[ショートショート] カバー小説:祀られた石 [しめじさんの作品をカバー]
小説のカバーをやってみよう、という試みです。
原作は、しめじさんのこちらの作品。
祀られた石
まるで岩みたいにゴツゴツした顔の皺くちゃなお婆さんと向き合って座り、私は困惑していた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう…。
このお婆さんの話を延々の聞きにここに来たわけではないのに…。
お婆さんは構わずにしゃべり続けていた。
「こうして人々がこの地に暮らし始めると、いつのまにかグーピーたちも群れを成してそこら中におるようになりました…」
言いながら、お婆さんは膝に抱いたグーピーを優しく撫でた。普通のグーピーはツヤツヤでプルプルでもっとハリがあるのだけど、このグーピーはヨレヨレしていた。
もしかしたら年寄りのグーピーなのかもしれない。
お婆さんが話しているのは、この土地にまつわる不思議な伝説。
おそらく観光客相手にもう何百回も話して来た節回しなのだろう。お婆さんの語りは淀みなくそして果てしなく続いていた。
ここに観光客が来なくなっていったいどれくらい経つのだろうか…。
かつては氷海のおとぎ話の聖地として人気を博したここ海王星だったが、冥王星のハートランドがオープンしてからごっそり客を奪われて一気に廃れてしまったのだ。
そうとう久しぶりなのかもしれない。張り切るのも仕方ない。
私はあきらめてお婆さんの話に耳を傾けることにした。
それは昔々の悲しい恋の物語だった。
人々がまだグーピー狩りをしていたころ、この辺りには大きな町があった。
男たちは朝早く氷海に出て朝一番のグーピーを捕獲し生計を立てていた。
娘は、そんな男たちにまかないを配る仕事をしていた。
知っての通り、その頃から女の赤ちゃんは生まれにくくなっていたから、娘のような器量のよい女子は貴重だった。
だから娘はこの町で最も権力を持つ一族の長子と結婚することが決まっていた。
娘もそんな自分の人生を受け入れていた。…はずだった。あの人が来るまでは。
その人はふらっとこの町にやって来た旅人だった。
今のように観光地化する前のことなので、旅人がこの地を訪れることは珍しかった。
何でもグーピーの研究をしているとかで、しばらくこの町に滞在して狩りを覚えたいとのことだった。
旅人は変わった男だった。若いのに老人じみた雰囲気があり無口だった。
だけれどもグーピーのこととなると大変熱心で、狩りにも積極的に挑み、町の人たちからはそれなりに信頼されるようになっていった。
そんなある日。娘はまかないリーダーのおばさんに、旅人のところに食べ物を持って行くように言われた。
何でも病気のグーピーを発見して飲まず食わずでずっと治療をしているらしいとのことだった。
娘はしぶしぶ旅人のところに食べ物を持って行った。
彼女は旅人が少し怖かったのだ。話しかけても不愛想で目も合わせてくれないことが多かったからだ。
この町の男たちはみんな娘に優しかった。彼女はチヤホヤされて育った。
娘に対してあんな態度をとる者は他にはいなかったのだ。
食べ物を持って行くと、旅人はぐったりしているグーピーに様々な機器を当てて状態を確認しているところだった。
「あの、まかない、持ってきました」
娘が言うと、旅人はこちらを振り向きもしないで「ありがとう、そこに置いといて」と言った。
その態度に少しムッとして、娘は「食べないとあなたが病気になりますよ」と言った。
その言葉に旅人は手を止めると、こちらにやって来て「そのとおりだね」と言いながら食べ物を素直に口に運んだ。
この人は、もしかして無口なだけでそんなに悪い人ではないのかもしれない…と娘は思った。
「その子、どうしたんです?」
娘は思い切って聞いてみた。ぐったりしているグーピーが少し気になったのだ。
「わからない。どこにも異常は見当たらないんだ…。何かの伝染病でないとよいのだが…」
グーピーのこととなると旅人はたくさん喋った。
娘は以前にもこのようになっているグーピーを見かけたことを思い出した。そして閃いた。
「もしかして、この子、妊娠しているんじゃ?」
旅人が「えっ!?」と声を出して娘を見ると、急いで棚から器具を取り出してグーピーを調べ始めた。
「ああ…!」
グーピーを観察していた旅人が変な声を出したので近寄ってみると、グーピーの裏側に穴があいて、そこからもう一匹のグーピーが出てくるところだった。
…グーピーが出産している!!
