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光の中に浮き彫りになる、闇への旅路。〜斉藤壮馬「my beautiful valentine」感想

ついに斉藤壮馬さんの2ndEPが発売された!

タイトル「my beautiful valentine」は壮馬さんが明言しているが、バンド「my bloody valentine」のオマージュだ。壮馬さんが大好きなシューゲイザーのバンドで、昨年のライブツアー「We are in bloom!」の会場内BGMにも1曲使われていた。
更に1stEPの「my blue vacation」と頭文字が同じなのも、EPシリーズとしての繋がりも感じる。

「my beautiful valentine」。バレンタイン。
だが、あの斉藤壮馬が、普通にバレンタイン!ハッピー!恋の歌!
……なんぞ出してくるわけがなかった。
バレンタインはバレンタインでも、下敷きにあるのは「バレンタインデー」の「由来」だ。
こういうのはwikiを見ていただいて。

簡単にいえば、バレンタインさんの処刑日が2月14日。由来は意外と血生臭い理由なのだ。
だからか、私が今回聞いて、最大のキーワードは「死」。そして「火」、「本能」だと感じた。
程度の差はあれど全曲通して死の雰囲気が漂うものの、決して「死」という言葉は使わない巧みな言葉の表現と豊かな知識と語彙力を今回もまざまざと見せつけられた。
今回のEPは特に前半は明るめだが、だんだんと堕ちていく様子を描いている。最初の「ラプソディ・インフェルノ」と、ラスト(正確にはCDのみ最後にSecret trackが収録されているのだが)の「ざくろ」の雰囲気の違いにはゾッとするほどだ。

1曲ずつ感想や考察等々織り交ぜていこう。


1.ラプソディ・インフェルノ

ジャジーでどこか怪しい雰囲気でオープニングを飾るこの曲。「beautiful」な「valentine」はどこへやら。しかしライブではサビの「クラップ・ユア・ハンズ!」はコール&レスポンスで盛り上がること間違いなしな曲だ。
ノリは良い曲だが、歌詞を見ると死神の名前や古今東西の死後の世界の名前が出てくることから、もうすでに死がそこまで迫っている雰囲気と、

同じ最期なら踊らにゃ損々

とカオスな様相を呈している。「狂気的」なこの曲が最初に来るこのEPの行く末はどうなるのか。グッと引き込まれる序章の物語だ。


2.ないしょばなし

このEP内でも割とポップな曲。
どこか「デート」を彷彿とさせるオシャレでシティポップ感もあるアレンジだが、「やりきれなさ」が曲を通して感じられ、うっすら雲がかかったようなスッキリしない曲だ。
壮馬さんの曲は曇りの日に聞くのが大好きなのだが、おそらくこういうスッキリしないのが壮馬さん自身も大好きで、この「そまみ」が全体を通して下地にあるのかもしれない。
もう1点、「デート」を思い出したのは、この曲中で特に韻を踏みまくっているからだろう。
Bメロは語尾の母音が一番最後以外全て一致しているし、3回あるサビの「機微」「ひび」「きみ」など。指摘しはじめたらキリがない。
ゆるゆると体を動かしたくなるようなノリの良さと耳心地のよさは、この韻の踏み方にあるのだろう。

3.(Liminal Space)Daydream

曲調だけで言ったら一番明るく爽やかな曲。イントロだけなら青空見えたと思うじゃん。
……いややっぱ変。なんか不安定。
歌詞読んでると思考が散漫になっているというか、突然の飛躍……「なんでその言葉からそれに飛ぶ?」といった意味の分からなさがあるのに、曲はラスト直前までずっと爽やかで穏やかなのが逆に怖い。
この相反する2つの感覚から来るこのゾワゾワとする不安感。タイトルの「Liminal Space」に関して、詳しく解説してくれているサイトがあるのでご紹介しつつ。

非常に簡単に要約すると「見慣れた風景や懐かしい風景なのに、どこか不気味な風景」だ。
ちなみに私は上記のサイト内で「スーパーマリオ64」を引き合いに出して解説されているのを読んで見事に納得した。プレイしているのを横で眺めていた時の、あのピーチ城内の何とも言えぬ不安感はこれだったのだ。
この曲にあるのは紹介されている中でも特に「バックルーム」の概念だろう。

オープンワールドにおけるバグとは、言ってみれば世界の処理落ちであり、ふとした拍子に世界の壁をバグで通り抜けてしまうのではないか、というバックルーム的な想像力とも通じ合うものがある。
https://fnmnl.tv/2021/11/16/139203

