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最初の試練

次男が無事に産まれた翌日から試練が訪れた。長男と2人きりの生活だ。

2つの不安があった。

  1. ママ不在で長男の情緒が不安定にならないか

  2. ワンオペで漏れなく家事育児をこなせるか

まず1つ目だが、妻が友達とランチへ行くときなど、これまで半日ほどであれば私1人で長男の面倒を見てきた。丸一日、ママ不在だったことはない。今回は4日間もいなくなる。

ただでさえ、ママのお腹が大きくなるにつれて赤ちゃん返りをし、甘えの限りを尽くしていた長男だ。姿が見えないと「ママー!ママー!」と泣きわめき、コントロール不能な状態に陥ってしまうのではないか。

そして問題は2つ目。私は、妻とその家族から「ポンちゃん」と呼ばれている。かわいい響きだが、「ポン」はポンコツのポン。そう、私はとんでもなく抜けている。自分でもビックリするくらいのポンコツだ。

海外旅行の出発前日にパスポートの期限切れに気がついたり、ホテルの予約を1ヶ月も間違えてチェックインできなかったり、市場で外国人の男性に試食させて欲しいとお願いするのに「Please try me!」と伝え、苦笑いされたり。(妻はよくこんな男と結婚してくれたものだ)

ポンコツエピソードには事欠かない。この4日間で一体どんな事件が起きるのか。息子よりもむしろ自分の方が心配だった。



1日目

迎えた初日。
あっけないほど平穏な一日だった。

起き抜けから「ママはー?」と長男が聞いてきた。「ママは病院にいるよ。赤ちゃんと一緒。まだお腹が痛い痛いだから帰ってこないの」と説明すると、状況を把握したのかそれ以上は何も聞いてこない。すんなりと朝の準備を済ませて保育園に送ることができた。

なんて聞き分けがいい息子なんだ…と成長を誇らしく思った。

一方、わたくしポンちゃんも順調そのもの。帰宅後すぐに洗濯機を回し、その間に食器を洗い、隅々まで掃除機をかける。衣類を干すまでの時間もまったく無駄がない。我ながら完璧な流れだ。

夕方のお迎えまでに夕飯づくりを済ませることができ、寝る直前までめいっぱい長男と遊んであげられた。ママ不在の影響を感じない充実した一日となった。


オムライス。ちょっと口元が怖い


2日目

変化が見え始めたのは翌日、長男が保育園から帰宅してからだった。

とにかくひっついて離れない。ひっつき虫と化してしまったのだ。その場から立ち上がっただけで、「パパどこいくのー?」と精一杯の力で抱きついてくる。「トイレだよ。待っててねー」と伝えても絡ませた腕をほどいてくれない。

アラフォーの体力ではしんどい



危ないのはキッチンに移動したときだ。

この日は夕方から夕飯づくりに取りかかったが、設置してある柵のロックを解除して長男がキッチンに侵入。全体重を預けてしがみつくだけでなく、「なにしてるのー?」と手を伸ばしてくる。包丁なんぞ使えたもんじゃない。「痛い痛いしちゃうからダメだよ!」と強めに叱った。

まだ長男は2歳になったばかり。ママがずっといないのに寂しくないわけがない。本当は「ママ―!」と泣き出したいのに、必死に堪えているだけではないか。

感情にフタをして溜め込んでしまうことの方が心配だ。「ママがいなくて寂しかったら泣いていいからね」と伝え、言動をしっかり観察せねばと思い始めた。

3日目


そんな長男の不安定さは3日目で顕著になった。

まず朝起きてから2回もお漏らしをした。すでにおむつが取れている長男は、普段なら尿意を覚えると「おしっこー」と自己申告しておまるに跨ってくれる。

しかし、この日はおまるに跨ることも「イヤ」
ズボンを下ろすことも着替えることも「イヤ」
朝ごはんを食べさせようにもまず「イヤ」

朝の慌ただしい時間帯に大きなシミのついたズボンとパンツの下洗いというタスクが加わるだけでなく、何一つ、事が運ばない。

このままではマズイ。保育園に遅刻してしまう。せめて自分の身支度だけでも済ませなければ…。ということで伝家の宝刀を使うことにした。

タブレット端末~~~~!!

長男が好きなそうな恐竜や乗り物のアニメ動画を再生し、見入っている間に朝の支度を進めてしまおうという非常に安直な作戦だ。

だが適当に選んだアニメを流しても納得してくれない。やたら「ドロボウ!ドロボウ!」と連呼する。サッパリなんのことかわからない。泥棒が出てくるアニメのことか。

サムネイルの中からそれっぽいやつを選び直すのだが、「ちがうーーーーーーーー!!!」とさらにご機嫌ななめになってしまった。きっと「ドロボウ」はママなら通じる合言葉なのだろう。

結局、準備に手こずり、保育園には10分ほど遅刻。

そして、ついにポンコツも活動を始めた。夏場は登園時に、子どもをプールに入れて良いか体調チェック表を記入しなければならないのだが、すっ飛ばしてしまった。猛暑が続く日々なのにプールに入れてもらえない。

ここで神が降臨した。記入漏れに気づいた先生が気を利かせて「今日はプールに入れて良いですかー?」と電話をくれたのだ。「ああああぁぁぁすみません…お願いします」情けない限りである。神のお導きでなんとか事なきを得たが、手を煩わせてしまった。

