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歌舞伎zakzak-4 大らかさと遊び感覚に溢れた『外郎売』 

introduction

2020年に予定されていた「團十郎襲名」がコロナ禍のため延びに延び、やっと2022年11月の歌舞伎座を皮切りに始まりました。歌舞伎座は新開場以来の賑わいです。そしてこの機会に普段歌舞伎を見ない方にも祝祭感覚に溢れた歴史的襲名をぜひ体験して欲しいものです。また今回親子同時襲名ということで、堀越勸玄改め八代目市川新之助(9歳)が「外郎売」を史上最年少で演じます。
上演される市川宗家「歌舞伎十八番」はどれも名作揃い。江戸歌舞伎を代表する「荒事」と呼ばれる力強い主人公が活躍する明るい話が多く、日頃の鬱憤を吹き飛ばしてくれます。

山手線の車体に「外郎売」

「外郎売」STORY

霊峰富士を背景に源頼朝の家臣工藤祐経の開く宴が、家来や傾城を集めて盛大に行われている。たまたま通りかかった外郎売が、得意とする言い立てを披露させるため宴席に呼ばれた。外郎とは小田原名物で、喉舌滑らかとなるという妙薬。外郎の来歴や効能、早口言葉を含む長口上を立て板に水のように披露した後、外郎売は工藤祐経を父の仇として狙う曾我五郎時致であると正体を表す。

2022年11月7日〜28日 歌舞伎座
市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿襲名披露
八代目市川新之助初舞台

昼の部
「外郎売」
外郎売:市川新之助
工藤祐経:尾上菊五郎
大磯の虎:中村魁春
小林朝比奈:市川左団次
小林妹舞鶴:中村雀右衛門

曾我五郎の仇討ちも出てくるが、なんといっても眼目は早口の言い立て

おおらかさに満ちた一幕だが、ちょっとドキドキ。

浅葱幕が落とされると、富士を背にして、上手の工藤祐経はじめ居並ぶ家臣と遊君たち。歌舞伎らしい様式美に満ちた空間が広がる。この幕は物語が展開するというより趣向を楽しむ一幕で、主役の外郎売が早口言葉の長い口上を演者がどれだけ巧く、心地よく聞かせるかがここでの眼目。落語の「寿限無」「金明竹」「大工調べ」のようにストーリー展開よりも、その長台詞の場面を期待して観客はちょっとドキドキしながらそれを待つ。

「外郎売」の口上は役者や声優、アナウンサーのトレーニングとしても活用されています。
https://www.youtube.com/watch?v=xgJNhAKI3Pk

https://www.benricho.org/kotoba_lesson/Uirouri/gendaigoiyaku.html

「ういろう」って何? 薬だったの?

一般的に知られている和菓子の「ういろう」、だと思ってこの芝居を見てたら「丸薬」とありどんな病にも効果があり、舌が回るようになるという。「ういろう」と呼ばれるものに菓子と薬の二種類あるらしい。
ひとつは室町時代に中国からの帰化人が医薬を生業としていて外郎家と称していた。そこの丸薬が主に消化器疾患に効き、おまけに喉をすっきりさせ口臭にも効果があったという。漢方薬だろうか、現在もあるのかどうか不明。もうひとつは「外郎餅」。これは現在名古屋、小田原、山口、三重などで名物として有名な菓子。
このふたつの関係は不明だが、歌舞伎「外郎売」の「ういろう」はどうやら前者ですが、「ういろう」と聞いてやはり菓子が頭に浮かびますね。

外郎売、実は曾我五郎だった! 兄の十郎不在のため無念!

最後に来て外郎売は、曾我五郎という正体を現して、仇である工藤祐経につかみ掛かろうとして、それを押さえようという捕り手たちとのアクション(歌舞伎なりの)となる。「どうせ敵討ちするなら兄十郎と揃って打つのがよかろう」という家臣朝比奈の言葉に悔しながらも引き下がる五郎。
その言葉で納得するのか五郎!(しかも兄が十郎で弟が五郎とは?)
そして、親孝行に感心した祐経から、自分の居場所が分かるように手がかりとなる絵図面を渡され、二人で再会を誓って別れる最終場面。いっそシュールな展開ながらこれぞ歌舞伎的パラダイム。

時間のスケールが半端ない歌舞伎の世界

今回、八代目市川新之助(9歳)演じる外郎売が、花道から登場した途端に割れんばかりの拍手。年齢なりの身体がより大きく見えるように、身体の使い方に工夫と努力が見られ、よく通るしっかりした声とすでに大きなスター性が感じられる。そして、数十年後の十四代目團十郎(になるであろう)の初舞台という歴史的瞬間に、自分が立ち会っているということに身震いを覚える。そして同時に、自分が生きている間に十四代目襲名を見る可能性は低いことにも僅かな失意も感じる。歌舞伎は時間的スケールの大きな芸能で、数十年前や数十年後のことも歌舞伎愛好家にとっては昨日今日の出来事。自分の人生の短さ感じつつ、巡り会えなかった過去や未来の役者や舞台でも、自分なりのイマジネーションで楽しめる。それが歌舞伎のおもしろいところ。

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