見出し画像

編集者殿。いったん休んで、目に見えるファッションの世界の話を書きたいでござる。

起きたら昼でした(-。-; よほど疲れていたらしい。。
昨日の講座やアニメのことを書きたいのだけど、
ともあれ散歩に出かけ、季節の移ろいを楽しんだりしておりました。そういう時間がないと、ダメなタイプみたいでして…。

画像1

季節の品かは不明だけど、なぜか惹かれた植物店の前の置物。どちらかというと、普遍性を感じる。

==

ふとこの前、古着屋で暖色系のスカートを選んだら、お店のお姉様から「あら、すべて暖色系ですね」と。ほかにも、えんじ色のアンティークのランバンのワンピを試着してたので(案の定ウエストとバストでサイズアウト)。たしかに、お店にはビビッドな色使いの服も沢山あるのにね、今は優しい自分になりたいのだなーと思いました。

単純な世界を愛させる世の中が、愛しい。やっぱり目に見える世界で綺麗なものに癒されることも多いし。。それを「お金」で交換する世界。

…というとキザですけど、春に向けて必要なロンTも(ところがどっこい、世間様はもはや普通のTシャツを売り出し始めているぞよ、どんだけ体感温度高しなの)、欲しいスカーフもあって、物欲が高まっております( ̄^ ̄)ゞ フツフツ。

この前オフィスカジュアルをやめた女性の話を書いたけど、私はオフィス服も嫌いではないのです。。オフィス服というか、オフィスカジュアル系のショップで買ったものというか…、たとえばINDEXやナチュラルビューティーベーシックなど見て、デザインが好みにあうカットソーや、シンプルなものを買ってみたり。。あの古着のスカートと合わせたらいいかも、あとはどんな冒険ができそう?どうやって着てみようって好奇心をそそられる服。
私の場合だと、自分の好きなテイスト「昔のアメリカの女教師風のスカートとカットソーっていう組み合わせ&休みやオフの日はジーンズ」。っていうカテゴリで合わせられそうな服なら、メーカーもブランドも、関係なくて。

あとは店員さんが、私を見てパッとひらめいて勧めてくれた服とか(それを売らなきゃいけないっていうのが見えない感じで…。基本的に服がお好きな方とお話するの楽しい)。私の世界観を読み取って、可能性を広げてくれる店員さん、本当にありがたいです。

==

黒いカーディガンに大きな穴を見つけて、じゃあ私は、次も「オフィス服:黒いカーディガン」が欲しいか、と言ったら、やっぱりまた欲しいなぁ…とも思いました。
たとえば私の骨格上、ノースリーブワンピの下にタートルネックでピタッと着るより(筋肉が落ちてきたら似合うのかもだけど)、ノースリーブワンピの上からカーディガン着たいなって。
便利って括りでもあるんだけど、そして実は私の骨格上、カーディガンはいまいちな体型でもあるんだろうけど、総合的にやっぱり必要(^◇^;)
いろんな理由で、クローゼットには服が集まっている。

==

それにしても、20年ぐらい前までは、背中に汗染み作っても、営業は、夏場にスーツちゃんと着てないと怒られる時代だったような…(^◇^;)
勤務していた会社は無駄に服装の決め事があり、クライアントに同情されていました。しまいには暑くて倒れて、休憩室に運ばれたりね笑。

寒くても、立春過ぎたら黒ストッキングはNGとか。。冬場も黒「ストッキング」のみ、っていうのがすごいですよね。会社側の言い分としては、「営業は次の季節をいち早く先取りして、クライアントにフレッシュな感じを与えるため」、ということでしたが、風邪ひいて一日休む方が会社にとって損じゃね?みたいに思いました。乾布摩擦的に体鍛えろみたいな感じだったのかな?私が冷え性&ババくさかったのかもしれません。。

今も学校の卒業式とかではあるみたいですが、タイツは、そもそも公式の場ではNG。勤務先のご年配の女性に聞くと、基本は我慢で、どうしても寒いと、ストッキングを2枚ばきしてたそうです。

大切な式典では…というのもあるのかもだけど、私は健康のことを考えていない、全く意味のない「校則」だと思います。夏は涼しく、冬は暖かな、人道的な校則が良いと思うのですが。。
(もちろん体温が高い方はその限りでなく)。

それぐらい昔は、内と外、という概念がハッキリしていて、世間様な目や、みっともない、というのがあったのでしょうねー。

ともあれ、あの頃を思い出すと、会社に勤めてたのか、なんか変な団体に所属していたのか、よくわからないところがあります。。

それが、クールビズという概念が浸透したら、あっというまに、半袖のワイシャツが出たり。そしてコロナによるテレワーク移行で、スーツという概念も…。
オフィス服、という概念も、会社の在り方も、どんどん変わってきそう、というか、常に変わって行ってますよね。。

私は単純に、一生を通じて、着たい服を着るのが一番エコな気がしますが…。相手に服で人となりが分かりやすいのも、コスパ良さそう(^◇^;)

==

個人的に(と思っていましたが、もしかしたら)、世情的にもいろいろなことを通して、自分をより深く理解したり表現する、だんだん自分らしさがわかってくる段階なのかも?

今まで、自分がわからないことで、自分も、ひょっとしたら人も傷つけていたのかなあ…と思う。
自分のことをまともに扱わない人が、人のことをまともに扱うことは難しいのかも。。

自分なりのストーリーを受け入れることで、相手のストーリーも受け入れるとか、いろいろなところから総合的にわかっていくのかな、と思います。

ちと眠いので、寝ます…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?