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短編 : 『ナイフと宝もの』

  (約1,600字)

ひとちゃんが死んだー?


ある日、病院の一室に呼ばれた。


あたしはひとちゃんが子どもの頃、唯一、友達と呼べる遊び仲間だった。

学校に行くと、あたし達は口を聞かなかった。ひとちゃんは俗に言う悪い育ちの子だった。

あたしは「水商売を生業にしている家の子とは遊んじゃダメよ」と言う母の教えを守った。

だから、誰もひとちゃんとあたしが宝箱を共有する仲良しだとは知らなかった。

ひとちゃんは優しかったけれど、勉強がいまいちだった。
学校では運動部に所属していて、そこでは人気者だった。

運動部は毎日、練習があったけれどひとちゃんはサボってばかり。
ひとちゃんはスポーツにおいては何でも得意だから、大会に出れば活躍して結果を残した。部活のサボりは不問に付された。

だから、ひとちゃんは周りには部活動と言って、帰り道にあたし達は一緒だった。

あたし達は進学も、就職も、別の道を選んだ。

「いつKさんと会ったのですか」

ひとちゃんは社会人になって、別の名前を名乗っていた。

あたしは真面目な表情で、その人に答えた。

ーひとちゃんから連絡をもらったんです。もうすぐ死んじゃうから、会いに来てって。それで病院で再会しました。
それまで音信不通でした。

「あなたはペティナイフを持っていましたが、果物を切って、なぜ持ち帰らなかったのですか」

ー果物は3個、持って行きました。また食べたくなったとき、付き添いの人に切ってもらえると思ったんです。だから、フルーツの籠に置いてきました。100均で買った安物だから、いいかなって‥‥

「病気は何か、聞いていましたか?」

ー癌になったって、言っていました。ステージ4で、もうひと月ももたないって‥‥後生だから、渡したいものを取りに来てほしいと。
一冊の本でした。それをもらって帰りました。

あたしは、もう一つ、紙袋に入っていたモノの話はしなかった。

「Kさんは、精神を病んでいました。看護師はあなたをごきょうだいと間違えて病室に通しました。同じ名前だったから、勘違いしてしまったようで‥‥いま、昏睡状態ですが」

はぁ‥‥とあたしは真面目な表情を崩さずに気を付けながら、間抜けな返事をした。

正直、ひとちゃんのことはどうでもよかった。

昔、少しだけ仲良くしていたけれど、他人には仲がいいとバレないように付き合わなければいけなかった。

あたしの家族には総スカンの家。
水商売の母親は男を取っ替え引っ替えし、いつも家を空けていて、盗みをすることでも有名だった。

それより、あたしは茶色の紙袋の中身を確認したくて落ち着かないでいた。

本なんか興味はない。
昔、読んだことがある内容だ。

銀行のカードが入っていたのだ。

ひとちゃんは言った。

「一番、嫌いな人の誕生日が暗証番号なんだ」


あたしは、いくら残高があるか分からない銀行のカードを隠し持っていた。


昨日、一晩かけて「ひとちゃんの関係者の誕生日」を調べたのだ。

こんなところで世間話をしている暇はなかった。

「それでは、あなたがKさんの自殺未遂の動機とは関係無さそうですので、これでお帰りください」


ーあの‥‥ひとちゃんが目覚めたら、またお電話ください。


神妙な表情のまま、病院の無機質な一室から解放された。


暗証番号は、5回でロックされてしまう。


ひとちゃんの付き合っていた人‥‥親、きょうだい、学生時代の親友、運動部に誘った恩師、パートナー‥‥みな誕生日のメモに揃っていた。


あたしはATMに急いだ。

一つ一つ、ひとちゃんの人生に関わった人の誕生日を打ち込む。


4回、アウト。


あと一回。


あたしの誕生日。


ヒットした。


あたしは苦笑いをしながら、限度額まで引き出した。


なんだよ、ひとちゃん。


死ぬなよ、

文句の一つも言ってやらなきゃ、
嫌いな人間だって言われた自分が
あんたが汗水流して働いたお金、使う権利なんてないじゃん。


昏睡状態のひとちゃんに、もう一度、会いたくなった。


ちょうど必要だったもの、

あたしが100均で買って渡してしまったのか。



               おしまい。




※フィクションです




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