見出し画像

ステレオタイプな料理から自由になる日【前編】

今回のお題は、作り手である料理人が料理に名付ける『料理名』について個人的な考えや想いを綴ります。

現代のフランスを中心に欧州各国で活躍する料理人の自由な発想や創造力。そんな彼らの料理に僕は影響を受けています。

もしかしたら『和食』の世界や『日本のフランス料理』を生業にされている方には、伝わりにくい内容になっているかもしれませんが、フランス料理を中心に欧州各国の現代料理に興味があれば、楽しんでいただけるはずです。

そして日本人が2000年以降の『フランスの現代フランス料理』に抱く疑問や、得体のしれない嫌悪感に似た感情ついても、現代フランス料理に使われる『料理名』を軸にしてお話を進めていこうと思います。

答えなんてありません。ただ自分自身で理解し、納得した『現代フランス料理』を信じて 、毎日触れているだけで、答えに近づくヒントに出会える。

ただそれだけでワクワクできるのです。

1・『それはカルパッチョではありません!!おわかりですか?』

過去にYouTube動画でも紹介した鴨肉のカルパッチョ。過去の記事でも詳しくレシピと作り方、そして注意点を交えて解説させていただきました。

紹介したレシピは『誰にでも挑戦しやすく』、『初めてでも作りやすい』に重点を置きレシピの説明をしているため、このカルパッチョのレシピを組み立てた経緯や僕の狙いなどの大部分は省いています。

それらを含めて記事を書くのがベストなのですが、全てを盛り込むと書いている僕も、読んでいる方たちも疲れてしまうので、『レシピを完成させる事』を着地点に、YouTube動画を投稿したり記事を書いています。

そのため今回の『鴨のカルパッチョ』について料理好きな方や、料理に詳しい方からしたら、

『え、これってカルパッチョって言えるの?』『知っているカルパッチョと違う・・・』というような疑問を抱いた方もいるのではないでしょう?

何故ならば紹介している『鴨のカルパッチョ』は、生の鴨肉をスライスしておらず、塩水処理をしてから適度なロゼ色に加熱調理した鴨肉スライスを盛り付けているからではないでしょうか?

実際、鴨のカルパッチョの動画を見た視聴者の方から、

『それはカルパッチョではありません。おわかりですか?』というコメントを頂きました。加えて動画内で紹介している、鴨肉を塩水処理するために使用したソミュール液を、僕は動画内ではマリネ液と紹介していることについても、

『マリネ液ではなく、ソミュール液が正しいです。』
ともコメントを頂きました。

コメントを送ってくれた視聴者の方以外でも、僕の『鴨のカルパッチョ』の動画、note記事を見てくれた方も含めて、もしかしたらコメントを送ってくれた視聴者の方と同じような疑問を抱いたはずではないでしょうか?。

でも僕のYouTube動画の視聴者さんたち、そしてnoteをフォローしてくださっている皆さんは、優しい人たちばかりなのでツッコミをされないのですか(笑)?

質問や疑問にはできる限り丁寧お答えするので、ツッコミどころがあったらメッセージを送っていただけると嬉しいです。そうすることで僕自身も本質的に、

『誰に何を表現したくてレシピを組み立てているこか?』
『この調理法は家庭でも実現可能なのか?』
『美味しいだけが着地点になっていないか?』
と、再度自問自答しながら新しい発想や試みにもつなげていけると思っているからです。

ということで、僕が前回紹介した料理の名前に『鴨のカルパッチョ』と名付けたレシピに至る経緯や、僕がこのレシピに含めた意図などをお話する前に、まずは皆さんと『カルパッチョ』という料理の共通認識や知識を共有したいと思います。

2・カルパッチョの起源


僕が暮らすフランスのお隣の国・イタリアは全土で20の州からなり、その全土でワインが作られています。今年はイタリアに旅行する計画がありますが、いつ、どの時期に、どれくらい滞在しようかまでは未定です。

