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古代ギリシア語で読むギリシア神話——アポロドーロス『ギリシア神話』より①

ギリシア神話とは

ギリシア神話は、古代ギリシア人が語り継ぎ、叙事詩や悲劇・喜劇などの文藝作品等の詩作の題材にもなれば哲学的思索の源泉でもあった、神々や英雄をめぐる物語です。

「神話」といえば当然、「神の話」に聞こえますが、英語の "mythology"の元であるギリシア語の "μῦθος"は単に「話」を意味する名詞であり、「神」に限定するわけではありません。あくまで「お話し」です。しかし、ギリシア人の「お話し」にはもちろん神々が頻繁に登場します。

本屋さんに行けば(余談ですが私はよくジュンク堂に行きます)ギリシア神話を題材にした本(これでわかる!ギリシア神話的な)が出版され続けているのがわかるので、今もなお人気が衰えていないようです。(ゲームや漫画などでもよく取り上げられるのがその理由の一端でしょう)

しかし、せっかくなら「原典の」ギリシア神話を読んでみたくはありませんか?

「原典」?

しかしここで大きな問題があります。

「ギリシア神話」に原典はあるのか?

ギリシア神話はさまざまな作品の題材になっていますので、それらの作品一つ一つが「原典」とも言えますが、(キリスト教の聖書にあたるような意味での)「正典」のようなものは存在しません。

それでも「権威ある」テキスト、というものは古代からあります。有名なのはホメロス『イリアス』や『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』などが挙げられます。

プラトンを読むとなにかと「ホメロスは…と言っている」「ヘシオドスにこんな文句がある」などと引用されるのに出会しますが、それほどに両詩人の権威があったことを証しています。ちなみにヘロドトスさんも似たようなことを言っています。

じゃあ「ホメロス、ヘシオドス読んでみっかあ!」となればナイスで、

ちょうど私はホメロスのギリシア語解説記事も書いていますので、『イリアス』を読んでみたくなった方はこちら、『オデュッセイア』を読んでみたくなったらこちらをのぞいてみてください。

しかし、ホメロスもヘシオドスも叙事詩の韻律のある詩、韻文ですので、ちょっと難しそう…と感じる方もいるかもしれません。

本日はそんな方のために、散文で書かれたギリシア神話、アポロドーロス『ビブリオテーケー』をご紹介します。

アポロドーロス(おそらく紀元後1-2世紀)は紀元前5世紀以前の、古典機と呼ばれる作品をもとにギリシア神話伝承を書き留めた人物で、その著作は『ビブリオーテーケー(Βιβλιοθήκη)』と呼ばれています。

いわば散文で書かれたギリシア神話の原典(の一つ)といえるものでしょう。

高津春繁訳(岩波文庫)では『ギリシア神話』と題されていまして、それを踏襲してタイトルにつけました。

今回はアキレウスにまつわる部分をピックアップしてみます。

アキレウスの誕生——テティスとペーレウスの婚姻

今回はアキレウスにまつわるギリシア神話の記事を読みます。
アキレウスはホメロス『イリアス』での主人公で、その武勇について語られますが、『イリアス』では語られていないことが多々あります。

ギリシア語一語一語に解説をつけます。

テキスト

γαμεῖ δὲ ὁ Πηλεὺς Πολυδώραν τὴν Περιήρους, ἐξ ἧς αὐτῷ γίνεται Μενέσθιος ἐπίκλην, ὁ Σπερχειοῦ τοῦ ποταμοῦ.
aὖθις δὲ γαμεῖ Θέτιν τὴν Νηρέως περὶ ἧς τοῦ γάμου Ζεὺς καὶ Ποσειδῶν ἤρισαν, Θέμιδος δὲ θεσπιωιδούσης ἔσεσθαι τὸν ἐκ ταύτης γεννηθέντα κρείττονα τοῦ πατρὸς ἀπέσχοντο.

