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フランスのカフェ文化 

 パリの街にはいたるところにカフェがある。カフェにはいろいろ考えさせられた。

お外がお好き?

 その第一はフランス人の「お外好き」。大抵のカフェは通りに面しており、入り口、窓際に沿って日よけを出し、歩道の一部を占拠してテーブルや椅子を並べる。「テラス」というらしい。客はみな店内よりも外に座りたがる。陽気のいい日には外の方が確かに気持ちがよい。しかし大通りに面して車の排気ガスが舞っている気もするし、通行人が袖ふれぬばかりに歩いてもいるので落ち着かないのではといらぬ心配までしてしまう。多少の雨が降っていても多くが外に座る。寒い日はコートの襟を立ててまで外に座っている。ここまで意地をはっての「お外好き」は何だろう。 
 よく耳にするのはフランス人の日光浴好き。フランスは比較的北に位置し、日差しが弱く、日照時間が長くないので、可能な限り日を浴びたいのだという。それが健康にもよいという。そうかもしれない。でも多少の雨でもやはり多くがテラスに座っているのはどうしてだろう。古来、山野を駆け巡り狩猟生活をし、しばしば野宿をしながら暑さ寒さ、風雪にもめげず暮らしてきた習慣が体内DNAに沁みついてしまったのかもしれない。しかしそれほど自然が好きなのであれば、そもそも都市に集住したり、また街を舗装道路や頑丈な人工建築物などでは埋め尽くさないはずだ。日光浴好きというだけでは説得的でない気がする。

華やかに飾るカフェ

見てちょうだい!

 別の説明は、見る見られる関係。外に座って行き交う通行人を眺めながら品定めや品評などをして楽しんでるという説。確かに、パリの多くのカフェ・テラスでは、外の景色や通行人をあたかも見物するかのように客が外向き横並びで座っている。こじゃれた着こなしや奇抜な服装で闊歩する通行人の多いパリの街で、人間観察をしながらコーヒーを傾けるのは楽しいことだろう。あるいは美男美女を見定めて一声かけるチャンスでもうかがっているのかしらん。しかし、外に座る客らを観察してみても、常時、外を眺めたり通行人に視線を送っている様子でもない。ひたすら同席の友人らとぺちゃくちゃしゃべっている。
 逆に、外に座るのは客自身が自分を通行人に見せているのだ、と指摘するフランス人もいる。これには驚いた。自分の飲み食いする姿を人様に晒すなどお恥ずかしいことだと考えてしまう身からすると想定外極まりない発想だ。仮に「自分を見せる」という考えを受け入れるとして、それは何のため?といぶかってしまう。そもそも通りすがりの見知らぬ人に飲み食いする自分を見てもらうことで、どういう感情が満たされるのだろう。しかし、自分自身を振り返ってみると、外に出る時には何らかの服を着て人様に恥ずかしくないようつくろうので、人の目を前提に「見せる自分」を意識するという点では自分も本質的には同じことをしているような気もする。いやいや、「テラス」着座は、しなくてもよいのに小舞台にわざわざ鎮座して見知らぬ人に見ていただく積極的選択をしているので、やはり違う。どうもこの「お外好き」にはフランス人の対人関係、人生観、社会関係などすべてを解き明かさないと理解できない深遠な課題があるような気がしてきた。

Cafe de Flore

カフェ・ド・フロール

 そんなことを考えるうちに、とにかくカフェに一度座ってみたくなった。俗人の私は、どうせならと名の知られたカフェに足を運んでみた。カフェ・ド・フロールCafé de Floreはサルトル、ボーヴォワール、メルロ・ポンティ、マルロー、カミュなど文人、知識人が集ったというので有名なお店(冒頭写真)。テラスも店内も客がぎっしりで、白シャツに黒く長いエプロンをしたウェイターが休む間もなく動き回っている。お会計を預かる者だけ一段高い閲覧席のような一画に背広、ネクタイ姿で座り、店内の雰囲気に威厳を持たせている。テーブル椅子の詰めようといったら、奥の席に座るには隣の客のテーブルをずらしてもらわないと入れないほどである。こんな満員電車のような落ち着かないところでサルトルが沈思黙考したなどとはとても想像できない。のちに有名になって観光客が押し寄せる人気店にでもなったのかもしれない。店内を見渡してみると、周りの喧騒にもめげず万年筆1本で一生懸命書きものをするコート姿の白髪めがね老男性がいた。1枚1枚の紙になんだか長い文章を沢山書いている。小説家か研究者かもしれない。常連だったサルトルにあやかり書き物をしているのだろう。ちょっと絵になる光景。でもサルトルはこの店で本当に書き物など黙々としていたのだろうか。知人や見知らぬ人と軽薄な話をして哄笑し、物書きの憂さ晴らしでもしていたのではないか知らん。それをこの老人は勘違いしてサルトルを気取っているのかもしれない。…こんなくだらないことを考えつつも、カフェ・ド・フロールのテーブルを撫でまわし、もしやここがサルトル、カミュらが座った席かもしれないなどと空想して飲したコーヒーの味は格別だった。
 ちなみにその店のお隣はピカソ、ゴーギャン、ブレヒト、ツヴァイクら芸術家、文人が集ったというカフェ・レ・デュ・マゴLes Deux Magots。サルトルのコーヒーから得た余韻の消されるが惜しく、外から眺めるにとどめた。

