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映画「英雄の証明」感想

 一言で、主人公がとある行動により、一躍「美談の英雄」となるも、やがて一つの疑惑により、「詐欺師」の汚名を着せられます。彼がSNSを通じて翻弄される様子に、最後まで目が離せませんでした。

評価「B-」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 イラン南西部に住む元看板職人のラヒム・ソルタニ、彼は借金を返せなかった罪で刑務所に服役しています。
 ある日、彼の婚約者ファルコンデが偶然17枚の金貨が入ったバッグを拾いました。「これは神からの贈り物に違いない」、借金を返済さえすればその日中に出所できる、そう思った彼は示談交渉に挑みますが、失敗します。
 ラヒムは、いつしか罪悪感を持ち始め、金貨を落とし主に返すことを決意します。するとそのささやかな「善行」は、メディアに報じられて大反響を呼び、彼は「正直者の囚人」という美談の「英雄」に祭り上げられていくのです。吃音症の幼い息子シアヴァッシュもそんな父の姿を誇らしく感じていました。
 やがて、チャリティー協会を通じて、借金返済のための寄付金が殺到します。また、出所後の就職先も斡旋され、全てが順調に行くはずでした。
 しかし、SNSに「とある噂」が広まったことをきっかけに、彼を取り巻く状況は一変してしまいます。周囲の狂騒に翻弄された彼は、汚された名誉を挽回するため、悪意のない「嘘」をついてしまうのです。果たして彼は「英雄」か、それとも「詐欺師」か?SNSやメディアに翻弄されていく、一人の男の運命は如何に…(公式サイト・パンフレットより引用)

 本作のメガホンを取ったのは、イラン出身のアスガー・ファルハディ監督です。※尚、本作はイラン・フランスとの共同制作です。
 彼の作品は、映画祭では常連で、2011年の「別離」では、ベルリン国際映画祭にて3冠、2016年の「セールスマン」ではカンヌ国際映画祭の男優賞、脚本賞をダブル受賞し、この2作にて米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞しています。
 そして、本作は第74回カンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞し、2021年度米国アカデミー賞国際長編映画賞のショートリストに選定されました。

 彼の作品は、「人間と社会の本質に鋭く切り込み、善悪を『炙り出す』」作風が特徴的です。本作では、社会に「英雄」として祭り上げられた男性が、一つの「綻び」がキッカケで転落して「詐欺師」呼ばわりされ、やがて自分の名誉を守るために、嘘を重ねてしまう様子が、克明に記録されています。
 よくブログ記事を読む映画ブロガーさんお勧めの作品だったので、観てみました。

1. 「新旧」が混ざった実験的ストーリーに釘付けになる。

 本作は、ヒューマンドラマ系のサスペンス映画です。演出や劇伴は地味ですが、それらよりも脚本で勝負する作品でした。普段、ハリウッド映画や邦画に慣れている方だと、良くも悪くも「取っつきにくい」所はあるかもしれません。(現に、私もそうでした。)

 本作のストーリーを簡潔に言うと、「拾った金を持ち主に返したら、とんでもないことが起きた」という内容ですが、これは所謂、昔話や落語にありそうな内容だと思います。(例えるなら、「わらしべ長者」や「芝浜」みたいな。)
 しかし、ここに「現代のSNS社会の功罪」を絡めることで、ストーリーにスパイスを効かせています。こういった、「実験的ストーリー」は意外性が高いので、嵌まると面白いです。

2. 劇伴や衣装、食事など、「雰囲気」や道具」が作品にスパイスを効かせている。

 本作は、劇伴や衣装、食事など、「雰囲気」や道具」が良い味を出していて、とても印象に残りました。例えるなら、料理の上にスパイスをかけて美味しくした感じです。(中東らしく。)

 まず劇伴は、イランの民族音楽が多く、心地良かったです。特に街中やショッピングモールのBGMとしてナチュラルに流されると、本当に旅行しているみたいなリアリティーさがありました。(ここは、ディズニーの「アラジン」でもそうでしたが。)
 また、冒頭でラヒムが訪れたクセルクセス王の遺跡の壮大さ・荘厳さが半端なかったです。街外れに遺跡があるので、歴史の長さを感じました。
 そして、人々の生活も垣間見えました。例えば、大家族で住み、家人揃って豪勢な食事を取ったり、庭で沢山トマトを洗ってたり、ラヒムの出所祝いに「アッシュ」というスープを作って近所に配ったり、そこに住む人々の息遣いが頻繁に聞こえてきました。

 実は、中東作品を観るのは初めてでした。正直な感想を申し上げると、人物の見分けがつきにくかったので、各人物を見分けるのに、少々時間がかかりました。大体の男性は濃い髭面で、女性はチャドルを着ていたので。※チャドルとは、イランをはじめ、女性が外出時に着用する伝統的衣装で、イスラム教の女性がイスラーム圏において従うドレスコードの1つで、体全体を覆う黒系の布の形をしています。(Wikipediaより引用。)
 このチャドルもとても印象的でした。女性が、歩きながら、または風が吹くたびに「ファサー」っと揺れる所や、顔を見せるために布を上げる所はセクシーで色っぽかったです。

