料理人の休日【その1】
料理人の皆さんは休日の貴重な時間をどのようにお過ごしだろうか?
親しい友人とカフェや買い物を楽しむ。
普段会えない彼氏、彼女に会いに行く。
愛する家族と自宅でゆっくりくつろぐ。
気になるレストランに同僚と食事に行く。
自分の趣味に時間を割く。。。
仕事の疲れを癒やすことが優先的になるだろうが、それも年齢、料理の経験年数、家族構成や住んでいる場所、労働環境によって様々だと思う。
ホテルなどの大きな企業に努めている料理人は、基本週休2日、8時間労働が基準となり、有給休暇もしっかり一般のサラリーマンとそれほど差がない。
だから休日の時間をコントロールしやすいと思う。
それに比べて個人経営のレストランに勤めている料理人の多くは、昼、夜の営業時間とそれぞれ営業の仕込みを含めて最低でも10時間から12時間の拘束時間になる。
休日も基本週1日の料理人が多数で、週に2日の連休が月に一度あればましなのかもしれない。
都心部のレストランに勤めると出勤時間に片道最低30分、長い人で1時間以上かけて出勤する人もいるし、実際私がそうだった。
私が日本で働いていた2000年代前半、当時は片道の出勤に1時間以上かける人は珍しくなかったし、労働時間も昼営業後の休憩を挟まず(実際休憩する時間がなかった)15時間労働が当たり前のように存在していた。
高級レストランになればなるほど自然とお客さんの滞在時間も長くなり、常連のお客さんは来店時間が遅く、若く料理経験の浅い人にはとても負担でストレスなことである。
『高い志や技術を自ら求めているのであれば長時間労働は当たり前だ。』
なんて声も聞こえてきそうだが、料理人が技術を磨き見聞を広げる時間と、労働時間が一緒になってしまっては、趣味・思考の変化する速度が早い今の時代、同じ環境に長く留まっている料理人は可能性を自ら閉ざしてしまうように感じる。
まあ、すべての料理人が高い志やモチベーションを持っているわけではないが、少なくとも料理人の方にはもっと休日を有効に過ごすためにも、働き方に余白を作れないものかと日々考えてしまう。
何故ならば料理の経験や知識を時間をかけて重ねてきたなかで、若い頃に休日を利用して様々な分野の見聞を広げる事ができていれば、アイデアや自分の経験不足を感じて立ち止まってしまう場面でも、すばやくスムーズに取り組めていたのではないかと、自分自身に疑問を抱いてしまう瞬間が今でもあるからである。
【私の休日ルーティーン】
料理の世界に入ったばかりのころ、私は休日の過ごし方にとても苦労した。朝から晩までまともな休憩のない中、一日中走り回るように働き夜遅くに帰宅して寝るだけの生活。
週に一度だけの休日は時間が許す限り布団の中で目を閉じていたいと思っていた。
それでもお昼近くになると目を覚ますが、外出せずに一日中家に閉じこもっていたこともある。何もしないで過ごす休日は、夕方には翌日の仕込みが気になり始め、夜になると何もしていない自分に嫌悪感を抱いてしまう就寝前は苦痛であった。
休日の過ごし方を変えようといろいろと試していた時期を、今でも時々思い出す。映画や読書、もちろん料理人なので有名シェフのレストランへ同僚と食事に行くことや、話題のお菓子屋さん。
一通り目は通すものの、購入して満足することの方が多かった毎月発行される料理専門誌。またフランス料理の世界に入った頃からフランスで働いてみたいという思いはあったので、フランス語学校に1時間、多い日は授業を休日に2回受けるということも。
振り返ってみて、今の自分にどれだけ影響があり、どれだけ身になっているかというのは自分でもはっきり答えが出せない。とにかく当時は少しでも自分に良い変化、新しい料理の知識を求めていたのでいろいろ試していた。
料理のモチベーションや楽しみを見出そうとしても、行動を起こすまでに時間と金銭的に負担のかかるものばかりであった。