一難去ってまた一難。帰宅後も「名もなき家事」の多さに面食らう。

洗濯をしたのに長男のTシャツの食べ物ジミが落ち切っておらず、手洗いからやり直し。ベッドのシーツを交換しようにもストックがどこにあるのかわからない。スーパーへ買い出しに行っても、長男がお気に入りのパンは一体どこだ?と、オロオロと彷徨うも結局見つからず。

いちいち、そんなことで入院中の妻に電話した。一日に2回も3回も。「あーあそこだよ」とヒソヒソ声でおしえてもらう。

悔しいが完敗だ…。名もなき細かいものまでこなして、ようやく家事が完遂する。現状では力不足だと認めざるを得ない。

打ちひしがれ、クタクタになりながら、ようやく迎えた最後の夜。寝かしつけのために寝室へ向かうと、長男があるものに興味を持った。

迎え入れる準備は完了

ベビーベッドだ。不思議そうに眺めていたので、「これは誰のー?」と聞いてみる。すると「あかちゃん」と答えた。ちゃんとわかっている。

今度は反対に長男が聞いてきた。「ここはー?」私とママと長男の3人が普段、川の字になり寝ているベッドを指さしている。少し不安そうな表情に見えた。赤ちゃんにパパとママを奪われ、もう一緒に寝てくれないのではないか?という不安を子どもながらに抱いているようだ。

目を見て、ゆっくり、はっきり、伝えてあげた。「○○くんと、ママと、パパのベッドだよ。ここまでよく頑張ったね。明日からまたみんなで一緒にねんねしようね」

満たされたような笑顔だ。

やはり、まだ幼いからと説明を省いたり、取り繕ってはいけないのだな。言葉にして伝える大切さを子どもから学ばせてもらった。

4日目


昼過ぎにママと赤ちゃんが退院する4日目。

ひっつき虫が顔を出し、なかなか朝の準備が進まない。前日までなら「保育園に遅刻しちゃうー!」と気持ちがはやるところだが、登園させれば2人きりの時間はおしまいだ。パパを頼り、甘えてくる姿が愛おしくて仕方なかった。

保育園へ送る道すがら。小さな手を握りながら、一歩一歩、嚙みしめるように歩く。

何歳までパパを頼ってくれるかな。近所の先輩ママも「子どもはあっという間に大きくなるよ」といつも言っているし。この時間さえも尊いな。

少し後ろ髪をひかれるような想いで、長男を先生へ渡す。はぁ。これで一区切り。お疲れ!自分!と、労うと同時に次のミッションへ頭を切り替えた。 

退院する2人のお迎えと、兄弟の初めての対面だ。

先輩ママや保育園の先生によると、この初めての対面が“超絶”大事らしい。対面の仕方を間違えるとお兄ちゃんが「弟にママをとられた!!」となり、後々まで嫉妬にまみれて大変なんだとか。

必ず!!!(声を大にして言っていた)、赤ちゃんを抱っこするならママではなくパパ。まずママがお兄ちゃんを抱きしめてあげる。間違ってもママに赤ちゃんを抱っこさせないこと。

車で病院に向かう間も、この言葉を反芻していた。

病院に到着すると、妻が帰りの身支度を1人でほとんど済ませていた。さすがである。傍らで赤ちゃんも気持ちよさそうにスヤスヤと寝ている。顔の赤みとシワがとれて人間らしくなってきた。何ら問題なく無事に退院だ。

妻と帰路に就く車中で作戦会議を開き、対面の流れを考えた。

まずお兄ちゃんが保育園から帰宅したら玄関先でママと再会させる。抱きしめて愛情をたっぷり伝えたら、リビングで寝かせておいた弟に会わせる。ざっくりこんな感じだ。

果たして、お兄ちゃんはどんな反応を見せるのか。

夕刻。お迎えを済ませ、いよいよ、そのときがきた。ガチャっ。
「ただいまーー!ん?…ああー!」

驚きの表情を見せたのち、ママの懐へ真っ直ぐに飛び込んだ。約100時間ぶりの再会。泣き出すこともなく、顔をうずめながら照れくさそうに笑っている。むしろ号泣しているのはママの方だ。

さて、今度は兄弟の初対面。先に私がリビングに移動して赤ちゃんのそばでスタンバイ。お兄ちゃんを抱っこしたママに「いいよー!」と合図を出した。

てくてくてく。いつもとは違う空気を察しているのか探るようにゆっくりと近づく兄。

パパ「これだあれ?」
長男「おんなじだねー!」

と、意味不明の返答。ママと赤ちゃんを交互に指差している。「ママの赤ちゃん」と言いたいのかもしれない。

「触ってもいい?」と聞いてきた。「いいよ」と伝えると、ツンツンと言いながら鼻先をつつく。ツボにハマったのか、ケラケラと笑いながら何度も何度も繰り返す。

「赤ちゃん、かわいいね〜」

兄なりの方法で距離を縮め、弟を家族として認めてくれたようだ。心配していた嫉妬心も見られず、ホッと胸を撫で下ろした。

かくして、家族4人での生活がスタートし、大きな事件に遭遇することもなく「試練」は幕を閉じた。

強いて言えば、私は入院中の妻の面会後、乗ってきた義父の車とは種類も色も似つかない他人の車に乗り込む「事件」を起こしている。

この場をお借りして、運転席にいた男性に改めて謝罪したい。あのとき助手席に我が物顔で乗り込んできたポンコツは私です。本当に申し訳ありませんでした。

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