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アンティークデザインの人気変遷【腕時計ブログ】


■大きな変革がおきたスイス時計産業

機械式時計は16世紀から卓越した技術力や製造方法が確立し、他国の追随を許さなかったスイスの時計産業。
欧米では1930年頃までは懐中時計が主流でしたが、手元を見ればすぐに時間を確認できるという利便性から1930年代以降は一般市民の実用品として腕時計が定着しました。
1960年代には世界的な規模で技術革新が経済とともに発展し、生活様式と意識の形態がそれまでのものから大きく変化しました。機械式時計を取り巻く環境や意匠も、そのような移り変わりとともに多様化していきます。
 

■年代別の主流なデザイン

バウハウス(Bauhaus)
  • 20世紀初頭~1930年代・・・【アールデコ】パリ万博(通称「アールデコ博覧会」)を契機に人気となった幾何学的なデザインを多用した。

  • 1910年代~1930年代・・・【バウハウス】大量生産が進み、ドイツからシンプルでモダンな工業デザインが盛り上がった。

  • 1940年代~1960年代・・・【ミッドセンチュリー】第二次世界大戦後、新素材を用いた形状や鮮やかなカラー文化の流行をアメリカが牽引。

  • 1970年代~1980年代・・・【ラグジュアリースポーツデザイン(ラグスポ)、ネオレトロ】クォーツ式が登場し、機械式時計の変換期となった。(機能主義的な腕時計の誕生)

  • 1990年代~2010年代・・・【デカ厚、北欧ミニマリズム】ケース径が大きく厚さもあるラグスポの流れを受けたデザイン。また、スカンジナビア諸国で発展したバウハウスやモダニズムの影響を受け、機能性と美しさが追求された。


その年代ごとのデザインと雰囲気が愉しめるアンティーク(ヴィンテージ)時計ですが、特に1970年代はスイスの時計産業界において、大きな変革を迫られた時期です。
その理由は、スイスの労働市場で賃金が高騰したことや、オイルショックによる資材のコストアップ、そして大きな打撃となったのは日本製のクォーツ式時計が登場したことです(通称‘クォーツショック’)。日本の時計メーカーは、低価格で正確な日本製のクォーツ式時計で業界のシェアを拡大していきましたが、その一方でスイスの時計ブランドは、製品開発や製造方法の見直しや時流をうまくキャッチできずに倒産するメーカーもあり、現在人気のブランドでさえも倒産寸前の危機に追い込まれました。
 
 

■1970年代 クォーツに対抗した機械式ならではの強みを模索

ゲルト・R・ラング

そのような状況から、70〜80年代のスイスの時計業界では機械式時計に陰りが見えた中、休眠状態のブランドを再興させて機械式時計の復権にのりだしたり、試行錯誤をするブランドが出てきました。クロノスイスにおいても、この時計氷河期と呼ばれた状況を打破して‘機械式腕時計の復興’を願いゲルト・R・ラングが創業したという経緯があります。 
*クロノスイス・ヒストリーをご参照ください。

またこの時期は、クォーツに太刀打ちできなかった精度以外のデザインの部分でなんとか活路を見出そうとし、それまでのオーソドックスなデザインから前衛的かつユニークなデザインの機械式時計が登場し始めました。金属加工技術が進化して自由度の高い設計ができるようになったことも大きいです。
 

■1980年代 機械式時計のデザインに大いなる影響を与えた異才

ジェラルド・ジェンタ 

このようなモデルは、設計者であるなどによる天才デザイナーの功績が大きく、現在でも非常に人気がある‘ラグジュアリー・スポーツ’というカジュアルとエレガンスを両立させたジャンルなどが誕生しました。ドレスウォッチの洗練された気品と、スポーティ且つモダンな造形の融合が注目を浴びたのです。
そして、初期のクォーツのケースは厚かったこともあり、エレガントなフォルムと実用性を追求した薄型の機械式時計が同時期にリリースされており、ジェラルド・ジェンタは薄型時計のデザインでも成功を収めました。ベゼルとケースを分けずに一体化させそこに立体感を加え、段差を持たせたベゼルにすることで、薄型化で難しい課題である立体感を出すことができました。
また、ケースサイドやベゼルに厚みをつけることでいっそう立体感を強調してみせた、薄型時計の限界に挑んだ造形を完成させたのです。
そして、この時期には経済成長に伴い、アクティビティやスポーツを楽しむ余裕が生まれてきたこともあり、自動巻きクロノグラフ、ダイバーズウォッチなどの高機能なモデルの需要も増えていきました。

*イメージ〈ブームの初期は手巻き、スモールセコンド、角型ケースのノスタルジックな雰囲気の時計が人気を集めた〉

上記のように、低迷していた機械式時計や急に現れたクォーツ式時計にしっくりきていない人が多かったのも事実でした。この時期に世界的ファッション誌のイタリア版で40~50年代の某ブランドのアンティーク時計特集をしたところ、トレンドセッター達がそれらに注目しだし、その年代のアンティーク時計が流行りました。

 
それからも、アンティーク時計の人気は現在まで衰えず、近年では生産中止モデルなどもあり、投機の対象にもなっています。
そして、1970年代にジェラルド・ジェンタがデザインした基本的なモデルは50年以上経った今でも踏襲されており、当時以上の人気を見せています。いかに時代を先取りしていたかということがわかります。

*イメージ〈高級有名ブランドのアンティークウォッチが注目され、ブームも一気に過熱〉  



さらに時計愛好家のなかでは、機能性だけでなく仕上げや装飾の美しさを求める風潮が加速しました。
この要望に応じたのがクロノスイスです。80年代初頭に採用した、ムーブメントの動きを視認できるシースルーバックはいまでも人気を集めています。
また、複数の時計メーカが1つのグループ傘下に収められて構築されたり、優れた経営者たちが復権に尽力して80年代には復興の兆しが見えてきました。

今になってみると、苦行に立たされたその時期のアイデアや試行錯誤がスイス時計産業にデザインという概念を定着させ、機械式時計の冬の時代にその命を繋いだといえます。

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