それは奇跡のような瞬間だった。娘と旅人は新たな命の誕生に魅せられ、じっとグーピーを見守った。
新しいグーピーが無事に産まれ落ちると、旅人はその子をそっと両手で持ち上げて、愛おしそうに頬をつけた。
それはまるでどこかの惑星で見た聖母の象のようだった。
娘は恋に落ちてしまった。雷に打たれたかのように、娘の心は射抜かれたのだ。
それから旅人は狩りの仕事に戻り、まかないは娘のところにもらいに来るようになった。
相変わらず不愛想ではあったけれど、食べ物を受け取るときに娘の指にそっと触れてくるのであった。
娘はいつも何か話しかけなければと思いながらも、旅人を目の前にすると何も言えなくなってしまうのだった。
それからしばらくすると、娘の婚約者である男が旅人を執拗にいじめるようになった。
勘ぐりのよい男だったので、旅人と娘の様子に気が付いたのだろう。
町の人たちはそれを見て見ぬふりをした。権力者に睨まれることが恐ろしかったのだ。
娘も例外ではなかった。「やめて」の一言が言えなかった。そんなことを言ってしまえば、事態がもっと悪化することは目に見えていた。
そうこうしているうちに、旅人が姿を消してしまった。
元々よそ者だった旅人がいなくなっても、誰も気にする者はいなかった。
人間は薄情な生き物だ。
彼の姿を見ない日が何日も続き、旅人はもうこの星から去ってしまった…娘はそう思った。
だけれども、彼女の勘は違うと告げていた。
旅人は近くにいる…一人で苦しんでいる…。
みんなが寝静まった後、娘は町を抜け出した。
そして氷海へ渡ると、グーピーたちが出て来ると言い伝えのある横穴のところまでやって来た。
町の人がめったに近寄らない入らずの禁地である。
そこに人影があった。旅人だった。
意識はあるものの、彼はぐったりと横たわっていた。
旅人の周りにはグーピーたちが群れていた。
旅人の顔も体も傷だらけだった。
娘は持って来た水を彼に飲ませた。
「僕のことはほっといて。君はもう行ってくれ」
そういうと旅人は泣いた。
娘は返事をする代わりにそっと彼の唇に口づけた。
旅人の唇は血の味がした。
「もう、生きるのを諦めようと思っていたんだけど…」
旅人は言いながら娘の体を抱いた。
「だったら私も一緒に死ぬ…」
二人はしばらく口づけをかわしていた。
グーピーたちがそれをじっと見ていた。
「こんな何も食べ物がないところでどうやって過ごしていたの? 本当に死ぬつもりだったの?」
口づけを終えると娘は旅人に訊ねた。
旅人はおもむろに近くにいたグーピーを抱き上げ、腹のあたりを少し強めにこすった。
すると、下腹部あたりの穴から虹色の小さな玉が出て来た。
それを旅人はためらいなく口にいれた。
娘が驚いていると、旅人はもうひとつ虹色の玉をグーピーから取り出した。
「甘いんだ。食べてみる?」
それが出てきた穴がグーピーの何なのかあまり考えないようにしながら、娘は口を開けた。
旅人が虹色の玉を娘の口に入れた。
思ったよりも柔らかかった。玉はほろほろとほぐれて、すぐになくなってしまった。
最初はしょっぱくて後からほんのり甘さの来る味だった。
「僕はグーピーになりたいんだ」
旅人がぼそりと言った。
「この横穴に入ればグーピーになれると聞いたのだけど」
「この穴の先がどうなっているのか誰も知らない…」
実のところ、娘も穴に入るとグーピーになるという噂は聞いたことがあった。でも噂だ。
「お前は? 町に戻る? それとも僕と一緒に来る?」
娘は無言で旅人の手を取った。
二人は立ち上がると、入らずの禁地 グーピーたちの横穴へと入っていた。
「さてさて、ここからがお立ち会い…嘘か誠か、真実を確かめるのは己の眼なり…」
氷海のおとぎ話を話し終えると、お婆さんが独特の節をつけながら台詞を言った。
そしてポケットからリモコンを取り出すと、後方のカーテンがかかっている箇所に向かってピッとボタンを押した。
ガラガラと音を立ててカーテンが上がると、そこには人の身長くらいの石の塊が立っていた。
石の周りには様々なお供え物が並べられ、丁重に祀られている。
石がグネグネ動いているように見えたので、私は立ち上がって近寄ってみた。
ギョッとした。
そこには帯びたたしい数のグーピーがまるで吸い付くように張り付いていたのだ。
