見出し画像

AIは猫にとって理想の家族となり得るか?第2話

《不可能な命令》


 報告が遅れてしまったが、ゴローは翌日寝不足状態の真希に母親の現状について伝えた。だが、真希の返事は簡素なものだった。

「そう。じゃあ、この猫は捨てて行かれたのね」
「ハイ。引き続き、ワタシがお世話致しマスか?」
「必要無いわ。捨ててきて」
「ハイ」

 何時も以上に言葉少なく、トーストすらも食べずにコーヒーだけを流しこんだ真希は仕事に出かけていった。

「捨てる……」

 ゴローは猫を捨てる検索を行い、どうやっても子猫の生存率がゼロである結果に何一つ行動を取れなかった。ロボットの行動原則として、如何なる生物の命も奪う事は許されない。

「くー……」

 昨日と同じように、子猫は「朝からまだ何も食べてないの」と言う顔でおやつをねだってきた。

 ゴローの演算機能に今までに無い負荷がかかり、多大な熱量を放出し始めてエラー音が鳴り響くと、子猫は慌ててゴローから離れてソファによじ登ると、クッションと背もたれの小さな隙間に潜って隠れてしまった。

『オイ、どうした? ええと、お前は……』

 鳴り響くエラー音の間に慌てた様子のハカセの声が入り混じる。

「製造番号五○四二五六家事専門ロボット・シリーズSGF、やすらぎタイプ。通称ゴローデス」
『そうだ! どうした、ゴロー! 負荷がかかり過ぎて演算機能に熱量が集中しているぞ。そのままじゃ壊れちまう! 直ぐに思考を一時的に停止しろ!』
「ハイ。思考停止命令を受理致しマシタ」

 ゴローのエラー音が停止して演算機能への負荷が消えると、ハカセは安堵したように溜め息を付いてゴローの機能をチェックしてくれた。

『どうした、ゴロー。何か無茶な命令でもされたのか? 大概の無茶はお前の機能なら出来る筈だがなぁ。アルハンブラ宮殿を作成しろとでも言われたか?』
「イイエ。コネコさんを捨てろと言われマシタ」
『……捨てて来たのか?』
「イイエ。ワタシはロボットの行動原則により、如何なる生き物の命も尊重致しマス。コネコさんを、捨てると生存確率がゼロになりマス。コネコさんは機能停止し、コネコさんはロボットのように再起動出来マセン。ワタシは、主人の命令を遂行出来マセン」

 思考機能を停止しろと言われたのに、ゴローの思考機能が僅かに働き始めてしまったらしい。又、熱量が上がり始めたので、ハカセは更に慌てた。

『ええい、落ち着け! ゴロー、お前は自分の矛盾した行動が自分で理解出来なくて混乱している。俺が良いと言うまで絶対に思考するな!』
「ハイ。ハカセの命令があるまで、思考回路を停止シマス」

 ハカセの命令は速やかにゴローの演算機能に到達した。

 ロボットの存在意義は人の命令に忠実である事。正確に実行する事こそが存在意義だ。

 だが、ロボットの行動原則によってもゴローの行動は制約される。その中で最も優先順位の高い、「生き物の命を尊重する」原則は、決して破ってはならないものだ。

 だが、この原則を破らなければ真希の命令を遂行出来ない。

 優先順位を計算すべきなのに、ゴローは迷わず子猫の命を最優先に行動していた。その事で自分自身が理解出来ない状態になり、演算機能に負荷がかかり過ぎて熱暴走を起こしたのだ、とハカセが説明してくれた。

「ミューン……」

 ゴローの熱暴走が収まってからも様子を伺っていたらしい子猫が、ソロソロと顔を見せた。

『おお。そいつが子猫さんか、ゴロー』
「ハイ。コネコさん、お昼寝の時間では……」
「ミューゥ」

 何時もならゴローの掃除を散々邪魔した後にお気に入りのクッションでスヤスヤ眠っている頃だ。だが、子猫はゴローの足元に纏わりついて離れようとしなかった。

『ふぅん? よく懐いてるじゃないか。お前が心配なんだな』
「心配。ハカセ、ワタシはロボットデス。心配、とは人が人を気遣う事デス。ワタシには必要ありマセン。機能は正常デス」
『そんなの、猫には分からねぇよ。だが、お前がちゃんと世話してくれるヤツだって事は分かってんだ。何時もと様子が違うから、心配なんだよ。それは、人でも猫でも、相手がロボットだって関係ねぇよ。俺も、お前が心配だからこうして連絡してるんだ』

