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ウサギたちの宴

ウサギ達には秘密のうたげがあった。
満月の夜更に他の動物たちに内緒で集まるのだ。
動物たちの住む森の向こう、小さな池のほとりには不思議な草が生えていた。満月の日に赤い実がなって、その実を口にするとウサギ達は気分が良くなった。

ウサギ達は集まって、この実を口にして盛り上がった。食べ過ぎると気分が悪くなる。先月も年頃の娘ウサギが無理に食べ過ぎて、意識がなくなった。それでもウサギ達はこの実の魅力に取りかれた。一つ食べれば気分がフワフワする。二つ食べれば嫌なコトも忘れられた。三つ食べるとハイになって踊りだす。四つ食べたらオカシくなって、それ以上はキケン、そんな不思議な実だ。

彼女は誘われ初めてこの宴にやってきた。若い雄ウサギが数匹寄ってくる。辺りには熟した果実のような甘い香りが漂っていた。
「早く食べなよ。最高にハイになれるぜ。」
「そしたら向こうで楽しもうぜ。夜はこれからさ。」

向こうの草むらでは一足先に若いウサギ達が楽しんでいた。虚ろな眼をして、カラダを激しく動かしていた。
つらい記憶を忘れたくて、ここに来たんだ。彼女には迷う理由もなかった。赤い実を一つ、口にしてみた。脳が、ぼやけていく。意識はゆったりとした時間を漂った。若い雄ウサギ達は顔を見合わせて、笑った。彼女の手を引くと、草むらへと彼女を招いた。

ウサギ達の宴は今日も続いた。明日は喰われるかもしれない。狩られるかもしれない。そんな不安をかき消してくれる実を口にして、束の間つかのまの快楽を楽しむのだ。

彼女は激しく揺れながら、冴えた満月が輝くのを見ていた。でも明日は見えなかった。せめて、うたおうとした。でも声にはならなかった。嗚咽おえつのような、乾いた情感のない吐息といきだけだった。

そっと彼女の頬を涙が伝った。


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