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【掌編小説】おしっこが黒い



 朝起きて、トイレに入り、欠伸をしながらしょんべんをする。
 尿が真っ黒だ。
 うん? 黒?
 え・・・黒??
 どういうこと?
 黒って・・・マズイだろ!
 何かの病気か?
 近藤は、青ざめた顔で近所の泌尿器科クリニックへ駆け込んだ。
 採尿をお願いしますと紙コップを渡される。
 やっぱり黒いのが出た。
 コップの中身を見て、看護師がびっくりする。
 診察室に通される。
「血液が尿に混入して時間が経つと黒っぽくなることがあります」医者はそう言いながら首を傾げた。「でも、それにしてもちょっと黒過ぎますね」
 近藤も思った。確かに、黒すぎる。イカ墨みたいだ・・・
「早急に尿検査に回しましょう」
「はい」
 四十分後、検査の結果を言い渡される。
「血は混ざっていませんでした」医者が言った。
「え? じゃあ、何なのですか?」近藤が焦って訊く。
「わかりません。他は異常なしです」
 医者は、大学病院の精密な医療機器を使えば何か分かるかもしれないと、紹介状を書いてくれた。
 大急ぎで大学病院へ駆け付ける。
 そこの看護師と医者もびっくりした表情。
 精密機器で検査してみると、やはり血は混ざっていないらしい。だが、ミネラル豊富なのが分かった。
「もしかして紙コップの尿にこっそり海苔のスムージーを入れていないですか?」と医者が怪しむ。
「そんなことするわけないでしょ!」近藤は怒った。
「なら、私たちの目の前で尿の採取をお願いできますか?」
「え?」
「世界でも症例のないことですから、ちゃんと取り組むために、はっきりしておきたいのです。実はあなたのイタズラだったと判明したら、真に受けて取り組んだ私たちが大恥をかきますし」
「あ・・・わかりました・・・」
 近藤は、男性医師と女性看護師の前で恥ずかしそうに下着を下ろし、紙コップにあそこを当てた。だが、まじまじと見られていては、緊張してなかなか出ない。
 一分ぐらい踏ん張って、ようやくちょろちょろと出た。やはり黒い。
 医者と看護師が目を丸くして「おー」と声を上げた。
 何が「おー」だよ、見世物じゃないんだから・・・ 近藤はそう思いながら、次の診療予約をした。
 翌日、診察室に入ると、白衣を着た男女で溢れかえっていた。二十人ほどいる。
 担当医が他の医者にも見てもらいたくて呼んだらしい。自分じゃ原因が分からないから、他の医者の協力が必要だと言う。あと、はじめて見る医者たちは、やっぱり信じられないので、直で見たいらしい。
 原因を解明するためなら仕方ない、と近藤は、医者たちが自分の股間を囲んで凝視する中、下着を下ろし、おしっこをした。変態放尿プレイかよ!と思いながら。
 医者たちはなんだかウキウキした様子でサンプルを分け合い、持ち帰っていった。
 翌日、その誰かがリークしたのだろう。新聞で自分のことがニュースになっていた。
 そして近藤は突然、とても忙しくなった。
 全国の泌尿器の専門医たちが、自分たちもサンプルが欲しいと、しきりに問い合わせてきたのだ。噂は海外にまで広まり、全世界の専門医たちからも問い合わせが殺到した。
 近藤は、原因と治療法の発見に役立つならと、担当医のいる大学病院に出向いて採尿をし、そこから問い合わせ先へ尿を送ってもらった。
 ところがそれを何回か繰り返すうちに、近藤はなんだか腹が立ってきた。
 自分たちはタダで欲しいものを手に入れ、俺は何ももらわないのに毎回時間かけて大学病院まで行って採尿するのおかしくないか? 治してもらわないと困るなら分かるけど、別に健康だし・・・
 近藤はそう思い至ると、もうタダではやらないと言って、紙コップ半分の量を一万円で販売すると宣言した。
 担当医ははじめ困った顔をしたが、担当医の病院に仲介料を10%払うと言ったら、笑顔で引き受けてくれた。
 最初は売れるか心配だったが、近藤のおしっこは今までに症例がないので研究価値が高いと思われたらしく、その後、国内300弱、全世界5000弱の医療機関から予約が入った。
 医療機関あたり紙コップ数個分は注文するので、売上総額は先行予約だけで2億円にのぼった。予約が今後も続くとなると・・・
 電卓を叩いていた近藤は、頭をクラクラさせながら思った。
 他の人にないものがあるってカネになるなぁ・・・この症状、絶対に治らないで!
 それ以来、近藤は黒いおしっこを量産するために、吐き気を我慢しながら毎日大量の水を飲み続けている。




<完>


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