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映画試写:「アダマン号に乗って」ニコラ・フィリベール監督、2023

試写で拝見しました。まことにありがとうございます。


パリの精神疾患専門のデイセンターと、そこに通う患者たちを捉えたドキュメンタリー映画です。2023年ベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞しました。

舞台となるのは「デイケアセンター・アダマン」。
サン=モーリス病院(パリ郊外、ヴァンセンヌの森の南端に接する総合病院。ヴァル=ド=マルヌ県)直属の施設です。


「デイケアセンター・アダマン」の特殊性は、なんといっても、センター建物がセーヌ右岸に浮かぶ船であること。

アダマン号は、デイケアセンターとして設計された船で、2009年から造船がはじまり、医療施設としては2010年にオープンしました。デザインをてがけたのは、水辺建築を得意とするセーヌ・デザイン(所長はジェラール・ロンザッティ先生)。


アダマン号が係留さているシャルル・ドゴール橋は、右岸のリヨン駅と左岸のオーステルリッツ駅をつなぐ車道を中心とする橋梁です。このあたりは、19世紀はかつては経済の要衝であった地域ですが、2000年代に入って再開発が進められました。
アダマン号のすぐそばには財務省(ベルシー)の平均台のようなファサードが水面にニョキッとだし、斜向かいには、ヤコブ&マクファーレン設計のモード・デザイン美術館のアオダイショウのような緑の建物が光っています。

アダマン号の開設は、2000年代初頭から活発化したセーヌ河岸の水際整備事業と、パリ市西側(12区、13区)の鉄道跡地の流れのなかで一体的に行われたのかなあ、と推測する次第です。
都市開発(ユルバニスム)の視点で見れば、セーヌ河岸を整備して軽やかな船型デイケアセンターを組み込むはアダマン号の事例は、フランスの都市計画に通底する共生の思想が現実化、可視化されていて、興味深く思われた次第です。



*ちなみに、アダマン号、アーキ・デイリーでも紹介されていました。


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そんなアダマン号ですが。
通ってくる患者さんたちもなかなか魅力的です。

アダマン号はおもにパリ1〜4区を居住地とする成人の精神疾患患者を対象としているようで、アーティスティックな風貌の患者さんがスクリーン上に次々に現れるのもなんだか頷けます。
ケアの一環として、患者さんたちが自作のイラストを解説をしあう場面がありますが、語る言葉も作品も、洗練されていたり深みがあって、ひきつけられます。
彼らが水上で始めるシャンソンやギター、ピアノ演奏など、さながら即興ライブのようであり、アダマン号の文化的な豊かさは、単にこの施設がパリにあるからだけでなく、戦略的、実験的に設置された施設ゆえなのかもしれないですね。

フィリベール監督のカメラは、患者さんたちの個性や魅力をとらえながら、表現者的な痛みや繊細さに寄り添い共鳴するかのように、アダマン号の独特な空気感とセーヌの軽やかな光をフィルムにいっぱいに吸いこんでいきます。

患者にとって、アダマン号が仲間達と邂逅できる晴れの場である一方で、この船からひとたび降りると日常という闇に引き戻されるのかもしれない。そんな予感をさせるのも、9カ月に及ぶ撮影でセンターの環境や人々のあいだに馴染むようにしてカメラをすべりこませたフィリベール監督とスタッフの、なんというか、現実以上の目に見えないものを明らかにする技術、みたいなものなのでしょうか。

明るく笑った次の瞬間に言葉を失って沈黙する患者たちが見つめる痛みや闇が、彼らの瞳に直接つながってるようにもみえて、セーヌから遠く離れたこちらで、勝手に狂おしくも暗澹とした気分にもなりながら、希望をすてない強さや優しさ、柔軟さ、しなやかさの大事さというのを、フィリベール監督のカメラが教えてくれた、というのも無責任な言種なのかもしれないですが、だけどやっぱりそう思いました。

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なんだかまとまらないので、資料だけ残して、もうちょっと考えていきたいです:

パリ市、フィリベール監督との対話イベント(le 19 avril, 2023)
https://www.paris.fr/evenements/sur-l-adamant-debat-avec-nicolas-philibert-34368

ル・モンドの記事
https://www.lemonde.fr/smart-cities/article/2022/03/23/quelle-place-la-ville-doit-elle-accorder-au-soin-une-conference-le-monde-cities-a-paris_6118733_4811534.html

パヴィロン・アルスナルの展覧会
https://www.pavillon-arsenal.com/fr/expositions/12408-soutenir.html

リヨン駅周辺開発
https://cdn.paris.fr/paris/2022/06/15/671c63ca1fc4629ef52eaede2d1b4d09.pdf

https://www.hopitaux-saint-maurice.fr/Adamant/5/138/102

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