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僕と外国人のおじさん

金曜日、仕事帰りの電車での出来事。
僕はドア横の寄りかかりスペースで本を読んでいた。
立ちながらでも本が読めるから僕はこのスペースが好きだ。
この日は取れたのでラッキーだった。

始発電車が動き出してちょっと経った頃、
近くにいた外国人のおじさんが英語で話しかけてきた。
おじさんの手には何やらメモを持っている。

僕は少しビックリしたけれど、
読んでいた本を閉じて耳を傾けることにした。
残念ながら僕に英語を話せる能力はない。
僕はおじさんが持つメモを見て必死に何を言ってるか理解しようとした。

メモには、英語で駅名が書かれている。
どうやらこの電車に乗っていればここの駅に着くのか?ということを知りたいようだ。

おじさんが目指している駅は後4駅で着く。
僕は「YES」と答えて笑顔を作った。

おじさんは安堵の表情を浮かべ、
続けざまに「next?」と聞いてきた。
今の乗っている電車はまだ動き出したばかりだ。
4駅といっても、急行電車だからまだまだ時間はかかる。

僕は「NO」と答えた。
僕の壊滅的な英語力では「YES」か「NO」かしか答えることが出来ない。

何とかおじさんに後4駅であることを伝えたい。
すると、近くに電光掲示板があることに気付いた。
ドア横ポジションにいたことが幸いした。

僕は電光掲示板に表示されている駅を指差し、
ここがあなたの降りる駅だということを教えてあげた。

おじさんは理解したのか「thank you」と笑顔になった。
僕はホッとし、閉じていた本をゆっくりと開いた。
今ちょうどいいところなんだ、
2か月間何もなかった男女が初めて女の部屋に行くという場面、
きっとこれから2人の関係性が変わる。
早く続きが読みたいんだ。

でも次の駅に着くと、
おじさんがまた話しかけてきた。
「this one?(ここで降りるのか?)」

違う違う違ーう!!!!

さっきも教えたでしょ!!
あなたが降りる駅は4つ目だって!!

僕は「NO」と答えてまた電光掲示板を指差した。
おじさんは曖昧に「OK」と答えた。
僕はおじさんが本当に理解してるのか不安になった。

次の駅では人が沢山乗ってきて、すぐに満員電車になった。
おじさんは人の波に押されていたけど、
僕の側から離れようとはしなかった。
必死で僕の側にとどまろうとしている。

そんなおじさんが愛おしく思えてきた。
こんな「YES」か「NO」かしか話せないような日本人を頼りにしてくれている。

僕の中でおじさんを無事に目的の駅まで送り届けたい、
正義感のようなものが芽生え始めていた。

読んでいた本も途中から集中出来なくなっている。
気付いたら男女は一夜を共にしていた。
文字だけ読んで内容が全然頭に入ってこない。
僕の頭の中はおじさんのことでいっぱいいっぱいだ。

おじさんは相変わらず次の駅に着くたびに
「this one?」と聞いてくる。
僕はその度に電光掲示板を指して「NO」と答えた。

僕とおじさんが話していると、周りの人がチラチラ見てくる。
恥ずかしかったけれど、周りから見れば親切な好青年に見えたはずだ。
(きっとそう!!!)

そんなやり取りを繰り返していると、遂に目的の駅に辿り着いた。
おじさんの口から最後の「this one?」が飛び出す。
僕は満面の笑みで「YES」と答えた。

おじさんは降りる際に英語で何かお礼を言っていたけれど、
全然何言っているかは分からなかった。

僕は自分が言える範囲の英語を絞り出し、
「GOOD BYE!!」と降りるおじさんに向かって言った。

おじさんも「GOOD BYE!!」と返してくれて、電車を降りていった。

扉が閉まると僕の中でやり切ったような達成感があった。
人に親切に出来た、人から感謝された、
それだけのことだが僕は嬉しかった。

最近いいことがあんまりなくて、
電車に乗るのもしんどいと思っていた。

だから、こうして1週間の終わりに
おじさんに出会えて良かったような気がする。

おじさんが日本での滞在を楽しめますように。

閉じていた本を開くと5ページしか進んでいなかった。
でもそれでもいいと思えた日だった。





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