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2023年9月 アルバムレビュー Tirzah, Coco O., Cleo Sol

 9月にリリースされたおすすめのアルバム30枚をプレイリストにまとめました。今回はその中からとくにおすすめだった、Tirzah『trip9love』、Coco O.『Sharing is Caring』、Cleo Sol『Heaven』『Gold』の4作品を紹介します。




Tirzah 『trip9love...???』

 ロンドンを拠点とするシンガー、ソングライターTrzahが、盟友Mica Leviをプロデューサーに迎え共作体制で臨んだ3rdアルバム。
 本作では全編を通して同一のビートが用いられ、浮遊感のあるピアノループや深く歪んだギターなども一貫したモチーフとして登場する。そのため、アルバム全体のコントラストという意味では少し物足りないかもしれない。しかし、作品の世界へと深く潜り込んでいくような体験は唯一無二である。

 #1「F22」から#3「u all the time」までの序盤はシームレスに繋がっており、ダークな質感をもった作品世界へと違和感なく引き込まれていく。内省的かつ叙情的なピアノサウンドと幻想的な歌声が孤独に寄り添う一方で、ブレイクビーツは荒々しく打ち付け、その対比があるはずのない静寂を引き立てる。

 #4「their Love」で一度ブレイクビーツが止むと、『trip9love...???』の奥深くまでいつの間にか潜り込んでいたことに気付かされる。海の底で響くようなピアノがもう引き返せないことを告げている。#5「No Limit」、#6「today」とキックが歪み、ピアノが張り詰めていくごとに不安感は大きくなっていき、#7「Stars」でそれは最高潮へと達する。激しく歪んだギターが鳴り響き、ブレイクビーツの底をサブベースが揺らしている。

 #8「he made」では、序盤のテーマへと一時的に回帰したようにも感じられる。しかし、そこが最深部であることはピアノの音色が証明している。#9「2 D I C U V」、救いのようにも聞こえる歌声はギターのノイズにかき消され、どれだけ手を伸ばしても届かない。#10「6 Phrazes」では再びブレイクビーツが静まり、たどり着いた場所がどれほど暗く、静かな場所であるかを思い知る。#11「nightmare」、リフレインするピアノと歌声が物語の終わりを彩る。そこに、あのブレイクビーツはもはや存在しない。

 これほどの壮大さを表現していながらも、ローファイかつミニマルなサウンドでパーソナルな部分にも響いてくる。個人的には今年、もっとも評価している作品の一つだ。


Coco O. 『Sharing is Caring』

 Robin HannibalとのデュオQuadronや、Tyler, the creator作品への参加でも知られるデンマーク出身シンガーCoco O.の2ndアルバム。
90~00年代のコンテンポラリーR&Bスタイルの楽曲を、Blood OrangeやFrank Ocean以降のオルタナティブR&Bの質感で再解釈したような作品に仕上がっている。R&Bの最前線と共鳴しながらもどこかノスタルジックなサウンドは、レトロスペクティブなスタイルとは違った方向からソウルミュージックの本質にアプローチしていると言えるだろう。

 前作『It’s a Process』はより多彩なモチーフで展開されたアルバムだった。今作は、よりミニマルになったことで、それがソウルネス、メロウネスへとフォーカスされている。オルタナティブR&B、アンビエントR&Bが目指してきたものがここにはある。もっと多くの人に聞かれるべきアルバムだ。

Cleo Sol 『Heaven』、『Gold』

ロンドンのソウルシンガーCleo Solの3rdアルバム『Heaven』は9月15日にリリースされ、その2週間後9月29日には4thアルバム『Gold』がリリースされた。両作とも、『Rose in the Dark』や『Mother』に引き続きInfloが全編プロデュースを手掛けている。

『Heaven』

 『Heaven』はこれまでの作品よりも、Cleo SolそしてInfloらがSAULTとして発表してきた音楽に接近しているように感じられた。SAULTは昨年5枚のそれぞれテイストの異なるアルバムをリリースしている。クワイヤやストリングスを大胆に用いてクラシックや映画音楽を意識した『Air』、ゴスペルというモチーフをソウルミュージックと高い次元で融合させた『Untitled (God)』、サイケロックやハードロック、パンクなどのオールドスクールなロックへとフォーカスした『Today & Tomorrow』、プリミティブなパーカッションや力強い歌声で自然の壮大さを表現した『Earth』、彼らの原点ともいえるソウルやファンクを純粋に追求した『11』、どれも素晴らしい完成度の作品だった。

 そして、その試行錯誤と実験の成果を、上質なソウルへと昇華させたのが『Heaven』なのではないか。そう感じられるほどの音楽的な奥深さがこの作品にはある。それを純粋なソウルミュージックへとつなぎとめているCleo Solの歌声とInfloの手腕は唯一無二の存在だ。

『Gold』

そしてもう一枚の作品『Gold』は、2ndアルバム『Mother』の正統的進化とも言えるだろうか。Cleo Sol自身の出産を期に制作されたという『Mother』は、Carole Kingと思わせるほど素朴な美しさをもった作品だった。そして『Gold』も春の陽だまりをそのまま音楽にしたような暖かさのあるアルバムだ。

 神秘的かつ宗教的なテーマを扱った本作では、ゴスペルも重要な要素の一つになっている。とくにそれが前面に押し出された#6「Lost Angel」は、Areatha Franklin 『Amazing Grace』を思い起こさせるほどの神聖さを感じる。しかし、圧倒されるような荘厳ではなく、全身を優しく包み込むような慈愛に満ちている。ゴスペルとソウルの融合はこれまでも幾度となく行われてきたが、現代におけるその完成形といえる。

 前述のSAULT『Untitled (God)』や、同じくInfloプロデュースのLittle Simz『NO THANK YOU』もゴスペルテイストが押し出された作品なので、『Golden』が気に入った人にはおすすめしたい作品だ。

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