あの日、私は子ども連れて、逃げて、逃げて、逃げた(1)

理久は片目をくり抜かれ、所々、毛を焼かれた小さな子猫のようだった。

その顔は透明のプラスチックケースの中で、口を一生懸命開けてはいるけど、まるで綿を噛んでいるように小さな小さな泣き声だった。

超未熟児だった。
先ほど、先生から脳などに障害が残るかもしれないと言われたばかりだ。
喉から胸にかけて小石が降りていくように、痛い。

私が痩せすぎているからだ。

嘉久が「繭は頑張ったんだ。病室に戻って休もう。」と優しく言った。

私は返事をせず、嘉久に肩を抱かれてNICUを出る。
夜の薄暗く長い廊下をシュ…シュ…シュ…とスリッパを擦る音だけが響いた。

嘉久に理久を抱かせてあげたかった。
嘉久も理久の誕生をとても楽しみにしていた。
嘉久は、私が妊娠してから出社時間を1時間早めるようになり、なるべく早く帰宅してはときどき夕飯も作ってくれた。

きっと嘉久は、産まれた理久を抱いた瞬間、泣いて喜んだにちがいない。
だから、表向きは私を責めたりしないけど、嘉久の心の中はわからない。

しかし、そんなことより、もし、理久が不憫なことになっても、私は理久を守るだけだ。
もう何カ月も前からそう決めている。

とにかく、やることは決まっているんだ。


(つづく)

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