異分野の学習は自分の学術研究に活きるのか

私は大学研究者で、最近、いろいろと悩みながら勉強しています。そんな中で「私たちはどう学んでいるのか ─創発から見る認知の変化(鈴木 宏昭 著)」を読了しました。

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684318/

 10年来、私は自分の研究領域(主に化学、ときどき生物)に特化・偏重した学習をしてきました。が、少々その状況に閉塞感を感じてきた(というよりはちょっぴり飽きてきた)こともあって、ここ数年は意識的に、研究分野とはかけ離れた内容を学ぶ時間を割くようにしています。これまでも一般書レベルの本は息抜きによく読んでいましたが、異分野の専門書を、意識的に時間を割いて読む、という点がこれまでの自分にはなかったやり方です。知識に加え、分野によって様々な、アプローチの違いなどについても、ゆくゆくは自分の研究に活かせるのではないかと考えています。中には、機械学習/プログラミングのような、直接的に現在の研究に活かせうような内容の勉強も含んでいますが、解析数論とか流体力学などは、まあ普通に考えて一生自分の研究に生きることはないでしょう。

 さて、元々の私の学習スタイルは、「1日中、極端に言えば1年中、自分の研究に関することばかり考え、勉強する」というものでした。そこから上記のスタイルに意識的に切り替えて、ある程度の時間を異分野の書籍(論文ではなく)を読むのに割くようになって、非常に面白く、普段使っていない頭の使い方をしている実感もあって刺激的なのですが、一方で別の懸念がしばしば頭をよぎります。要は「確かに面白いけど、こんなことしていていいのか?」ということです。365日、自身の研究に没頭している競合研究者に、すぐに置いて行かれるんじゃないか?そもそも任期付き教員は他にやるべきことがあるのでは?と。加えて、どうも実感として、本来の自分の専門領域の知識を引き出す速度が、鈍っているんじゃないか、と思う場面がしばしば出てきました。まあ、それは単純に年老いたせいなのかもしれないけれど、なんとなく続くと、いつの間にか強みが何もない研究者になってしうまうのではないかという不安感がよぎることがあるのは事実。

 そんなモヤモヤした葛藤がある中、「私たちはどう学んでいるのか ─創発から見る認知の変化」を3日ほどかけて読了しました。本書の中で、例えば、「第二章:知識は構築される」で述べられていた、"インプット内容の他の既存知識との関係性や、インプット内容の使われ方、を考えるプロセスが知識定着に必須"という考え方は納得のいくもので、また、"知識をモノ化して捉える見方の問題点"についてはあまり考えたことのない切り口だったので、興味深かったです。第六章「教育をどう考えるか」が、やや既存教育の批判が強めに出すぎているかなという印象は受けましたが(ただ、この章で、近年批判されがちな徒弟制を評価している点は興味深い)。

 その中で、個人的なモヤモヤを踏まえた上で特に印象に残ったのが、「第三章:上達するー練習による認知的変化」内の「5 プラトー、後退、スパート」と、「第四章育つー発達による認知的変化」内の「4 複数の認知的リソース」。前者は、自分なりに大雑把にまとめると"新しいアプローチへの切り替えを試みる際、その仮にそのアプローチが従来より優れたものであっても、習熟度に加えて前後の連結性が不十分であるため、一時的にアウトプットの停滞・後退(スランプ)が見られる"というようなことです。後者は、主に子供についての研究結果が中心だが、"「考え方」が0か100かで急に切り替わるものではなく、1つの時期に複数の考え方・アプローチが存在して、その利用確率が変化していくことで、発達していく"ということと、その揺らぎの存在そのものが発達に極めて重要であることが記述されています。

 読み進めながら、これらを現在の自分に置き換えて考えて、モヤモヤしていたものがスッと晴れていく感覚がありました。様々な分野のインプットを増やして、一時的なスランプ状態に陥るのは当然のように思えたのに加え、実際に時折感じる"脳の中でいくつかの知識が混線を起こしている"感覚とも合致していました。また、これまでは単に、意図的に異分野のインプットを増やす作業の価値を、"様々な考え方を学び、や自分の中の引き出しを増すこと"だと考えていました(なお、この観点は、「第五章 ひらめくー洞察による認知的変化」で述べられていた"試行の多様性"を増やすという考え方に近いのかと思います。)。本書を読んで、もしかすると"考え方の引き出し方に大きな揺らぎを与える"効果があるのではなかろうか、と思うにようになりました。実際のところ、どうなのかはもうしばらく学習を進めてみないとわかりませんが、しばらくこのスタイルを継続して、自分の中での変化を観察していこうと思います。

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