Les Deux Magots

おしゃべりがとまらない

 カフェから考えさせられた第二は、フランス人の「おしゃべり好き」。多くの人がそこかしこにあるカフェで小さなテーブルを囲んで、肩を寄せ合いながら楽しく会話をしている。昼夜の別なく話している。察するに話題の大半は何がおいしいとか、こんな大変なことがあったとか、お気に入りの洋服を見つけたなどなど、日常生活にまつわる身近なものだろう。
 しかし、実はフランスのカフェには長い歴史があり、社会を動かす原動力にもなってきた経緯がある。カフェは思想家、芸術家、学生、社会活動家、市民、あらゆる人が集い、人生を語り、社会を論じ、未来を論議し、政治を糾弾してコミュニケーションに花咲かせる重要な場でもあった。有名なカフェ・プロコプCafé Procopeは市民革命につながる「百科全書派」が編集作業を行った場らしい。常連としてルソー、ディドロ、ダランベールらが集った。革命期にはマラー、ダントンやロベスピエールらのそうそうたる指導者が論戦を交わし、まさしく「政治的公共圏」の一角をなしていた。パレ・ロワイヤル内のカフェ・ド・フォアCafé du Foyでは、デムーランが「武器をとれ!」と民衆をあおる演説をぶち、2日後にはバスティーユ襲撃が起きフランス革命の火ぶたが切って落とされた。

Cafe de Foyで演説をするデムーラン

 17世紀から同じ店が400年も続いているということも驚きだが、社会変革のアイデアや運動がこうした場から生まれてきたことに文化土壌の違いを感じる。
 近代以降、フランスのカフェは誰でもが参加し、下世話な話から芸術論、政治談議までありとあらゆる話題を交わす、自由な「公共圏」として確立されてきた。そうしたカフェ文化がそのまま今日まで連綿と引き継がれている。カフェは人々の自由に集う場であり、コミュニケーションの拠点であり、そして社会と歴史を動かす歯車なのだ。

哲学カフェ

 市井の人々が集って好きなことをああだこうだと自由にしかも気楽に論議する「哲学カフェ」なるものがパリから始まったのもむべなるかな。「哲学カフェ」発祥の地カフェ・デ・ファールCafé des Pharesにも行ってみた。バスティーユ広場に沿った大通りに面し、緑の色調で統一された小ぎれいなお店だった。First Café Philoとテーブルに記してある以外、テラスにも店内にも特別の仕様がしてあるわけではない。1992年ここでマルク・ソーテが初めて少人数で「哲学カフェ」を開き、やがて評判を呼び、多い時には200人以上が集まったという。以来、他のカフェや各国にまでこの形態がひろがっていった。 

Cafe des Phares

 かく言う私も気が向けば人を集めて「シンポジオン」「おしゃべり会」と称して哲学カフェもどきを主催しているのでCafé des Pharesでのコーヒーの香りは格別に味わい深いものだった。平日の昼だったからか客はさほど多くなかった。哲学カフェの催される日曜日にはさしづめおしゃべり好きの中でも議論好きの老若男女が今でも集っていることだろう。

 テラスに座りコーヒーを傾けながら、日常生活から政治論議までとにかくどんな話題でも会話の俎上にのせて言葉にする。自分の思いを述べ、他人と議論を交わす。このコミュニケーション文化は日本にはないものかもしれない。現代フランス社会こそ、アゴラにフィロソファー・市民が集い議論を交わした古代ギリシアの伝統、そして出自の別なく市民であれば自由に政治を討議した古代ローマの慣習の後継者なのかもしれない。
 パリのカフェにはどうやら人と人との関係、人と社会の関係、時間のすごし方、人生の楽しみ方などなどフランスのあらゆるものが集約されているようだ。もしも再度フランスに行く機会があったら、ゆっくりとカフェ巡りをしてみたい。                     (2023年11月)




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