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道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言

おはようございます!

先日タイトルに書いたような言葉をとあるラジオで聴きました。これに関して僕なりに色々思ったことがあったので、今日の記事ではそのことに関して書いていきます。


道徳と経済

SNS上では「道徳なき経済」を推奨している人が数多く存在します。「人から批判される仕事の方が儲かる」「一財を成したいなら法律のグレーゾーン攻める」「悪いことして儲けてもバレなきゃセーフ」など、なかなかエグイ情報発信している方も少なくありません。そして実際に行動してしまって数字上の成果が出ている人も良く見かけます。

タイトルの格言ではこれを批判しています。例え稼いで経済を回していても、そこに道徳が伴わなければそれはただの犯罪行為みたいもの、ということです。同人AVで言えば無〇正で売るとか、契約書無しで撮影して売るとかそういうものですね。

その一方で「じゃあ道徳大事ならそれを重視しよう!」と意気込んでも、稼げなかったらその主張は何の説得力もありません。
いくらキレイゴトを言っても、いくら正しいことを言っても、そもそも稼いでいないと誰もその言葉に説得力なんか感じてくれません。

SNSでの情報発信なんてまさにそうで、稼いでない人がマインド系の発信したところで誰もいいねやリプなんてしません。稼いでいる人のマインド発信は多くの人の共感の嵐でいいね・リプが大量につくのとは雲泥の差です。
売れてない人が道徳を語ってもそれはただの寝言なのです

報徳思想

この言葉はかの有名な二宮尊徳の「報徳思想」に基づくとされています。

報徳思想…経済と道徳の融和を訴え、私利私欲に走るのではなく社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されると説く

Wikipediaより引用

報徳思想を詳しく調べて見ると、二宮尊徳的に大事なのは「まず道徳があって、その後に経済が来る」ということのようです。私利私欲に囚われている状態を「人道」と呼び、私欲を捨てた状態を「道心」と呼び、道心に沿って生きることで人間は初めて真の豊かさを実現できる、と尊徳は言っています。

まずは私利私欲を捨て、正しい道に沿って行動する。そうすると巡り巡って自分に還って来て利益を得ることができる、ということが言いたいのでしょう。

おそらく、この考え方を実践できる人は限りなく少数

「そんなこと言ったって稼がなきゃ何も始まらないじゃん!」

「キレイゴトで稼げたら苦労しねーよ!」

という声が多数飛んできそうな考え方ですね。おそらくこの通りに行動できる人は少数だと思います。大抵の人は正しく行動していても報われないなと苦しい思いしていて、「何が何でも稼ぎたい!」と心から思っているのではないでしょうか

まあ、報徳思想に従うならこれこそが「道徳なき経済は犯罪」ということなのでそりゃダメだよって話なのですが、確かに稼ぐのにまず道徳だ、なんて言われてもピンとこない気持ちはめちゃめちゃよくわかります。僕自身もつい2~3年前にこの言葉を言われても「はぁ?」ってなったと思います。「そもそも同人AVなんて商売やってたら道徳もクソもねえよ!」くらいに思っていたかと思います。

だけど今は報徳思想がものすごく腑に落ちています。稼ぐ人は道徳がちゃんとしている人だし、確かに道徳から始まってこそ経済回せるようになるよな、と心の底から思います

変なことやってるやつは大抵地獄に落ちて不幸になってる

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