 ゴローの演算機能に、更に負荷がかかった。先程の熱暴走とは異なるものだ。

 だが、その正体は分からない。

「ありがとうございマス、ハカセ」
『おう。で、今から思考回路を再開して、一つ計算してみろ。お前が引き続き子猫さんの世話を続行した場合の生存率だ』
「ハイ。演算機能再起動。……完了。ハカセ、ワタシがコネコさんのお世話を継続した場合、生存率は百パーセントに近付きマシタ。コネコさんにとって、最適な手段デス」
『よし。じゃあ、お前は子猫さんの世話を継続しろ。その場合必要な交渉がある。お前の主人のマンションはペット可物件だから問題無いが、捨てろと言った女が進んで猫の世話をしたりしないだろう。空いている部屋を猫の為に貸すように交渉しろ。言い値で家賃を払ってやるぜ、俺が』
「ハカセ。それは、ハカセがワタシに財産を提供すると言う事デスか? それは……」
『話は最後まで聞けって。この金は、お前に支払う研究費? 協力費? みたいなモンだ。お前の行動原則はロボットとして正しいが、ちょっと有り得ない反応が起こってるんでな。俺に研究させて欲しいんだ。だから、その研究費として俺がお前に支払う正統な金だ』
「イイエ。その原則ならば、金銭はマキ様に支払われるべきデス。今のワタシの主人は、マキ様デス」
『だから、お前を介してマキ様に支払う。真っ当だろ?』
「……ワタシは、コネコさんを、お世話して良いのデスか」

 映像の向こうに居るハカセは、ゴローが初めて起動し視界のテストを行っている時と同じ顔をした。

『お世話をしたいのか、ゴロー』
「ハイ。コネコさんは、ワタシを必要としてくれる主人デス。要求は明確、達成基準も明確、何より食事の時間に一秒の狂いもありマセン。ワタシは……」

 ロボットの行動基準の最上位は、正確である事。ルーティンを繰り返したとしても、達成基準が全て同じである事。

 ゴローの掌に収まる程小さな子猫は、ゴローのような演算機能も、人のような大きな脳を持っている訳でも無いのに、容易くそれをやってのけるのだ。

 それに気付いた時、ゴローの演算機能に何かが働きかけてきた。その何かを、ゴローは知らない。

「ハカセ。ワタシは、コネコさんの正確な食事時間把握機能を……コピーしたいと、判断してイマス。これは、何デスか? ワタシは、今、正確に表現出来ていマセン」
『そりゃ、お前は子猫を尊敬してるんだよ。コイツはすげぇやつだって。だから真似したくなるんだ』
「スゲェヤツ、とは?」
『おっと、俺の言葉が悪いな。凄いやつ、だよ』
「スゴイヤツ……」

 ゴローは握力の機能を最小限まで緩めて、纏わり付く子猫を抱き上げた。ゴローの掌に、子猫の小さな心臓の音が伝わってくる。

 人のそれよりも早く、小さく、しかし確実に生きる力を刻む音が。またゴローの演算機能に負荷がかかる。

 これは、何なのか。ゴローには分からないが、ハカセがいずれ、解き明かしてくれるかも知れない。

「コネコさんは、スゴイヤツデス」
「るるるる!」
「ハイ。もう、心配しないでクダサイ。引き続き、コネコさんのお世話は、ワタシが担当致しマス」
「るなーん!」
「イイエ。おやつの時間は三十分四十六秒後デス」

 不満気な子猫を足元に下ろしていると、ハカセは『別に翻訳機能いらねぇじゃねぇか』などとブツブツ言いながら、ゴローに新たな機能を追加している。

『取り急ぎ、子猫さんに必要そうな情報をインプットしておくぞ。欲しい機能は追々付けていこうぜ。それと、定期連絡は毎日に変更。分かったな?』
「ハイ。情報を分析中……完了。定期連絡を毎日に変更シマシタ」
『良し。一先ず、大丈夫そうだな。まずは主人との交渉だ。しっかりやれよ!』
「ハイ。ありがとうございマシタ、ハカセ」