アポロドーロス『ビブリオテーケー』3.13.4-5 Peleusより

解説

γαμεῖ:-εῖに注目!動詞 γαμέω「結婚する」. 三人称, 単数, 現在. -εω型の母音融合動詞(e.g. φιλέω). 時制が現在なのは, 「歴史的現在(historical present)」とよばれるものと思われる(意味的には過去なのでアオリストでいうのが普通のところを敢えて現在形で語ることでより生き生きと叙述する). 

δὲ:小辞. 「そして」「しかし」.

ὁ:定冠詞. 男性, 単数, 主格.

Πηλεὺς:Πηλεὺς. 「ペーレウス」. 男性, 単数, 主格. このように, ギリシア語では(英語などとは異なり)固有名詞にも定冠詞がつくことが普通にあります.

Πολυδώραν:Πολυδώρα. 「ポリュドーラ」. 女性, 単数, 対格. 

τὴν:定冠詞. 女性, 単数, 対格.

Περιήρους:Περιήρης, -ους. 「ペリエーレース」. 男性, 単数, 属格. 母音融合するタイプの第三変化名詞(Cf. Σωκράτης, Σωκράτε-ος→Σωκράτους). Πολυδώραν τὴν Περιήρουςで「ペリエーレースの(sc. 子)、ポリュドーラを」となる.

ἐξ:前置詞. ἐκ. 次の語が母音のとき, ἐξになる(Cf. οὐ, οὐκ(無気母音の前で), οὐχ(有気母音の前で)).  +属格で「~から」.

ἧς:関係代名詞. 女性, 単数, 属格. 先行詞は, 性が女性なので, 当然ポリュドーラで、「彼女から…」になる.

αὐτῷ:αὐτός. 男性, 単数, 与格. 中性も同じ形になるが, ここでは文脈的にペーレウスのことを指している. γίγνομαι+与格で「~のためにある」といった所有者の与格. 日本語でも「○○さん子ども産まれた」というように.

γίνεται:動詞. γίγνομαι. この動詞はγίνομαι [ῑ]という形もある(iが伸びるのに注意!). 三人称, 単数, 現在. γίγνομαιの形なら, γίγνεταιとなるところ. これも historical present(歴史的現在)

Μενέσθιος:Μενέσθιος. 「メネスティオス」. 男性, 単数, 主格.

ἐπίκλην:副詞. 「名前として」. この副詞は形からしてἐπίκληという女性名詞の対格のように見えるが, ἐπίκληという名詞はない. 動詞ἐπικαλέω(「呼びかける」)と同族.

ὁ:定冠詞. 男性, 単数, 主格.

Σπερχειοῦ:Σπερχειός. 「スペルケイオス」. 男性, 単数, 属格.

τοῦ:定冠詞. 男性, 単数, 属格.

ποταμοῦ:ποταμός. 「川」. 男性, 単数, 属格.

逐語訳

そして(δὲ)ペーレウスは(ὁ Πηλεὺς)結婚する(γαμεῖ)ペリエーレースの子ポリュドーラと(Πολυδώραν τὴν Περιήρους), 彼女から(ἐξ ἧς)彼には(αὐτῷ)うまれる(γίνεται)名としてメネスティオスが(Μενέσθιος ἐπίκλην), 彼は(ὁ)川・スペルケイオスの子である(Σπερχειοῦ τοῦ ποταμοῦ).

解説つづき



aὖθις:副詞.「そしてまた…」. つなぎの文句で、話題を続ける.

δὲ:小辞. 「そして」「しかし」. 日本語の「で」のようなもので、αὖθιςとセットで「そしてまた…」ととれる.

γαμεῖ:上と同様、-εῖに注目!(さっきも出てきたやつです). 動詞 γαμέω「結婚する」. 三人称, 単数, 現在. -εω型の母音融合動詞(e.g. φιλέω).

Θέτιν:Θέτις, -ιδος. 女性, 単数, 対格. 「テティス」.

τὴν:定冠詞. 女性, 単数, 対格.

Νηρέως:Νηρεύς. 「ネーレウス」. 男性, 単数, 属格.

περὶ:前置詞. +属格で「~について」.

ἧς:関係代名詞. 女性, 単数, 属格.

τοῦ:定冠詞. 男性, 単数, 属格.