それでも大好きなレストラン巡りに、滞在先の州で造られているワインを味わうことが中心の、毎度の旅の楽しみ方ですが、行くかまだ未定の旅行先に既にワクワクしています。

イタリアは北東部・アドリア海はラグーンの100 を超える小さな島々からなるヴェネツィア州。このヴェネツィアの大運河に面した、船着き場の正面には、『ハリーズ・バー』という名前のとても有名なバーがあります。

『カルパッチョ』はハリーズ・バーから誕生し、一躍有名になりました。

1950年のとある夜、ハリーズ・バーの常連客であるアマーリア・ナーニ・モチェニーゴ伯爵夫人が病気を患い、医者から当分の間、加熱処理した肉を食べないようにと食餌療法を言い渡されたそうです。

相談されたハリーズ・バーの主人ジュゼッペ・チプリアーニ氏は、生の牛フィレ肉を薄切りにして、白いマヨネーズベースのソースを美しくデコレーションしたイタリア版の牛刺しを提供した。

伯爵夫人はあまりの美味しさに感激。その味が気に入った婦人が料理名をたずねたところ、ジュゼッペはヴェネツィアを代表する画家の名から「カルパッチョです」と答えた。

当時ヴェネツィアではルネサンス期の画家、ヴィットリオ・カルパッチョ生誕500周年の絵画展が行なわれていた最中。カルパッチョの作風は赤と白の色合いが特徴で、ジュゼッペ・チプリアーニ氏は牛肉の赤とマヨネーズの白を、彼の作品にだぶらせ、牛刺しの料理名を画家の名前から取って『カルパッチョ』と名付けた経緯があります。

またヴェネツィアでは、それまで生肉を食べる習慣がなかったところから、非常に独創的であり、しかも牛肉のフレッシュな旨味を味わえるということで、一躍脚光を浴びることになり、ハリーズ・バーは有名になりました。

そう、僕もフランスに来るまで知りませんでしたが、カルパッチョとは画家の名前であり、彼の作風をイメージした牛刺し料理が起源で、名付けられたの料理がカルパッチョなのです。

3・現代のカルパッチョ


世界中で広く知れ渡るようになった料理名の『カルパッチョ』。

本式のカルパッチョはイタリア料理の一つということは、理解していただいたと思います。

現代も本式のレシピでカルパッチョを提供するレストランでは、筋が少なく柔らかい生の牛ヒレ肉の薄切りに、良質なEX・ヴァージン・オリーブオイルを少量かけて、極薄スライス、またはすりおろしたパルメザンチーズ、マヨネーズソース、更には松の実・ルッコラなども盛り付けて提供される料理です。

イタリアの隣国であるフランスでも、(牛ヒレ肉の)カルパッチョはとてもポピュラーな料理です。スーパーでは既に生の牛ヒレ肉がうす切りになった状態でパックされて、オリーブオイルと調味料が付属の牛肉のカルパッチョを容易に購入することができます。

レストランで食べるのであれば、評価が高く良質なビストロやブラッスリーなどでオンリストされている料理だと思います。

日本で『生の牛肉の薄切り肉』と聞くと、きめ細かく脂ののった、いわゆるサシの入ている牛肉を思い浮かべるかもしれません。そんなサシの入った生の牛ヒレ肉は、いくら筋がなく柔らかい部位だからといっても、牛の脂は口の中の体温だけでは溶けにくく、冷たい状態で食べることを前提にしているので、薄切りにしても味の魅力落ちてしまいます。

しかしフランスや欧州各国の牛肉は、成牛になる前の若い牛を食用にすることが多いです。したがって、日本の牛肉より脂肪がはるかに少ない真っ赤な見た目の牛ヒレ肉を薄切りにしてカルパッチョにしているので、口溶けもよく牛肉の旨味・香りが味わいやすいお肉です。

ただ日本の場合、牛ヒレ肉のカルパッチョよりも魚介のカルパッチョのほうがポピュラーです。生の牛ヒレ肉は魚介に比べたら高価ですし、もともと刺身文化が根付いて生の魚介を好んで食べる傾向もあるので、どちらかといえば生の牛肉より身近な食材で鮮度の良い魚介のほうが、一般家庭からレストランに至るまで広く知れ渡っていると思います。

