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2023年7月 アルバムレビュー ANOHNI and the Johnsons, Chief Adjuah, Travis Scott

 はじめまして、Ciphecoと申します。今月から新譜のレビューを月一回ずつ投稿していきます。拙い文章ですが、よろしくお願いします。


ANOHNI and the Johnsons 『My Back Was a Bridge for You to Cross』

 50年前、マーヴィン・ゲイが『What’s Going On』を発表したときから、我々の本質は何も変わっていない。変化したのは我々の周りに氾濫しているモノだけだ。そんな事実を、アノーニは突きつける。
『My Back Was a Bridge for You to Cross』は悲哀に満ちた作品だ。しかし、悲観的だったり、シニシズムに陥ったりはしていない。彼女の力強い歌声は、人類への愛がその根底にあると感じさせてくれる。
 また、70年代ソウルへの深いリスペクトが感じられるサウンドは、素朴だが決して古臭くない。その絶妙なバランスの上に、アレンジやソングライティングの美しさが際立っている。もしマーヴィンやカーティスがいれば、アノーニにどんな言葉を返すのだろう。そんな空想すらせずにはいられないほどの傑作だ。


Chief Adjuah 『Bark Out Thunder Roar Out Lightning』

 前作『Ancestral Recall』はアジュアというミュージシャンにとって、一つの集大成だったと言える。拡張されたリズムはアフリカンディアスポラを体現し、トランペットやポエトリー、フィールドレコーディング、すべての要素が美しく調和している作品だった。
『Bark Out Thunder Roar Out Lightning』ではボーカル、ポエトリーがよりフィーチャーされ、彼が追求してきたディアスポラなサウンドの新たな一面が描かれている。このアルバムは、人類の故郷であるアフリカへの讃歌であると同時に、ニューオリンズのブラックインディアンとしての彼自身のルーツに深く向き合った一作になっている。スピリチュアルなサウンドでありながら、現代的なメッセージを力強く訴えているのも彼独自と言っていい。
 毎作リリースのたびに「ストレッチミュージック」というコンセプトを進化させてきたアジュアは、間違いなく現代のジャズを支えるミュージシャンの一人だ。


Travis Scott 『UTOPIA』

『ASTROWORLD』でポップスターの仲間入りを果たしたトラヴィス、ここ数年はファッション方面での活躍を続け、その地位はもはや揺るぎないものになった。満を持して発表された『UTOPIA』ではそんなスターとしての威厳を見せつけてくれた。真のスターはジャンルやムーブメントに左右される存在ではない。トラップやラップ、ヒップホップという枠組みを超越したところに「トラヴィス・スコット」が存在することを『UTOPIA』は証明したのだ。
 もうひとつ、このアルバムに関して言及しなければならないことがある。もちろん、それはカニエの復活についてだ。反ユダヤ的発言をはじめとした政治的言動、メンタルヘルスの問題など、彼について語るべきことは多くある。ただ、ミュージシャンとしてのカニエは、やはり唯一無二な存在だと再確認させられた。
 カニエはこれまで、『The Blueprint』で2000年代、『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』で10年代のサウンドを定義してきた。彼は、『Donda』そして『UTOPIA』によって、20年代をも定義してしまった。『UTOPIA』が2023年のポップミュージックを象徴する作品であることは間違いないだろう。



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