「これは…?」
私は思わずお婆さんを振り返って訊ねた。
「それは娘と旅人の成れの果てだと言われております」
お婆さんは両手を合わせて祈りながら言った。
「グーピーたちの虹色の玉が甘いのは、その石を吸っているからと言われております。これが海王星名物 海砂糖の由来です」
見事に締めくくられたのだが、二人がこうなる前からグーピーの玉は甘かったのでは? と私は気が付いてしまった。
まあ、そんなことはどちらでよい。
私はこんなことをしにここに来たのではないのだ。
ここで静かに終わらせるつもりだったのに…。
「貴重なお話をありがとうございます。それで…娘と旅人はどうして石になったのですか? この横穴の環境が何か特別だとか?」
「お嬢さん…あんた死に場所を探しに来たのじゃないかな…」
私はぎくりとして黙ってお婆さんを見返した。
「やはりそうか…時々ここにはあんたみたいな人が来るんだよ。娘と旅人の美しい最期に憧れでもあるんだろうけど、残念ならがあんたみたいに独りで来る人が多い」
お婆さんは膝に抱いたグーピーを裏返すとお腹のあたりを強く押した。すると、下腹部の穴から虹色の玉が出て来た。海砂糖だ。
私は手渡された海砂糖をまじまじと観察した。まるで真珠のようだ。
「それを食べるといい」
この玉が出て来た穴がグーピーの何なのか、あまり考えないようにしながら私は海砂糖を口に入れた。
海砂糖はほろっとほどけてすぐに消えてしまった。しょっぱさの後に甘さが来る味だった。
「ここに居ても死ぬことはできないよお嬢さん。ただ時が流れて行くだけだ。この世に少しでも未練のあるものはグーピーにもなれん」
「グーピーに?」
「グーピーはね、元は人間だったんだよ」
お婆さんは言いながら膝に抱いたしなびたグーピーを愛おしそうに撫でた。グーピーはブルブルっと震えてぐにゅぐにゅ動いた。
それを見て、私は何かぞっとするものを感じた。
「あんたはグーピーにはなれないよ。わしにはわかる。ここにババアが増えるのも困ったもんだよ。ここで一度死んだと思って新しい人生を始めなさい」
私は少し黙ってお婆さんに言われたことを考えると、意を決して立ち上がった。
「わかった。お婆ちゃん、私、ここで死んだことにして人生をリセットする」
それを聞くと、お婆さんは皺くちゃの顔をもっとシワシワにして微笑んだ。
私がお礼を言って出て行こうとするとお婆さんがこう言った。
「六千ダラー。そこのタッチパネルでお支払いください。ご利用ありがとうございました」
振り返った私をお婆さんは満面の笑みで見つめていた。私はポケットから端末を取り出すと、タッチパネルに押し付けて支払いを済ませた。
何だか可笑しくなってきて、私は声を出して笑った。
「じゃあね、お婆ちゃん。元気で」
私はお婆さんに手を振ってグーピーの横穴から出た。
まったく、たくましい婆さんだ。
外に出ると海王星の凍った空が輝いていた。
私は死んだ。法律的にも死んだことにしよう。
私を使い捨てた奴らは勝手に幸せにでも何でもなればいい。
私はもう死んだのだから。
(おしまい)
椎名ピザさんの『カバー小説』に挑戦です。
あとがき的な
おとぎ話を現代風にしたりSFにしたりするのに憧れがありました。
カバー小説ではぜひそれをやってみたいと思ってました。
それで書いてみたいものにぴったりな、しめじさんの物語に出会ったのでした。
悲しい海の物語をSFにしてみようと思った時に、海王星の青色が思い浮かびました。
この救いのない世界にグーピーを…みたいな感じに何やらなりました。
このカバー小説の作成は、古典音楽をテクノアレンジするような楽しさがありました。
楽しくなりすぎて暴走した感はありますが、「祀られた石」の一つのバージョンとして受け入れてもらえたら嬉しいです。
しめじさん、ありがとうございました。
ご希望で出していただいているお話で書けずにすみません。
↓こちらで、しめじさんがご自身の作品を紹介してくれてます♪
カバー小説は1/31までです。
ぜひみなさんもレッツカバー☆彡
原作へのリスペクトも忘れずにね!
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