柴犬チョロは異世界へ行くけど、夢の中で兄ちゃんを癒し続ける#8

    ー 兄ちゃん ー #7のつづき


”ん? なんかチョロさんのにおいがする・・・”

ちゅんちゅん、とスズメの鳴き声がする朝、兄ちゃんは目を覚ました。
「なんだ、もう朝か・・・。はぁ~」とため息をついた。とても身体がだるい様子でモソモソと布団から起き上がった。

くんくんと布団の香りを嗅ぐ。「昨日天日干ししたから、チョロのにおいと勘違いしたのか・・・」
”いや、今更気づくことでもあるまいに”と兄ちゃんは自分に突っ込んだ。


「チョロさんの夢を見ていたのかな~?うぅん~思い出せない。チョロさんのにおいも干したての布団のいい香りがしていたなぁ~・・・」


数秒ぼぉ~とした後、時計を見る。
「うげ!!!!もうこんな時間!!」
兄ちゃんは5分で家を出て、職場へ向かった。


数時間後、この日の業務が終わりかかっていた時、看護師スタッフのひとりが患者さんに「昨日もリハビリできてないから、今日は行きましょうよ~!」と認知症の患者さんと押し問答していた。

「なんじゃ~い!わしはそんなん関係あるかい。もう仕事を終わらせて、これから帰るところなんだから、何を意味分からんことをぬかしとるんじゃい!!」
「ほっとけやい!!」と患者さんは怒鳴っていた。そして、ナースステーションの周りを行ったり来たりしていた。


兄ちゃんは「どうしたの?」と担当スタッフに尋ね、状況を確認した。

スタッフは困った様子で「すみません。なかなかリハビリへ行けなくて・・・。午後の時間をずらしたりしていたんですけど、もうこんな時間になってしまって・・・。」

兄ちゃん「大丈夫よ。僕がリハビリ室に連絡して、相談してみるよ。記録とか残っているでしょ?先にそっち済ましちゃって。」


兄ちゃんはその認知症を抱えている患者さんが病棟の廊下を担当スタッフと押し問答しながらも何周も歩いていたという情報をリハビリスタッフに伝え、活動量的には問題ないことを確認し、部屋で作業療法を少しすることに変更した。


兄ちゃんは「一緒に帰りましょうか~。」

患者さん「わし、仕事帰りでな・・・。この後、一杯飲もうかどうか考えてたら、道順忘れてもうたみたいや。」

兄ちゃん「こっちですよ。ずっーと歩いて疲れたでしょう。外回り営業お疲れ様です。」
患者さん「・・・すまんかった。なんかイライラしとったみたいで。」
患者さんは落ち込んでいる表情を浮かべながら、自分の部屋のベッドに腰かけた。
兄ちゃんはしばらく隣に座り、リハビリスタッフが来るまで待機していた。

お互い何かを話すことをせず、患者さんが不安にならないように兄ちゃんはお茶をすすめた。
患者さんは「喉乾いたから、うまいな~」と一言。少し笑みが出て、表情も和らいだ感じである。

程なくして、リハビリスタッフがやってきて
「おおお~嬢ちゃん!久しぶり〜。元気やったか?」と患者さん。

やれやれとばかりに女性作業療法士も「も~、やっと(患者さんの名前)さんのハンサムな顔が見れたわ。私も会えるのを待ってたのよ?今日は出張代
割り増しでもらっちゃうからね。」と冗談言いながら、患者さんの気分を和やかにさせつつ、リハビリにかかった。

兄ちゃんは「お願いします。(患者さんの名前)さん、お邪魔しました。」
患者さん「おう!ありがとさん!また来てや。」


「先輩、ありがとうございました。助かりました。なんとか残っていた仕事も終わりました。」
兄ちゃん「ごめんね~。僕も気づいてあげられなくて。 さ、帰ろうか。」
看護師スタッフの後輩と一緒に兄ちゃんは詰所に挨拶して退勤した。



兄ちゃんは帰り道、「ふッ~~」と大きく息を吐きながら、いつものように買い物をして家路を歩いていた時、

おろおろと黒のダックスフンドがリードもなく、短い手足を不安そうに歩道から交通量の多い車道のほうへ進もうとしていたのを見て、

「うわッ!?」
と兄ちゃんは猛ダッシュでそのダックスフンドを抱きかかえ、歩道の右端に避難した。
あと少しで車に轢かれてしまっていたかもしれない状況だった。

ダックスフンドは兄ちゃんの胸元をフンフンと匂いを嗅いで、ふるふる震え始めた。
「大丈夫、大丈夫。ビックリさせてごめんね。」

と、そこへ、飼い主と思われる中年女性が、
「ごめんなさいね~、その子、すぐ玄関から出てしまうのよ。もう認知症でボケてて。どうにもならないのよ。」


兄ちゃんはプッツンと自分の中の自制が切れてしまい、
「もう少しで車に轢かれてしまうところだったんですよ!!!!あなたはこの子のことをなんだと思っているんですか!!!!?」


飼い主は呆然とした様子で口をあけて、立ち尽くしてしまった。

兄ちゃんは”あッ”!!と我にかえり、「すみません、大きな声を出してしまって・・・」とダックスフンドを飼い主の女性へ渡した。

女性は「何よ!怒鳴らなくてもいいじゃない!!」とそそくさと去っていった。



兄ちゃんはドッと疲れてしまい、”だめだ、こりゃ・・・なんとかしないと・・・”と自分に嘆きながら、歩を進め、家に到着した。

自分が大人になって、赤の他人に大きな声で怒りをぶつけたのは生まれて初めてだった。

”チョロさん、兄ちゃんしっかりしないとね”と

チョロの写真に向かって、つぶやいた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?