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我慢してれば、いい人でいられる

私が我慢すれば、波風立つことなく平和に過ぎる。

気づけばそんな思考に支配されて、どんどんどんどん我慢することが当たり前になっていた。

我慢してれば、いい子でいられる。
我慢してれば、いい人でいられる。
我慢してれば、いい妻でいられる。
我慢してれば、いい母でいられる。

いろんな顔を持った私は、いろんな我慢をしている。

でもそれって本当に我慢なのだろうか。

聞き分けのいい子を演じたり、ノリのいい友だちを演じたり、理解ある妻を演じたり、包容力のある母を演じたり。

何のための我慢なのか?

見て見ぬふりしてるだけやん。
めんどくさいから逃げてるだけやん。

私は我慢強いから大丈夫。
私が我慢してれば大丈夫。
そう言い聞かせて、人と対立することを恐れ、そして、何より自分の心と向き合うことを拒否してきた。

どうすればこの我慢から解放されるんだろうか。
今更、どうやって自分の心の声をむき出しにすればいいんだろうか。

弱い私の我慢武装、いつまで続ける?

人の顔色をうかがって生きるのはもうやめたい。

我慢があふれて涙をこぼすのはもうやめたい。

人生が長くなればなるほどに、いろんな顔が増えるから、どの顔の私も私でありたい。

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