だからわたしはもっとシンプルに、いつでも、どこにいても行動に移せる休日の過ごし方を当時から探していた。
特に一人で過ごす時間を必ず確保したい性格の私は、休日の過ごし方次第で翌日以降のモチベーションや集中力の質が大きく違うと感じている。
そこで私が独身時代から始めた休日の過ごし方はカフェに足を運んで日記を書くことを始めた。結婚して今の町に移り住み、休日を家族と過ごす時間が増えてからは、日記を書くことはめっきり減ったが、それでも時折時間を見つけてはノートにペンを走らせることは今でも続いている。
実は私は高校時代から部活動がきっかけで日記を書いていた。
だから自分の経験したこと、その時々の心情を文字にする作業が昔から好きで心地よさを感じるくらいだった。
ただ一つ白状すると、筆圧が強く文字を書くことは好きでも手首が痛いくらい疲れるので書く作業は苦手である。
何はともあれ、休日の心のモヤモヤを晴らす私の居場所はカフェであった。
休みの前日ともなれば、カフェで過ごす時間が楽しみでワクワクが止まらないほどの時もあり、翌朝、目を覚ますと飛び起きるようにカフェに急ぎ足で向かっていた。
カフェで過ごす時間は心地よく、仕事や日常生活でのモチベーションを保つことができるとても大切な時間になっていた。
日記と言ってもその日あった出来事を書くこともあれば、日々の気持ちの変化や、自分が何に興味があり将来何をしたいのかなど、内容は様々。
ノートに3ページほどぎっしり書くこともあれば、ほんの2〜3行で終わってしまうことも。
特に日曜の午前中は私のお気に入りの時間帯。人の慌ただしさがなく、時間がゆっくりと流れているのを肌で感じることができる。
少しの雑音や隣の席の会話が少し聞こえてくるくらいが程よく集中でき、新しいアイデアも生まれやすい。
知らない人に囲まれ他人と同じ空間で普段と違う環境。
一杯のコーヒーで1時間から2時間ほど同じ場所に居座る。
日々の思いを日記を書くことの他に、料理の世界で自分が心の中で疑問に思っていたこと、個人的に提案したいことや表現していきたいことを中心に綴ることが多くなってきた。
料理をしている時以外では、頭の中で経験や知識、感情を練り合わせ、何か新しい発想や思いを紙の上でつなげていく工程がとても好きになっていった。
楽しい気持ちで生まれる新しい発想は、行動に移すことで、決まって私に新しい経験、知識、そして素敵な出会いをもたらしてくれ、私の幸せと結びつけてくれる。
個人のひとときの幸せを他者と共用できる物へと変化していく瞬間。
渡仏後もカフェで日記を書くことわ毎週まず続けていた。体調がすぐれない日、天気の悪い日、モチベーションが上がりにくい日でも、カフェに向かう。
おしゃれなカフェ、酔っぱらいのいるバー・カフェ、お世辞にも素敵とは言いにくいカフェのときもある。
だが決まってそこには心地の良い騒音、客と店員の会話に、コーヒーの香りや、時にはきつい香水の香り。それらは不思議と私の集中力、新しい発想、高いモチベーションを生み出してくれる。
何かがなくてはできない。誰かがいなくてはだめ、っというよりも、自分が何を好み、どんな時間を大切にしているのか。
自分一人の僅かな時間でも、楽しいと感じられる時間を作れること。
それはどこでも、どんなときでも。
するとどこへ行っても、どんなときでも私は私のガストロノミーをより一層、魅力的に表現できるようになれると信じている。
今現在は、フランス全土でカフェもレストランも営業することができないので外でコーヒーを楽しむことはできないが、営業が再開されたら、また賑やかで心地の良い空間に妻と息子を連れて一緒にコーヒーと会話を楽しみに足を運ぶとしよう。
今度はノートとペンを持たずに。
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Chef Ichi
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