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美術の感想・批評

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レイヤーの複層化の複雑化(175)

レイヤーの複層化の複雑化(175)

Twitterで流れてきた絵が記憶から消えないのでメモとして。

175さん(@milky_chiffon_ )という方が「忘れないでね、」という文章とともにTwitter(現X)投稿されたこの絵に胸を打たれた。その理由を考えたとき、レイヤーという論点が浮かんだ。この絵では、①シールの層、鉛筆画の層、写真の層といった画面のレイヤーの複層構造に加えて、②現在と過去を往来する小中学校の頃のシール、目の

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美術の歌(その1)

美術の歌(その1)

李禹煥(リー・ウーファン)は、「もの派」を牽引したアーティスト。もの派とは「石や木、紙、綿、鉄板といった素材をほぼ未加工のまま提示し、ものの存在自体、あるいはものと周囲との関係に意識を向ける」日本美術の動向(筧菜奈子『めくるめく現代アート』2016年、p110)。

普通、短歌でそんな存在感を持つ作家を引用すれば、一首の雰囲気がその作家に飲まれてしまう、つまりその作家の作品や雰囲気をただ散文化に劣

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縦書きの砂糖(山本アンディ彩果「エターナル・ストーリー」)

縦書きの砂糖(山本アンディ彩果「エターナル・ストーリー」)

 2021年12月2日〜18日、山本アンディ彩果の個展「存在の輪郭」が東京・神保町「無用之用」にて開催された。展示された作品「エターナル・ストーリー」についての感想を以下記す。

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 あなたの記憶はどんなかたちをしているだろうか。僕は記憶を水のようなものと思っていた。山本アンディ彩果の作品「エターナル・ストーリー」は、記憶の優れた比喩である。僕たちが今まで持ってきた記憶について

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本が美術作品になるとき(増本綾『届かなかった言葉たちを』)

本が美術作品になるとき(増本綾『届かなかった言葉たちを』)

 活版印刷作品を中心に制作する美術作家・増本綾が、京都・泥書房での個展「文字は立ち上がるか」(9/11〜17)において、写真を集めた美術作品『届かなかった言葉たちを』を発表した。本が美術作品になりうることを確信させる作品だった。通販はこちら。

1 はじめに このコンセプチュアルな作品を鑑賞するにあたっては、前書き(「前書き」と明示されているわけではないが作品冒頭に置かれた文章を本稿では便宜上こう

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東京藝術大学 卒業・修了作品展2021

東京藝術大学 卒業・修了作品展2021

 藝大の卒展に行ってきた。エネルギーに満ちていて心地のよい空間だった。特に印象に残った二作品について短く感想を書きたい。

 まずは岩崎広大さんのインスタレーション「14の箱、659の標本」。とある博物館から廃棄される予定だったという蝶の標本に、風景が印刷されている。まずは廃棄から蝶の死を救っている。また、その蝶が飛んでいたかもしれない風景を弔いのように思い起こさせる。それでいて、実際には死んだ蝶

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意識のための碇(Lee Kit「All things bright and beautiful」)

意識のための碇(Lee Kit「All things bright and beautiful」)

 東京・六本木のシュウゴアーツにおける李傑(Lee Kit)の展示「(screenshot)」(2020年12月12日〜2021年1月30日)で特に印象に残ったインスタレーション「All things bright and beautiful」(2020)について短く書きたい。

 「All things bright and beautiful」は、①展示室の白い壁にプロジェクタで映し出される、

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空間を彫る(須田悦弘論)

空間を彫る(須田悦弘論)

 夏の原美術館でインスタレーション「此レハ飲水ニ非ズ」を見てから、木彫りの精密な草花を作る現代美術作家 須田悦弘の世界にすっかり引き込まれてしまった。その後も各地で須田作品を観た。まだ全作品を観てはいないが、とりあえずの須田悦弘論が筆者の中で形成されつつあるので、各作品の鑑賞とともに、以下、記録しておく。

1 時間の落差: 此レハ飲水ニ非ズ(2001年、原美術館) 黒タイル貼りの古いトイレのよう

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神の視点(内藤礼「精霊」他)

