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静江と美智子。

ロッテリアに入った。
お店に入るとすぐ右手にボックス席と左手にレジカウンターが並んでいた。

ボックス席には初老の女性がふたり、向かい合って座っていた。わたしはメロンソーダを手に、そのふたりと、ひと席分あけて隣へ座った。

わたしは待ち合わせの時間を持て余しここへ来た。

席につくと、聞くつもりはなかったが、隣の初老のふたりの会話がよく聞こえてしまった。

ふたりの関係はパッと見、仲の良い友人に見えた。昼間にのんきにお茶しにきた風だ。

例えば片方を静江さん、片方を美智子さんとしようか。

「帰ったら何しようかしら」ソファ側に少しダラってと腰かけて、ゆるく話す美智子さん
「顔でも洗ったら?」ボックス席の椅子側に座っている静江さんがサラッとかえす。やや厳しくも感じる。イライラしている?
静江さんは何やらレシートでも見ているのか、背筋をのばし、テーブルを見て作業をしたまま答えた。

美智子さんは気にとめる様子もない。
美智子さんは何やらとりとめなく呟いているが何を言っているのかいまいちわからない声。

静江さん「そろそろ歩こう。ほら、わたしがその重い方の荷物持ってあげるから。」長いことやすんでいたのか、美智子さんのだらだらとしたゆるい感じにしびれを切らしたのか、店をでる促しを始めた静江さん。

美智子さん「そんな、平気よ〜」のんびりした間でゆっくり返す。
しかし、静江さんは「ほらほら、これをこうすれば、」とテキパキと支度をする。

美智子さんは静江さんに押されて支度を始める。

ほらこの黄色いのはここでしょ。静江さんは美智子さんの横にいつのまにか立っていて、美智子さんのバックにしまう手伝いをしている。

どうやら、ふたりは休憩がてらロッテリアに入ったようだが、そろそろ静江さんは外に出たがっているようす。

それにしても、静江さん手伝いすぎ。

ふたりの様子の違和感の原因に気づいた。
美智子さんののんびり、というか、少し遅い会話のペースとだらっと座っている姿勢、静江さんへのゆるい反応。

美智子さんはおそらく加齢による脳機能の低下が見られるのだろう。曲がった背中は姿勢が固まり、座る姿がダラっと見えた。遅い会話のペースも、のんびりした動作も本人の意思とは関係なく、身体機能の低下がもたらしたものと見ると自然だった。

静江さんはそんな友人をかいがいしく世話をしている。美智子さんをよくわかっているから、ピシャリと会話を返し、動作をリードして、援助した。

まもなく静江さんは美智子さんの手をとった。
美智子さんは静江さんとしっかり繋いだ手の反対には杖を握っており、立ち上がった時に見えた腰や足は痩せて細かった。
その痩せた足、繋いだ手と杖を見て、美智子さんの身体機能の低下がみられる状態にあることを確信した。

静江さんは美智子さんの手をしっかりと掴んで歩行をリードし、美智子さんも静江さんの手をしっかり掴んでリードにまかせ、杖をついて前を向いて歩いて行く。

思わずふたりの姿にぐっときた。胸が熱くなる。
静江さんと美智子さんは昔からの友人なんだろうか。美智子さんの様子をよく理解して付き合っているようだった。

静江さんは身体機能が衰えてから、外出が減り、人と話さなくなり、会話の機能も足腰を弱くなった。まるい背中と痩せた足は、歩くことが少なくなった身体の筋力が衰えた結果がもたらしたものだろう。緩慢な会話の受け答えも同じ要因だろう。

わたしが胸を熱くしたのは、その関係性だ。 

わたしにも、歳をとって病気をしたり、身体が不自由になっても、支え合って生きていきたいと思っている大切な友人がいる。

今まさにメロンソーダを飲みつつ待っている彼女だ。

思わずふたりの様子に私たちの老後を重ねてしまったのだ。

そうか、歳をとって、支え合って生きていくってこういうことか。と思った。

気の合うふたり、会話は10話さなくてもお互いの言いたいことがわかるから、阿吽の呼吸でぽんぽんとはずんだ。どんなことも話せたし、辛いことも悲しいことも共有できる唯一無二の人。

だけど、そんなふたりでも、会話は噛み合わなくなる時がくるかもしれない。思うように身体は動かなくなり、おんなじテンションで笑えなくなるかもしれない。同じものを見たり食べたり感動したり、そういうことに食い違いが起こるのかもしれない。 

そうなっても昔からのよしみで、長い付き合いで、愛着や愛情で、くされ縁で、どうしても手放せない相手になるのかもしれない。

そうなった時、あんな風に、静江さんと美智子さんのようにしっかり手を繋いで、助け合って生きていけたらいいな。と思った。

店の自動ドアを出て、外の通りに出たふたりの後ろ姿をガラス越しに、その姿が見えなくなるまで見つめていた。

静江さんはシャキッと背を伸ばしてしっかりと美智子さんの手を握って前を見て歩いた。
美智子さんもまた静江さんの手をしっかり握り、反対の手で杖を握って、支えられながらも、丸い背中のまま、顔をあげ、しっかり前を見て、細い足でゆっくり歩いた。ちゃんとふたりでゆっくり歩きながら通りの人ごみに消えていった。

わたしはふたりの後ろ姿に自分とかけがえのない友人の未来を見た気がした。

残っていた、メロンソーダを飲み干し、ストローの先がズズズっと鳴ったころ、携帯の待ち受けがひかった。

ラインの通知に見慣れた名前が浮かんだ。

わたしはその名前の主のもとへ行くために席をたった。

さっきみた光景の話はきっとしないけど、大切に胸にしまって、いつかきっと見習うだろう。








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