「この電車って、どこに向かっているの?」 ルナは聞いた。 ルナは、小学生の女の子。 目の中に入れても痛くない孫だ。 北海道東部の町。 過疎地。 場所によっては牛や羊の方が多いとも聞く。 横浜中華街から、はるばるここまで来た。 ルナには時折、右足を引き摺るクセがある。 医師は“生活に支障は無い”と言ってくれているのだが。 足のことをクラスメートにからかわれて、泣いているルナ。 ルナを元気づける為に、あの町へ行きたい。 そうさ。 俺の命が続くう
「水奈ちゃん、どうしたの?」 声がした。 前の座席から、ミチコが覗き込んでいる。 いつものように、明るい表情が目を彩っている。 幼なじみの優しいミチコ。 「どうしたの? 水奈ちゃん、顔色悪いよ」 「うん、ちょっと吐き気がして、乗り物酔いかも。だから気にしないで。ありがとう」 水奈は礼を言った。 だが、気分の悪いのは本当だった。 全く解消されそうになかった。 今日は、待ちに待った遠足の日―― クラスメートたちと、担任と目的地に向かっている。
「あんな怖い怪談会はなかった」 Kは、話し始めた。 Kのぬっぺりとした顔は、不気味だ。 存在そのものが、こっちを不安にさせる。 彼は今、怪談師をしている――その業界では、ちょっとは知られている。 「自分で言うのは、ちょっと恥ずかしいが、怪談に関しては誰にも負けない。譲れない」 話し続けるK。 「他の怪談師同様、怖さにも免疫がある。だから、ちょっとやそっとじゃ怖いなんて思わない」 巷に溢れる怪談が、作り物に見える。 怪談師の怪談で本当に怖いものなんて
「ぺっぺっぺっ」 未奈子は、唾を吐いた。 テーブルには、茶碗が円形に並ぶ。 唾を入れた茶碗。 これは、課長Mのもの。 コイツは、セクハラ&変体&露出狂だった。 全ての女性社員に嫌われていて、未奈子が最大の標的。 (狂人M) ケダモノと言ったら、本物のケダモノに申し訳ないほどの男だ。 チビデブ。 ハゲチャビン。 この会社では、未だに女子職員にお茶くみをさせている。 男尊女卑。 ブラック企業。 クソ会社。 (バカめ) 未奈子はニヤニ
「アイツは、恐怖症に取り憑かれているからな」 俺は呟いた。 親友の武藤は、以前から様々なものに取り憑かれていた。 俺は、武藤のアパートに向かっている。 アレルギー体質。 バービー人形の収集。 ファミコンのソフト(使用不可)。 呪物など、よくわからないもののコレクション。 そして、もっとも顕著なのは 『恐怖症』である。 武藤は元々、優秀な学生だったのだが、突如、現れた『恐怖症』のせいで、エリートコースから陥落した。 何が切っ掛けだったのだろう。
「信じられるか?」 書き込みだらけの手帳を見せる。 『漢方』と記されている。 今日は、通院日だった。 漢方医院。 重度のADHD。 「何があったの?」 美彩が微笑む。 水道橋駅から、後楽園ホールに向っている。 美彩が首からかけているタオルには、応援しているボクサーの名前が入っている。 この手帳は、今年に入って5冊目。 汚い手帳は、俺そのもののよう。 再生紙のロゴマークが入っているが、年に5冊も手帳を使ったら全て台無し。 世界中の絶滅危惧種の動物
「この香りだ」 芳香。 舌が喜んでいる。 唾が溢れてくる。 目を瞑ると、新緑の匂いがイメージを駆り立てる。 白い茶碗。お猪口のようで洒落ている。 茶の滴を再び口に含む。 東京。 真っ白なシャツの日本茶ソムリエ。 洒落た店内。 こんな都会で、あの新茶の味に出会えるとは思わなかった。 偶然、降りた地下鉄の駅。 知らない駅。 出張の途中。交渉はいつも通り。 おべっかばかり。 重役に頭を下げて、ようやく取り付けたビジネス。 顔色を窺うのは疲れ
「なまら“呪われてる”らしいべさ」 漁師は、言った。 机の上には、猿の手。 北海道の漁村。釧路。この何もない町は、廃村同然。 デパートも潰れ、観光客もいない。 ヒゲだらけの漁師はいいヤツだが、酒を飲むと幾ばくかセコくなる。 漁師は、この“猿の手”を売りつけるつもりだった。 「これ、300円で買わないか」 「300円?」 「缶チューハイを買うんだ」 「そうか。缶チューハイならあるよ」 主人は、冷蔵庫の缶チューハイを注いでやった。 「猿の手という