神の視点(内藤礼「精霊」他)

 金沢21世紀美術館で開催されていた内藤礼「うつしあう創造」展に行ってきた。特に印象に残った作品について感想を以下記す(特段断りなき限り写真は筆者撮影)。

1 精霊 四方を硝子で囲まれた中庭の上方、東西に一本の紐、南北に一本の紐が緩くわたされている。紐は白く細く柔らかい。
 2本の紐は風が吹くたびにふわふわ上昇し、触れ合い、擦れ合い、離れたりする。その様子から、鑑賞者は、人間同士の出会いや運命の

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国境を越えないという選択 (須田悦弘「此レハ飲水ニ非ズ」)

国境を越えないという選択 (須田悦弘「此レハ飲水ニ非ズ」)

 道中の暑さに生命の危機を覚えながら、来2021年1月に閉館する原美術館(東京・品川)に行ってきた。特別展は「メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020」(9/6迄)。朗読からの想像と実際の空間を混合させる小泉明朗の作品からは、聴覚が他の視覚や嗅覚に干渉してくる恐怖を感じた。

 そして、特別展からは外れるが、記憶に強く残ったのは、常設の、須田悦弘のインスタレーション「此レハ飲水ニ非

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光をばらす (三瓶玲奈「色を編む」他)

光をばらす (三瓶玲奈「色を編む」他)

 2020年6月27日〜7月12日、東京の西武渋谷8階で開催されていたグループ展「燦三と照りつける太陽で、あつさ加わり体調を崩しがちな季節ですが、規則正しく健やか奈日々をお過ごしください。展」を観てきた。以下その感想を記す。(写真は自分の記録用だったのでやや傾いていますが何卒ご容赦を)

1 展示名 この長い展示名は、「各作家の名前を一文字ずつ取って」名付けられたとのこと。参加の各作家とは、小林正

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夢19話、現実1話、そして (増本綾「夢境之本」)

夢19話、現実1話、そして (増本綾「夢境之本」)

先般、台湾在住の活版印刷作家・増本綾さんの作品「Nineteen Dreams and a True Story」(中国語名:夢境之本)を入手した。約2000円で通販中(中国語サイトだけど漢字なので何とかなりそう)。限定55部。英語の本なので、英語で書いた批評をここに公開する。美術と文学の間にたゆたい、"共有すること"をテーマとする芸術作品です。

Introduction It was one

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くるりの「悪魔」試論

くるりの「悪魔」試論

1 はじめに 人を傷つけた後悔で、自分は悪魔だと感じることはないだろうか。ここでさらに考える。人は悪魔になるのか、それとも悪魔が人の中に入ってくるのか、と。過ちを避けるには、悪魔が入ってこないようにすればよいのか。それとも自分が悪魔であったならどうすればよいのか。

 そんなことをつらつら考えていたとき、くるりの「心のなかの悪魔」を聴いた。そういえば、くるりの歌には「悪魔」がよく出てくる印象がある

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明るさ (岸田劉生「初夏の麦畑と石垣」)

明るさ (岸田劉生「初夏の麦畑と石垣」)

画家の岸田劉生(1891年〜1929年)を知ったのは、中学校の美術の教科書に載っていた「麗子像」がきっかけだった。その後、この麗子像には多くのバージョンがあると知った。どの絵からも麗子への愛憎が感じられ、怖くなった僕は少し距離を取っていた。

最近、ウェブ版「美術手帖」の記事で、展示「日々を象(かたど)る」が紹介されており、そこで岸田劉生の「初夏の麦畑と石垣」という絵を知った。

「初夏の麦畑と石

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隔離式濃厚接触室をめぐる詩情試論

隔離式濃厚接触室をめぐる詩情試論

アーティストの布施琳太郎氏と詩人の水沢なお氏による二人展「隔離式濃厚接触室」を観てきた。詩情について考えたことをここに記したい。

1 展示概要(以下引用元は全てhttps://rintarofuse.com/covid19.html

名称:隔離式濃厚接触室
会期:2020/4/30(木)〜無期限
時間:24時間
会場:rintarofuse.com/COVID19
入場料:無料
キュレーショ

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