こういったオカルトチックというとずれているかもしれないが、そういった方面に興味のある壮馬さんらしさがこんなところでも垣間見えて面白い。
ラストの「バグってるんだって」から不気味な世界に突然放り出されたような感覚から、次の「幻日」へと繋がっていく流れはたまらない。

ちなみに途中に出てくる「ア・バオ・ア・クゥー」でガンダムを思い出した人も少なからずいそうだ。壮馬さんが「閃光のハサウェイ」に出演されているので影響あるかな?と思いつつ、表記的に以下の幻獣の話か。これも相反するお話。


4.幻日

今回のEPのリード曲。そして個人的お気に入り曲。
いや、「デラシネ」とか「エピローグ」とか大好きなんです。察してくれ。

この曲を一言で表すなら、「耽美」だ。
エモーショナルなメロディ、頭のコーラスから壮馬さんの声の透明感がフルに活かされた歌声、ピアノやアコースティックギター、最後にはストリングスも登場する美しいアレンジ、そして日本語の表現の美しさを堪能できるものの、どこか死の香りが漂う歌詞。ストリングスの登場タイミングが完璧過ぎて、毎回ため息が出る。Sakuさんありがとう。

さて、この曲のストーリーを、皆さんはどう捉えただろうか。
壮馬さんはいつも1曲の中で物語を抽象的に描き、判断は受け手に委ねられる。以下は私の思う「幻日」のストーリーを、MVを見た上で記す。

この曲の主人公は2人いる。1番と2番以降で切り替わっている。
というのは、歌詞カードで1番と2番を見比べてもらうと分かりやすいと思うのだが、同じ言葉を主に使いながらも所々視点が違うように見えて、対比させているように思えるからだ。
(歌詞カードの区切りで分かりやすくしてるかもしれない)
例えば
1番「誰ぞ彼」=黄昏時=夕方←→2番「朝ぼらけ」
1番「おいで」←→2番「いくね」
等々。
仮に1番の主人公を主人公1、2番の主人公は主人公2とさせていただく。どちらも女性だ。
(MVを見たのもあるが、壮馬さんの歌い方がどこか女性的だと感じたのも大きい)
主人公1と2はとても仲が良かった。恋人と言ってもいいのかもしれない。
しかし主人公1は既に亡くなっている。
100年経ったら、主人公2も死ぬだろう。だから主人公1は死後の世界で待っている。
現世に残された主人公2は、1がいなくなった世界には何の価値も見出せず、1人残された家の中を地獄のように感じていた。
ある時主人公2は、主人公1の死体が桜の下に埋まっていることに気づいた。
「(主人公1は)そこにいる?」
「ずっといたの?」
「もうこれしかないよ」
と、主人公2は自らを手にかけた。
霞たなびく2月の寒空の下、自分が冷たくなっていく。もう少しで何もかも終わらせられる。
もう少しで彼女のもとにーー。

この曲の要素となっているのは、「桜の木の下に埋まっているもの」といえば「死体」というのを印象づけた、梶井基次郎の「桜の樹の下には」で間違いはないだろう。この小説の中では「かげろう」も大切な要素として出てくる。青空文庫にあるため無料で読める上に、本当に短いものなので、この曲が気になっている人は読んでみるといいだろう。

この曲は歌詞に漂う死の香り以外全てが美しい。この美しさがより死の香りを立ち上がらせている。もはやこの死の香りすら美しいんじゃないかと感じる。でもこの香りを感じるたびに、曲の美しさとの落差のせいでより深く胸に突き刺さる。恐ろしさすらある。しかし聞いてしまう魔力がある。


実は「ううん」が歌詞に入っているのに気がついて、書きながら「実は主人公2は思いとどまって生き続けている説」も浮上してきた。
もう私には分からない。有識者、ご意見お待ちしています。


5.埋み火

直前の「幻日」までは明るめな曲調が続いてきた中、ここへ来て一転、ダークな雰囲気のシューゲイザーの曲が登場。「THE 斉藤壮馬」な曲と言わずにはいられない。
アレンジャーのSakuさんが「最初に届いた曲」と言っていたのは、おそらくこの曲で間違いないだろう。
としたら、この曲をベースにこのEPが組み立てられていったと考えると……なるほど面白い。

