! アンタなぁ! そっちに行ったら、あきまへんわ🤷
あきまへんわ🤷‍♀️
あきまへんわ🤷‍♂️
🤷🤷‍♀️🤷‍♂️「まへんわ まへんわ まへんわ まへんわ」

🤷🤷‍♀️🤷‍♂️まへんわ! ワ~ッ!

(うわ~っ! 何だ、🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちは~っ!)

 🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちには下半身が無く、お腹から上の上半身だけで宙に浮いている。
 どう見ても、物の怪の類である!
 先ほどまで死を覚悟していた立希であったが、突然の🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちの登場により、新たな恐怖ですっかりパニックになり、脳が活性化してきた!
 体全体でジタバタと暴れる立希……。
 しかし、本に力強く、その口と両手を吸い寄せられ、全く身動きが取れない!
 前方からは『軽く狂った感じのショートホラー本』に吸い寄せられ、後方からは🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちに引っ張られている!
 今や立希は、前と後ろのどちらの方向に体重をかけてよいのか、分からない!
 立希は、頭をフル回転させて考えた。
 確かに、🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちもなかなか不気味で怖そうではある。
 しかし、🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちは、自分に話し掛けてきたようでもあり……ひょっとして……オレのこと、心配してくれてるのか?
 でも……助けた後、オレのことを食べようとしているのかもしれない……。  
 でも……でもでもでもでも……もしかすると、この難を逃れた後、話し合いが通じる相手かもしれない!
 それに比べて、は全くの無言で自分を取り込もうとしているし、それより、本の中に見た「それ」の餌食になるなんて……生存本能が正常な機能を取り戻しつつある今、想像するだけで恐ろしいことであると脳が再認識した。
 本の中の世界にはいったい何があるのか……立希には想像も付かなかったが、あの本の中に一生閉じ込められるなんて、考えただけでゾッとする。
 立希は腹を決めた!
 まずは🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちに助けてもらおう!
 そして、立希は本を握った自分の両手に有りったけの力を込め、🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちと一緒に、死に物狂いで自分の体を後ろに引っ張った。
 …………しかし………。

🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たち、如何せん……力が弱い……。

恐らくは……下半身の踏ん張りがきかないのであろう……。

(本編 完)


※※※※※
~読者さまへ~
 
あら?
 あなた達、どこかで見たことある顔ね……。
 どうやら、このお話、最後まで読んでしまったようね……。
 それより、この私の『アヒル口』……とってもキュートだと思いません?
 え? 
 このお話の主人公の立希が、この後どうなったかですって?
 そんなこと……私が知るわけ……フフフフフ。
 でも、私のアドバイスを無視して本を読み続けるなんて、なかなか無茶なことをしたものね……。
 それにしても、彼が本の中に見たモノは何だったのでしょうね?
 一瞬で人間の生存本能を奪うほどの何か……。
 それは、恐ろしい姿をした怪物なのか……それとも怪物よりも恐ろしい姿をした何かか……。
 え?
 あなた達、質問が多いわね。
 この話、こんな終わり方なのかって?
 勘違いしていらっしゃるようですけど……。

 まだ終わってないわよ。

 
 この記事のトップ画像の「目」……。
 この投稿を開いた時点で、この「目」は既に皆さんの端正なお顔を覚え、これから忘れることはないでしょうね。
 皆さん、私からのアドバイスですけど、ある日突然、「目」に好かれた皆さんの元に見知らぬ本が届くことがあるかもしれませんけど……。
 読むと「次の話」が始まっちゃうから、読まない方がいいわね。 
 本好きな皆さんのことだから、結局、読んでしまうのかもしれませんけど……最後まで読んだあなたには、本の中にいったい何が見えるのかしら?
 
ええ、すぐに本を捨てた方がいいと思うけど。
 え?
 ちゃんと本を捨てられるのかって?
 そんなこと……私が知るわけ……フフフフフ。

(了)


『軽く狂った感じのショートホラー本が頭に当たった!』
作:ハミングバード🐦


前話

🐦本作は『note創作大賞 2024』の「ホラー小説部門」応募作です🐦

皆さま、いつも応援ありがとうございます🐦ピヲ!🐦ピヲ!

全編通してお読み頂いた皆さまには、心より感謝申し上げます。

🐦ピヲ! 🐦ピヲ!

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