「また、念入りにペニスを洗っているのかしら」 私は耳を澄ませた。 ノブヤのペニスは大きい。それだけが取り柄だ。 シャワーの流れる音。 脱衣所にドルガバのバスタオルがかかっている。 私の両手は血塗れだった。 ロッジの壁。 多種多様のコスプレをした美しい少年少女たちの写真が大量に貼られている。 ゴスロリ。 エ●ンゲリオン。 アキバ系のディープなオタク風。 「本当に好きなのはこっち」 反対側の壁に、同じアングルの写真。 コスプレした少年少女たち
今日は怪談会に来ている。 怪談会は初。 そんなもの時間と金の無駄。 幽霊は信じない、幽霊で金儲けする怪談会など嫌い。 うさんくさい。 そもそも全く怖くない。 場所は、某処刑場跡。 今は公園だが、昔はお侍が「バタバタ首を斬られて、生首がゾロゾロ」並んでいたという。 これを目を輝かせながら教えてくれたのはミポリン。 ミポリンは恋人。 かわいいが、目つきが異常。 ホラーマニア。 鼻ピアス、人体改造マニア。大人のオモチャマニア。 見世物小屋
深夜。 「恐怖が足りない」 ヒカルは、自宅を抜け出すと公園に向かった。 ヒカルは怪談師。 明日は怪談最恐トーナメント決勝戦。 去年は、敗退。 「ヒカル。私には勝てないわよ」 優勝したキョウ子のバカにしたような笑みが、浮かんでくる。 「キョウ子め」 今年こそは、ライバルのキョウ子に勝ちたかった。 『赤ん坊の首』 これが明日披露する怪談の名前だった。 今の今まで、リハーサルをしていたのだが、著しく完成度が低かった。 ヒカルは、怪談で使う"キューピ
「来た」 カオルコは声を上げた。 夜。 マンションの玄関から、マントを纏った女。 怪談師・“ノロイFノロコ”である。 コイツは毎年、決勝戦で火花を散らすライバル。 目出し帽、手袋、ブーツ、サングラス。 全てが黒づくめ。 秘密結社のメンバーのような印象。 さながら黒いKKK。 噂通りだ。プライベートでも、マント姿。 コイツは犬畜生にも劣る。 「キサマの怪談は怖くない」 「子供だまし」 などと、カオルコのSNSに誹謗中傷してくる。 一
『深入りするな』 これは、タクトの忠告だった。 確かに、奇妙なことが続いているようだ。 ラップ音、聞こえるはずのない声、視界の端に見える人影。 これらは、ミナコが“夜の取材”をする時、決まって起こるようだった。 「大丈夫」 ミナコは、改札に向かって歩き始める。 夜の取材。 ここは高島平団地。 飛び降り自殺の名所。 終電になるのを見計らって、ここまでやってきた。 ミナコは、不登校女子。 さらにいえば、怪談女子。 カナの家に
「あの女だ」 ミチヤは顔をしかめた。 女が、不自然な格好で床を這ってくる。 なぜだか遠く離れていてもわかった。 女は、人間ではない形に体が歪んでしまっている。 ミチヤは、女を見ないように話し続ける。 ――怖い話は、出だしが肝心。客の心をがっちり掴むのだ。 ミチヤは、怪談師をしている。 怪談を収集して客席で語って聞かせるのだ。 今は怪談師がちょっとしたブーム。才能あるスターの卵がぞろぞろいる。 今日は「最恐トーナメント」の決勝。 俺は天
「まただ」 ミツコは、背筋が寒くなった。 新宿の占い師のところから戻ってくると、あのランドセルが玄関の前に置かれていた。 まもなく、ユウカがアフタースクールから戻ってくる。問題を抱えた子供たちの通う真昼のアフタースクールである。 「嘘でしょ」 ミツコはランドセルを手にすると、階段を駆け下りた。 全てはユウカのためだ。 母子家庭。 明るかったユウカが、不登校を続けている。ユウカの様子がおかしくなったのは、このランドセルのせいなのだ。 捨てなければ。
「こわいよ」 ミチコは震えている。 今日は、アイツがやってくる。ベッドの布団の中に、頭まで潜り込む。 「殺さなきゃ、反対に殺されるわ」 幼なじみのユリは恐怖の表情を浮かべた。 深夜。なぜアイツは子供たちが、寝静まった時刻をわざわざ選ぶのか。 子供を怖がらせにくる。 きっと、悪いやつだ。アンパンマンの敵みたいなモンスター。 アイツの正体。 先生は、教えてくれなかった。 血まみれの赤い服をたもじゃもじゃの白いヒゲの怪物。 あんなヤツ、この近所でも見