γάμου:γάμος. 「婚姻」. 男性, 単数, 属格. 余談ですが、結婚式の見積もりを作成できるウェディングサービス「Gamos」なるものがあるそうです.

Ζεὺς:Ζεὺς. 「ゼウス」. 男性, 単数, 主格.

καὶ:接続詞. 「そして」. 英語のandに相当する.

Ποσειδῶν:Ποσειδῶν. 「ポセイドーン」. 男性, 単数, 主格.

ἤρισαν:動詞. ἐρίζω. 「争う」. 動詞幹末の歯音(τ, δ, θ, ζ)はσの前で消えるので, ἤριζσαν→ἤρισαν.  三人称, 複数, アオリスト. Cf. チエシュコ, p. 171. 

Θέμιδος:Θέτις, -ιδος.  女性, 単数, 属格.「テティス」. この属格は続くθεσπιωιδούσηςと一致している. しかし, 主文の動詞とは一致していない. このような属格を「Genitive Absolute(絶対属格)」という. ここでは「理由」の意味で訳した. 詳しくはSmyth §2010参照.

δὲ:小辞. 「そして」「しかし」.

θεσπιωιδούσης:θεσπιῳδέω. 現在, 分詞, 女性, 単数, 属格. 「予言する」.

ἔσεσθαι:εἰμί. 未来, 不定詞. θεσπιῳδέωが「対格+不定法構文」をとっている. たとえば「この人はより強くなるだろう」といいたければ οὗτος κρείττων ἔσται. となり(動詞としてεἰμίの未来を用いる), 「この人はより強くなるだろうと(彼女は)予言する」というふうにすれば θεσπιῳδεῖ τούτον κρείττονα ἔσεσθαι. となる(もとの主語であったοὗτοςを対格にし, 未来の不定詞ἔσεσθαιをつける)ように.

τὸν:定冠詞. 男性, 単数, 対格. γεννηθένταと一致.

ἐκ:前置詞. +属格「~から」.

ταύτης:οὗτος. 女性, 単数, 属格.

γεννηθέντα:γεννάω. アオリスト, 受動, 分詞, 男性, 単数, 対格.「産む」. アオリスト受動で直訳すれば「うまされた」とでもなろうが、要するに産まれた子(男性系だから息子)の意.

κρείττονα:κρείσσων (κρείττων). 男性, 単数, 対格. 「より強い」.

τοῦ:定冠詞. 男性, 単数, 属格.

πατρὸς:πατήρ, πατρός. 男性, 単数, 属格. 「父」. この属格は比較の文で使われ, 「~より」の部分を作る(英語で言う than~の部分). たとえば「ソクラテスはあの男よりも賢い」→ Σωκράτης σοφώτερός ἐστι τοῦ ἀνδρός. あるいは ἤ でいいかえると Σωκράτης σοφώτερός ἐστι ἤ  ὁ ἀνήρ. 

ἀπέσχοντο:ἀπἐχω (ἀπο+ἔχω). έσχοντοの部分がἔχωのアオリスト(√σχ-であることに注目!)で, οντοは第二アオリストの中動相の三人称複数の人称語尾なので(e.g. λείπω→ἐλίποντο), 直説法, 中動, 三人称, 複数, アオリストとわかる. ἀπἐχωは中動で「退く」の意.

逐語訳

「後彼(sc. ペーレウス)は(aὖθις δὲ )ネーレウスの娘テティスを(Θέτιν τὴν Νηρέως)妻とした(γαμεῖ )——その彼女との婚姻について(περὶ ἧς τοῦ γάμου)ゼウスとポセイドーンとが争った(Ζεὺς καὶ Ποσειδῶν ἤρισαν)、しかし(δὲ)テミスが(Θέμιδος )彼女(sc. テティス)より生れた子供は(τὸν ἐκ ταύτης γεννηθέντα)その父より強くなる(κρείττονα τοῦ πατρὸς)であろう(ἔσεσθαι)と予言したので(θεσπιωιδούσης)、彼らは手を引いた(ἀπέσχοντο)。

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