 気さくに様々な対策と知恵を授けてくれたが、ハカセは世界中に見守るべきロボット達がいるのだ。それでも、ロボット達のヘルプコールにハカセが一度たりとも手を抜いた事は無い。

「コネコさん。ハカセも、スゴイヤツなのデス」
「うるなーん、るなーん!」

 そんな事は知った事ではないと、子猫はひたすらおやつの要求に余念が無い。

 今日もゴローは甘えた声で付いて来る子猫を引き連れながら午前中のタスクをやり遂げてから真希と交渉の上で借り受ける部屋を整えていると、何時もの定期報告より前にハカセは張り切ってデータを送信してきた。

『ゴロー、子猫さんを万全に迎え入れる為に必要なお買い物リストだ! 俺からの研究費を上手く使って、準備をしてやれ。優先順位の高い順に設定しておいたからな』
「ハイ、ありがとうございマス」
『それから、先ずは子猫に名前を付けてやらんとなぁ』
「名前……。ハカセ、名前とはどのように付けるものデスか?」
『う~ん、猫の場合は、何か好きな食べ物の名前とか?』
「では、コネコさんはササミさんデス。宜しくお願い致しマス、ササミさん」
『ちょっと待て! そりゃ、ちょっと美味しそうで可愛いが、ササミさんはちょっとなぁ……』

 ガリガリとハカセは何か書き付けている音が聞こえる。最先端のロボット工学権威であるハカセは、アナログな紙とペンを愛する男でもあるのだ。

『ゴロー、子猫さんにどんな風に生きて貰いたい?』
「ワタシが、希望を述べるのデスか」
『そうだ。お前はどんな願いを子猫さんに託したいんだ?』
「ネ、ガ、イ……」

 それはロボットにとって一番縁遠い言葉だった。

 主人の命令を実行する。主人の願いを叶える。主人の理想であり続ける。それが、ロボットなのだ。

 ゴローが自ら何かを願う事など、初めてだ。

 いや、二度目だ。最初の願いは、「コネコさんのお世話をしたい」だった。願いを考えた事など無かったので、ゴローはこの先について想定を進めてみる事にした。

 この先、ゴローはコネコさんと一緒に暮らす。毎日のお世話をさせて貰う。そう考えただけで何故だか演算機能が少し温まる。オーバーヒート状態とは違うようだ。

 何年も、何十年も……。違う。コネコは人より寿命が短いのだ。それを考えると、先程温まった演算機能が急速に冷えていく。

「ハカセ。ワタシは、コネコさんに、長生きして欲しいデス。出来るだけ、沢山、想定以上に、長生きして欲しいデス」
『分かった』

 ガリガリ音が更に激しくなって、ハカセが何かアイディアを見つけた時のグリグリ音がする。

『こんな名前はどうだ? 千夏だ。お前達は夏に出会った。今から千回の夏を一緒に過ごすんだ』
「千回……」

 それは、コネコさんが千年生きると言う事。どう考えても不可能だ。だが、ゴローはロボットならするべき反論を言葉にする事は無かった。

「良い名前デス。ワタシが、マキ様から名前を頂いた時と同じデス。コネコさん、コネコさんの名前はチナツさんになりマシタ」

 子猫改めチナツは、ゴローの足元に置かれたクッションの上でぐっすり寝ている。その寝顔を見ていると、またゴローの演算機能が温まった。

「ハカセ、ありがとうございマス」
『おう。んじゃ、しっかり充電して休めよ。俺は色々情報収集しておくから』
「ハイ。ありがとうございマス」

 ゴローはしっかりと充電に入る前にお買い物リストの要求と、チナツについてのメールをまとめて真希に送信した。

 充電を終えたら真希からの買い物リストが送られてきていないか確認をし、午後の家事をしてから夕飯の仕込みに入る。その隙間でチナツに必要なものを買い求めに行くのだ。

 しっかりと充電を終えて直ぐに動き出せるようにゴローは視界を一時休止した。



 午後の家事に取り掛かる前に定期充電に入るのだが、その前までに届く筈のお買い物リストが届かない。

 ゴローは充電に入る前に真希にあててメールを自動送信するよう、スケジュールに加えておいた。

第3話《不思議な仕事》

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?