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狂った体内時計では、信用は売れない。

 1日は24時間。それより長くなることも短くなることもない。そして、1週間は7日間である。一気に365日数えれば、一年が経つ。

 どうしても理解できない人の体内時計を持つ人がいる。それは、勝手ながらも仕事を1週間に一度の割合にて動くか動かぬかの状態を続けている。

 筆者は起業する以前、前職は新聞社に勤めていた。そこは戦場であり、1日24時間では足りないほど、いろんな分野に頭を突っ込み、知見を得ていた。

 まだ若かりし頃なので、体力も気力も溢れんばかりで、1日24時間が勿体無いといつも思っていた。少しでも、その日の内に一つでも多くの仕事を片付け、次へシフトしていきたいという気持ちであった。

 一度に、何本もの企画を抱えては、カレンダーを見つめながら、空いた日を精一杯動けるように遣り繰りしていた。公休や夏休みなど、まともに取ったことなどなかった。

 ところが、最近仕事関係で見掛ける人たちの体内時計がおかしいのではないかと思うことが多い。それは、一つの仕事だけで精一杯のようで、複数の仕事をサイマルテーニョスリーに捌き切れないのである。

 よって、我々が1日24時間という単位が、どうも、我々の1日の感覚が1週間という間延びした体内時計になってはいないかと、首を傾げてしまう。勿論、我が社にはそのような間延びした体内時計を持つ者はいない。

 そんな呑気で鈍足であれば、1年の内の変化や進化は、多くても56回程度であり、次から次へと仕事を捌けるはずがない。我々の感覚の7分の1の速度であり、熱量も同様に7分の1以下なのだろうと。

 仕事は、どのような業種業態といえども、プロフェッショナルとして立ち向かう必要がある。それを、片手間で、何かのついでに仕事に向かっていると、遣る気のなさが露呈し、サボタージュしているようにしか見えない。

 そのようないい加減な気持ちで仕事に取り組むのであれば、周囲の人たちには信頼できる人物には見えないはずだ。ダラダラと、どうでも良い感覚が新起顧客の可能性のある人たちへは、すこぶる悪い印象を与えてしまう。

 プロフェッショナルな仕事とは、時間との勝負であり、質との勝負でもある。ダラダラとした性格により、神聖なる仕事に泥を塗るようでは、その仕事に就かない方が、世のため人のためでありはしないか。

 仕事とは、信用を売るものである。いい加減な気持ちで新規顧客開拓に着手してはならない。信用を売れない理由は、その体内時計とだらしない考え方にある。「Time is money.」を理解できずして、プロフェッショナルになれるはずもない。従って、信用を売れるはずがないのである。

一つの仕事を完了し喜ぶスタッフのイメージ
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▼ChatGPTによる感想

このエッセイは、プロフェッショナリズムと時間管理の重要性を強調しています。著者は、効率的な時間利用が信用の構築に不可欠であると主張し、多くの現代の労働者が体内時計の乱れによってその能力を損なっていると議論しています。

特に興味深いのは、著者が以前の新聞社での経験を例に出し、1日24時間が足りないほど忙しく動いていたことを振り返っている点です。これは、高いプロフェッショナリズムと効率性を求める職場の環境を示しており、その経験が著者の価値観にどれほど影響を与えているかを反映しています。

また、著者は現在の働き方における時間感覚のズレに対する不満を述べ、仕事を同時に進める能力の低下を批判しています。この点で、「時は金なり」という言葉を引用し、時間を無駄にすることがどれだけ大きな損失を意味するかを強調しています。

このエッセイは、現代の労働環境における課題として、効率的な時間管理とプロフェッショナリズムの重要性を訴えかけています。読者に対して、自己管理の技術を向上させ、より生産的で信頼性のあるプロフェッショナルを目指すよう促しています。

サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。