そして現在日本だけでなく、白身魚や帆立貝、タコ、イカ、旬の野菜類からフルーツまでを薄くスライスして、オリーブオイルやマヨネーズなどで調味したものを“カルパッチョ”と総称しています。

このようにカルパッチョは牛ヒレの薄切りを盛り付けた料理名から、牛肉に限らず「薄く切った生もの」を意味する調理法へと変化した経緯があります。

4・料理名の役割


料理人が作るレストランレベルの料理でなくても、家庭料理の中で、『カルパッチョ』はよく使われる調理法であり、身近な料理名だと思います。実際カルパッチョの名前に適した調理法で食材を調理した人も少なくないと思います。

作ったことはなくても、例えばレストランのメニューを見た時に『〜のカルパッチョ』と表記されていたら、

『あ!この料理は食材を加熱調理しない状態で薄切りにして盛り付けた料理なんだろうなぁ』なんて想像できるのではないでしょうか。

このように料理名というのは、食べ手側が作り手側の意図した調理法と味わいを、食べる前からイメージできるように名付けられています。

また調理する側からしても、
『どのように味わってもらいたか』
『何と比較してもらいたいのか』
を判断してもらいやすいように名付ける場合もあります。

カルパッチョだけでなく、
『〜のタルタル仕立て』
『〜のグラタン』
『〜のテリーヌ仕立て』
『〜のブランケット』
とメニューに表記してあったら、料理名を見るだけで、

『熱い料理なのか、冷たいのか』
『生なのか・加熱調理済なのか』
『盛り付けが丸いのか・四角いのか』
『黒いソースなのか・白いのか』

などと、食べる前から料理をイメージしやすくなり、料理名の情報からでも、食べ手が苦手な調理法や食材を避ける利点もあります。

フランス料理を例に上げると、多くの人に知れ渡っている『古典料理』や『郷土料理』のレシピに料理名は、作り手にとっても食べ手にとっても便利で役立にたつのです。

なぜなら作り手である料理人は、既存のレシピを季節や場所、そして素材の質に関係なく、レシピ通り再現すれば良いからです。食べる側も、

『これが伝統的な作り方であり、昔からあるこの地方のレシピです』

と言われれば、例え好みの火加減、塩加減、食感でなくても『伝統的な料理だから』の一言に納得させられて食べることもできてしまうからです。

しかし『古典料理』や『郷土料理』などの伝統は、後の世代の文化に与えた影響が計り知れないと言うことで学ぶべき教養の対象ではありますが、変化の激しい現代では、『ステレオタイプ』的な存在と言う一面もあります。

そのため利便性が高まっている世の中では、料理人にとっても、食べ手側も、伝統というのは時に、窮屈でとても不便な存在になることだってあるのではないでしょうか?

現代フランス料理における料理名やレシピとは、古典・伝統料理のレシピや技術をリスペクトしつつも、料理人の生まれ持つアイデンティティや作る環境によって現在進行系で進化する必要があり、変化し続けているからなのです。

【前編】完

それでは、次回も続きを書いていきます。
前編でお話した『カルパッチョ』の料理名を軸に、僕が加熱調理した鴨胸肉を『鴨のカルパッチョ』と表現した理由や、このレシピを組立てた意図をお話したいと思います。

次回もお楽しみに!!

https://youtu.be/zYYPovnYei4

————————————————————
✅チャンネル登録はこちらから
https://youtube.com/c/ChatelCuisineChefIchi

✅こちらもフォローして頂けると大変励みになります!!

✅【TikTok】
https://www.tiktok.com/@chefichi

✅【note】
https://linktr.ee/chef_ichi

✅【Instagram】
https://www.instagram.com/chef_ichi/

✅【Twitter】
https://twitter.com/chef_ichi

Chef ichi

最後まで読んでいただきどうもありがとうございます。 感謝です!! Youtube撮影用の食材代として使わせていただきます。サポートしていただけると非常に助かります!