聞いた瞬間脳内をGRAPEVINEのアルバム「新しい果実」が過ぎった。
何となく音の質感というか、雰囲気がそれっぽく感じたのだ。
昨年壮馬さんが大絶賛していて、私の中でも昨年のベストアルバムを挙げるとしたら間違いなく最終候補まで残ってくる名盤だ。おそらく影響は受けているのだろう。曲には、書いた人が聞いてきた音楽が如実に現れるものだ。大好きなんだなというのがビシバシ伝わってきて面白い。
ちなみに「新しい果実」には「ぬばたま」というタイトルの曲が入っている。このEPの次の「ざくろ」の歌い出しは「ぬばたま」だ。

そしてこの曲を語る上でもう1曲語るべきと感じた曲がある。
Sting「Fragile」だ。

space会員の方はもしかしたらこの名前や彼がボーカルの「THE POLICE」と聞くと反応する方もいるかもしれない。「Englishman In New York」や「Shape Of My Heart」、THE POLICEとしては「Every Breath You Take」、「Message in a Bottle」など、本当に数多くの名曲を生み出しているアーティストだ。私のきっかけは母の影響で、家でずっと流れていたからなのだが、今でも好きで聞いている。
そんな中、この「Fragile」は人間のfragile=脆さを歌った曲だ。
この「脆さ」は簡単に死ぬとかそういう意味だけではなく、すぐに暴力に走る「心」の脆さも歌っているのだろう。
そしてStingの平和や平等への「祈り」も感じる。
「埋み火」のここであえて「フラジャイル」と使っているのは、壮馬さんらしい作詞技法ではあるが、後の「祈り」を導くために、Stingの楽曲を枕詞のように使っているのではないだろうか。

そもそも「埋み火」(うずみび)とは?

炉や火鉢などの灰にうずめた炭火。いけ火。
https://kotobank.jp/word/%E5%9F%8B%E3%81%BF%E7%81%AB-439947

火鉢の中ということは、本当にほんのりとした火だ。
それは命の象徴か、希望か。両方か。
繋ぎ止めるのは「狂気」だけ。
諦めたくない。もういいよね。
もはや一筋ですらない光が、ついに途切れる。


6.ざくろ

この曲の段階を例えるなら、「埋み火」で水中に足を踏み入れ、この「ざくろ」では水面にギリギリ浮かんでいる状態……だろうか。何となく湿度の高さを感じるからかもしれない。
静かで闇に覆われたようなこの曲でこのEPでの物語は(表面的には)エンディングを迎える。ファルセットが多用されていたり、吐息が入っていたりするのがより危うさを増している。
もう動く希望はなく、いっそ自分の中に閉じこもって、このまま堕ちていくだけ。

【Secret Track】クドリャフカ

毎回恒例、CDにのみ収録されている曲。
「ざくろ」よりもっと深淵の闇に堕ちている。「ざくろ」では水面に浮いていたところから、もう水底に沈んでいるような。音数は少なく、微妙に音が外れているように感じるのがゾワっとする曲だ。長時間聞いていたら気持ちが引き摺り込まれそうなほど。

歌詞の内容からも「クドリャフカの犬」がモチーフだろう。
ソ連の宇宙研究の一環として、宇宙へ打ち上げられた犬。スプートニク2号(ちなみに壮馬さんには「スプートニク」という曲もある)に乗せられ、打ち上げられ、宇宙で亡くなった。
このスプートニク2号には構造上大気圏再突入することはできず、宇宙で死ぬしかない、「片道切符」の宇宙への道だった。

ここまでの6曲が全てこの曲で収束するというか、何となく答え合わせのようで、とりあえず今は歌詞を求めているところだ。
(おそらくリスニングパーティー時に出ると踏んでいるが)

お気にいりの「幻日」と「埋み火」に特に力を入れて書いてしまったが、あくまで私の見解であって正解では全くない。
私的にはこう見た、という表明として書かせていただいた。
アートワークからこの7曲で1つの物語なのか、あくまで短編集なのか。
いろいろ他にも推察できるものはあるだろうが、その辺りは別の方に任せようと思う。

毎回壮馬さんの描く世界は美しくも翳りがあり、触れるのがいつも楽しいのだ。
聞き込んで読み込んで世界の輪郭がハッキリしたり、またぼんやりしたり。きっとまたその繰り返しなのだろう。
だからこそ飽きない。何度聞いても楽しい。
斉藤壮馬が音楽で表現するものが魅力的なのは、そういうところがあるからだ。

自分が受けた印象を大切にして書きたかったために実はまだインタビュー等を一切読んでいないので、ゆっくり読み漁ってより深めたいと思う。
最高のEPを再び世に送り出してくれたことに感謝したい。

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