3. 思想や文化の違いで「理解しがたい」点はあるけど、「考えさせられる」点はあり。

 本作、日本とイランの思想や文化の違いのせいか、一部「理解しがたい」点はありましたが、それでも「考えさせられる」点もありました。

 イランでは、借金を返せなくなると罪に問われます。そして、法廷で懲役刑が課せられると、刑務所に入ることになります。しかし、これは「軽犯罪」なので、休暇を取って外出することが可能です。実際、本作はラヒムの休暇中に起こった話です。
 また、落とし物のバッグを持ち主に返すことは、果たして「善行」なのでしょうか?これで「美談の英雄」になるのか?という疑問はあります。だから、作中でこんなにラヒムが持ち上げられているのは、ある意味「不思議」でしょうがなかったです。
 ただ、こう思うのは、世界では「少数派」なんだと思います。実際、財布やスマホなど、遺失物が持ち主に帰ってくるのは、日本くらいだと聞くので。

 つまり、「善行と悪行の境目」は極めて曖昧で、国・文化・宗教・各々の価値観によって、全く異なるものに変貌するんだなぁと認識させられます。

4. 人間には「光」と「影」の部分がある。

 本作では、人間の「光」と「影」の部分が如実に描かれていました。アスガー・ファルハディ監督の作品には、こういう作品が多いそうです。

 ラヒムも、バッグを持ち主に届けるという「光」の部分があったと思えば、喧嘩っ早く、カッとなると手を上げる「闇」の部分を見せます。
 また、模範囚となったラヒムに対し、刑務所では「『囚人が更生』するのと、『一般人が真っ当に生きる』のは、どっちが評価されるのか?」という話になります。ここは、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に登場する両津勘吉の「ヤンキー理論」を思い出しました。「不良が更正したって何も偉くない、ずっと真面目に生きてる方が遥かに偉い。」の発言と重なりました。
 そして、本作に蔓延る「男尊女卑思考」は、観ててキツかったです。基本的に、女性は男性に強く出ません。また、ラヒムが子供の前で大声を出したり、暴力沙汰を起こしたりするシーンには、不快感を覚えました。

5. チャリティー協会の「闇」も描かれる。

 本作では、チャリティー協会の「闇」も描かれていました。イスラム教の教えの一つには、ザカートという喜捨(チャリティー)があります。皆で寄付金を集めて、それを困窮している当事者に渡す制度です。その使い道の一つには借金返済があり、ラヒムも自分の「善行」により集まった寄付金を、それに充てようとしていました。
 しかし、一連の騒動のせいで、ラヒムは寄付金を受け取れなくなり、結局それを「放棄」しました。そして、そのお金は、とある妻子のもとへ移行されたのです。何と、妻は死刑が確定した夫を、チャリティーで集めたお金で「免除」させようとしていたのです。
 それにしても、お金を集めれば、刑罰が軽減されるシステムにはビックリしました!本当に、「地獄の沙汰も金次第」、慈善事業は「慈善」だけでは食っていけない、一種の「闇」も描かれていました。

6. 話が「二転三転」するので、結末は想像つかなかった。

 本作は、誰が「善」で、誰が「悪」なのか、また各々の「正義」や「価値観」な何なのか、目まぐるしく変わり、話も「二転三転」します。そのため、結末は全く想像がつかなかったです。そこは、脚本に転がされてハラハラ・ドキドキしました。
 ただ、途中途中、追うのが忙しくて、理解が追いつかなかった箇所は結構ありました。そこは、鑑賞後にパンフレットや皆様の感想を読んで、理解を補足しました。

7. 「盗作疑惑」とは?

 実は、本作、アスガー・ファルハディ監督と、監督の元受講生との間で、「盗作疑惑」で係争中になっております。監督は、「名誉毀損」と「虚偽告発」で元受講生を訴えましたが、無罪判決となりました。逆に、元受講生は、監督が自分の作品を「盗作」したと訴えています。正に、「果たしてどちらが『真偽』かわからないのに、不明瞭な情報だけが『独り歩き』していく」様子は、本作のメッセージと当てはまります。これこそ、「事実は小説より奇なり」でしょうね。※本件の詳細は、出典の宇多丸氏のラジオ書き下ろしをご覧ください。

 最後に、本作は完成度はそこそこ高いものの、「ドンピシャで好きな作品」ではなかったです。理由は、アスガー・ファルハディ監督の作風に初めて触れたことや、イランの法律・文化的背景を知らなかった故に「理解が追いつかなかった」部分が多かったからです。
 しかし、新しいジャンルの作品に触れられた良い機会になったと思います。こういう作品にも、チャレンジしていきたいです。


出典 : 

・「英雄の証明」公式サイト
https://synca.jp/ahero/

・「英雄の証明」公式パンフレット

・落語で学ぶ「お金にまつわる」3つの教訓https://www.bank-daiwa.co.jp/column/articles/2019/2019_170.html

・チャドルhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB

・ザカート(イスラム教の喜捨) https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%88

・宇多丸『英雄の証明』を語る!【映画評書き起こし 2022.4.8放送】アフター6ジャンクションhttps://www.tbsradio.jp/articles/53165/


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