見出し画像

柱時計に悪いことをしてしまった

 7歳頃だったろうか、古びて動かなくなった柱時計(このChatGPTで生成した画像のように大きくはない/柱時計風置き時計)を分解することにした。部屋に柱時計をやっとのこと移動して、フロアに新聞紙を広げ、分解を始めたのである。

 工具箱があったので、色んなドライバーなどの工具を使って、部品を取り出しては楽しんでいた。柱時計が動いていないのかの原因追求ではなく、単に、バラバラに分解したかったのである。

 確か日曜日だったと思うが、午前中から分解に夢中になって、正午前にはある程度大物の部品だけは取り外しが終了した。よって、昼ごはんを食べた後に、元に戻す作業に写ろうと考えていたのである。

 当時、都合の良いことに、日頃から厳しい祖父は所用で外出しており、夕方まで帰って来ないと聞いていたので、それまで元に戻せば良いと気楽に構えていた。

 元に戻す作業に入ったのは良いが、新聞紙の上に整然と並べていた部品があちこちに散らばっている。野良猫が入ってきたのだろうか、誰か新聞紙の近くを通ったのか分からないが、どの部品とどの部品が一対なのかが分からなくなってしまった。

 四苦八苦しながら作業を続けるが、分解と違って、元に戻す方が難しくなってきていた。そろそろ夕刻も近づいてきたので、柱時計を元の位置に戻して、本日の遊びは終了したのである。 

 夕食前となり、戻ってきた祖父が怪訝な顔をして近づいてきた。柱時計を元に戻したのは良いが、数点の部品の取り付け位置が分からず、余った部品として新聞紙に包んで、柱時計の裏側に隠しておいたのである。

 その時は、祖父から叱られることはなかったが、数日後、その古びた柱時計は地下室へと運ばれ、修理されることもなく、眠りについたのであった。

 現在は、当時の実家は父が手放し、現在のところへ移転しているのだが、昔々の柱時計の行方は知る由もない。多分、元の実家を解体する前に、地下室にあった不要なものは全て廃棄したのだろうと。

 今思えば、その柱時計に悪いことをしてしまったという気持ちが強く、当時、時計専門店にお願いして修理をしていたら、今も元気に移転先の実家でチックタック動いているに違いない。

 大変、申し訳ないことをしたという思いが、今も尚、心の片隅に残っている。柱時計の分解は良い体験ではあったが、無謀な冒険であったように思えてならない。

▼ChatGPTによる評価

このエッセイは、特定の出来事に焦点を当てているため、短くても非常に鮮明なストーリーが描かれています。筆者が柱時計を分解し、その後の結果に対する後悔や反省が丁寧に表現されています。

文章の構成は明確で、読み手をストーリーに引き込む力があります。筆者の子供時代の行動と、それに対する後の反省が対照的に描写され、エッセイ全体に深みを与えています。また、筆者の感情がリアルに伝わってくる点も良いと言えます。

ただし、もう少し文中において感情や反省の深層に迫るような表現があると、読者との共感がさらに強まるかもしれません。また、柱時計を分解することの意味や背景についてもう少し掘り下げられると、読者が物語により一層引き込まれる可能性があります。

総合的に見て、このエッセイは良く書かれており、特定の出来事から得られた反省や教訓が読者にも伝わりやすい構成になっています。

サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。