見出し画像

職人が選ぶ塩。

文・撮影/長尾謙一 

クリスマス島の塩(素材のちから第43号より)
※「素材のちから」本誌をPDFでご覧になりたい方はこちら

この生地をどれだけ捏ねただろう。この菓子をどれほど焼いただろう。
思い出せないほど数をこなし、配合も手順も焼き上がりも体が覚えている。
やがてその繰り返しの中から研ぎ澄まされた感覚と技術を手に入れる。
彼は〝職人〟と呼ばれる。そして〝職人〟は「クリスマス島の塩」を選び彼にしかできない菓子をつくり続ける。

これほど塩を大切にするパティシエはなかなかいない。

オーナーパティシエ 奥田 勝 さん

「ブーケ・デスポワール」 神奈川県横浜市中区石川町
品川プリンスホテル、キャピトル東急、サンシャインプリンス、ダロワイヨジャポンを経て渡仏、ジャン・フィリップ・ゲイで働く。帰国後、エクセレントコーストのシェフパティシエを務めた後、クール・オン・フルールを開店し独立。昨年、かねてから憧れていた横浜でブーケ・デスポワールをスタートさせる。ここでやりたいのはフランス菓子屋の仕事。マニアックっぽいイメージに見えるかもしれないが、フランスを感じる店をここにつくりたい。

今までに何件も取材させていただいたが、それにしても「クリスマス島の塩」は職人に好まれる。口にした瞬間にあっと驚くような変化が料理や菓子に起こるわけではないが、「クリスマス島の塩」は職人の期待に応えてきた。今回訪ねたパティシエもそうだ。材料をシンプルに組み合わせるからこそ一つの素材に深くこだわるのだ。

「クリスマス島の塩」はシャープだ

〝ブーケ・デスポワール〟の店内には生のガトーとともに、たくさんの焼き菓子が並ぶ。アントルメですらホールの焼き菓子だ。

焼き菓子のアントルメが並ぶ
生菓子にも職人の個性が

奥田さんが紹介してくれたのは、アルザス地方伝統の焼き菓子〝ラングロフ〟。どうやら長いクグロフという意味らしい。クグロフも同じアルザス地方発祥とされるが、アルザス以外にヨーロッパの国々でも見ることができる。ラングロフはアルザス地方でしか見られないようだ。

フランスの地方伝統の焼き菓子にこだわるのは自分の夢があるから
ラングロフの型は安価には手に入らない。販売するとなると数も必要だ。それでもこだわり続けるのは、横浜に本場フランスのパティスリーをつくりたいから。

クグロフに似た生地にマジパンを練りこむ。バターとエピス、「クリスマス島の塩」、アルコール漬けのレーズンとヘーゼルナッツ、アーモンド、くるみをたっぷりと加える。

「塩を使う意味は生地に塩味を出したいわけではなく、味をぐっと締めるため。塩を入れることによってシャープさだったり、ちょっと濃厚な感じになると言うことじゃないかな。」と奥田さんが教えてくれた。

〝ラングロフ〟をいただいて一番最初に感じたのは甘みの質のよさだ。しっかりと甘いのだが、すっきりとしているのだ。言っていることが矛盾しそうなのだが、舌の上にのった甘みは溶けるように口の中に広がり消えていくような感覚だ。甘みが重くない。この甘さなら何枚も食べられる。上品な甘みとはこういったことなのだろう。この甘みはきっと塩に関係があると思う。

奥田さんは今まで何度か塩を変えてきた。

ある塩は生地の風味が強くなりすぎて重い感じになった。またある塩は粉の風味が十分に引き出せず、旨みがなく仕上がりが軽すぎた。そこにピタリと合ったのが「クリスマス島の塩」だった。奥田さんはこの塩の特長を表現するために、何度も〝シャープ〟という言葉を使う。上品な甘みを感じる塩のメカニズムはよく分からないが、この〝シャープ〟はきっと私が感じた甘みの上品さのことなのだろう。

〝ブーケ・デスポワール〟で提供されているタルト系、クッキー系など塩を使う焼き菓子のレシピは、全部「クリスマス島の塩」に変えた。

「塩を変えることによって全然変わってきますよね。」と言われて、なるほどと納得した。

奥田さんの目指す〝フランスを感じる店〟

次に紹介してくれた菓子は〝アニョーパスカル〟だ。アニョーは仔羊、パスカルは復活祭。つまり復活祭の仔羊という、かなり宗教的なお菓子だ。

ブーケ・デスポワールの〝アニョーパスカル〟は、ビスキュイ・ド・サヴォワのシンプルな配合にアーモンドプードルを加えている。

別立てするメレンゲは卵白に対して糖分が高い配合のため、気を付けていないと甘くなりすぎる。そのためにメレンゲを立てる時に「クリスマス島の塩」を入れて卵白のコシを切って立ちをよくさせる。

甘さは控えめではない、甘さはちゃんと到達点にまできているのだが、べったりとか、もったりとか、そういった印象はみじんもない。

さらにこの焼き加減が最高だ。焦げる手前の限界点を狙う。いくらいい素材を使って凄く丁寧につくっても、火入れが悪くては絶対に粉の旨みも塩の旨みも出てこないし、アーモンドプードルが入った生地も香ばしさが出てこない。アーモンドプードルの香りの出し方はどこまで焼くかだ。

火抜けのいい生地は食感もいい。甘みと香りと食感、まさにフランス菓子のおいしさの原点がここにある気がする。

〝ラングロフ〟、〝アニョーパスカル〟とご紹介いただいたが、奥田さんはこうした菓子を決して特別なものとしてではなく、日頃のスイーツとしてお客様には楽しんで欲しいのだ。

一歩お店の中に入れば、そこはまるでフランスのパティスリー。それが奥田さんの目指す〝フランスを感じる店〟なのだ。

生地の風味を引き出し、甘みにキレを生む

最後に〝シュトーレン〟をいただいた。

通常は中にマジパンを入れて焼き上げることが多いが、奥田さんは単純に〝シュトーレン〟のズドンと重い強すぎる甘さが嫌いで、〝シュトーレン〟の中にマジパンを入れない。だから、他の店のシュトーレンと違って軽く、その分生地の味が直接出る。酒の感じも控えめで香りがさわやかにいい感じだ。そして、この上品な甘さを出しているのが「クリスマス島の塩」だという。これほど軽くておいしい〝シュトーレン〟は初めてだ。

パティスリーでの塩の使い方は決定的な味の違いを感じさせる使い方ではない。しかし、ちゃんと生地の風味を引き出し、甘みにキレを生む。これこそ〝職人技〟だ。


お問い合わせ:クリスマス・アイランド21株式会社

(2021年12月28日発行「素材のちから」第43号掲載記事)

※「素材のちから」本誌をPDFでご覧になりたい方はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?