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料理名からも紐解ける現代フランス料理の魅力

パリで大活躍されているソムリエールの知人から一通のメッセージが届きました。

彼女とは面識はないものの、2020年にフランス政府が公衆衛生上の非常事態宣言したことで外出禁止となり、たまたま友人のご縁が重なり連絡を取るようになりました。

彼女からくるメッセージは頻繁ではありませんが、内容は決まって彼女が疑問に持つフランス料理のレシピに対する質問です。

彼女からの質問はこのようなものでした。

『実は今、グラブラックスについて調べています。グラブラックスってもともと北欧の伝統料理?だと思うのですが、どうして今フランス料理の基本となっているのですか?サーモンマリネとも違うと聞いたのですが、何が違うのですか?
古典的なフランス料理のサーモンマリネより、グラブラックスのほうがフランス料理では主流になっているっと聞いて混乱しています。
マスタードソースまでもが添えられて、それでもグラブラックスと呼ぶのでしょうか?もしご存知でしたら、教えていただけると嬉しいです。』

というような内容のメッセージでした。

グラブラックスとは、北欧風のサーモンを塩でマリネして作る冷製の前菜料理です。詳しいグラブラックスについての起源やレシピの内容は、過去の記事で紹介しています。

以下は、彼女からの質問に対しての僕なりの見解です。一つのちょっとした質問内容でしたが、同時に現代フランス料理の特徴についても、自分自身で頭の中で整理してみたいと思い、夜中に楽しくなって長文で返信した内容です。

急いで書いた文章なのできれいにまとまっていませんが、現代フランス料理の面白さが少しでも伝わってくれたら幸いと思い投稿しました。

グラブラックスとは?

まずは質問に対して少し話がそれますが、お付き合いお願いします。

既に御存知の通り、グラブラックスとは中世に鮭を地中に埋めて発酵させた調理法が名前の由来になっています。

中世といえば、現在のように冷蔵技術がなければ食材の保存技術・知識も乏しい時代だということは明確です。

現在世界中の伝統料理や発酵料理のレシピが、突然目の前に現れて調理法が出来上がったわけではないように、グラブラックスも同じような考えができると思います。

例えば、グラブラックスが生まれた物語を想像してみます。

当時の人が、『鮭を地中に埋めたら発酵して美味しいぞっ』と知っていて生み出された調理法というよりかは、浜辺などに数日放置されていたであろう鮭を偶然見つけた人がいた。

見つけた鮭は悪臭も漂い、一見食べられそうにもない。しかし食料がいつでも手に入るとは限らない当時、彼は、数日食事が取れてない極限の空腹状態。

だから食べられるであろう物は、何でも口に運ぶ。

食べてみると美味しくはないが食べられる。

その後、いつしか他人に盗まれないように葉っぱにくるんだり、地中に埋めたりして隠すことで食料を確保する知恵が生まれる。そして当時の人達にとって長期間保存、保管もでき、更に美味しくすることができたものが、たまたま今に伝わる発酵調理されたグラブラックスだった。

というように想像を僕は勝手にしています。

羊飼いがたまたま置き忘れたチーズに、青カビ菌が付着していて出来たとも言われるロックフォールチーズにしても、青カビができていたけど、食料がいつでも手に入り、食べることができなかった時代の人にしたら、空腹だったら何でも食べていたのではないでしょうか?

それがたとえ砂まみれでも、雨に数日さらされた後であとうとも。

その中には何人も食中毒で命を落とした人たちは、数多くいたはずです。

そんな繰り返しの中から、今では当たり前のように食べられている数多くの伝統料理や発酵料理が時間とともにレシピが確立されて、皆に拝められています。

伝統料理の現代においての役割

しかし伝統的な物というのは、料理に限らず必ずしも役に立つとは限りません。

伝統的な手法や思想は、現代において時に不便で、窮屈です。

それでも現在に残っているのは、学ぶべき教養の対象であったり、お金持ちのコレクションとなって多くの人々に産業的に支えられているからです。

フランス古典料理や伝統料理にしても、レシピだけを見て食材の分量や調理方法だけを忠実に再現しても、美味しくできるとは限りません。

レシピが生まれた時代背景や食材のテロワール、そしてその国の人達のアイデンティティを少しだけ紐解くことで、レシピの本質や当時の人たちの想いに触れることができると僕は思っています。

一つの料理に対して

『どうしてこの煮込み時間なのか?』

『どうしてこの食材なのか?』

『どうしてこの名前なのだろう?』

っといった、疑問やそれに対する答えは、時代や作り手、作られた環境によって異なってきます。っというよりかは少しずつレシピの本来あるべき形に、時代や料理人の技量、そして環境に合わせて変化していると言ったほうが適切かもしれません。

解りやすい例でいうと、例えばブルゴーニュ地方の伝統料理『コック・オー・ヴァン』

本来は肉質の硬い老いた雄鶏(コック)を赤ワイン(ヴァン)に一晩漬けてから、香味野菜とともに煮込んで柔らかく仕立てて、美味しく食べれるよう調理されたワインで有名なブルゴーニュ地方の郷土料理です。

煮込みに使用する赤ワインも酸味に特徴のあるブルゴーニュの赤ワインを使って作るのが本式です。

しかし、本式のレシピで提供していレストランはあまり存在しないと思います。

現在のレシピは、雄鶏よりも柔らかくジューシーで、購入しやすい若鶏を使い、赤ワインだって酸味が際立つブルゴーニュワインよりも、スパイシーで色味も強いローヌのシラーやタニックなボルドーの赤ワインで濃厚なソースに仕上げられるようにする傾向があると思います。

古典的なレシピなら鶏肉を一晩赤ワインに香味野菜とともに漬けて、しっかり赤ワインの風味を肉に染み込ませてから調理に取り掛かりますが、時間も労力も必要です。

僕がYouTubeの動画で紹介しているコック・オー・ヴァンは、低価格で購入しやすいボジョレーのモルゴンを使用して、レシピも誰もが挑戦したくなるような短時間で作りやすいレシピに工夫をしています。

そもそも短時間の煮込みで柔らかくなる若鶏を、一晩も赤ワインにつける必要性は必ずしも重要とは思いません。

つまり現代のフランス料理におけるレシピとは、古典・伝統料理のレシピや技術をリスペクトしつつも、料理人のアイデンティティや作る環境によって現在進行系で進化し続けている料理なのではないでしょうか?

グラブラックスとサーモンマリネの違い

これらを踏まえて、質問に対する僕なりの見解をお伝えさせていただきます。

1つ目の疑問、グラブラックスとサーモンマリエの違いについてです。

現在、フランスのレストランで作られているグラブラックスは、当然ですが発酵などさせていません。

サーモンを発酵をさせる理由がないですし、本来のグラブラックスの製造工程である伝統的な砂に埋める工程を塩に置き換えて作ります。

塩以外にも様々なハーブやスパイス、柑橘の皮、時にはべットラブのピューレやコニャックなどを加えて、複雑さを作り出しますが、基本的には塩と少量の砂糖で十分です。

サーモンを脱水させて臭みを取り除き、食感をねっちりさせて、サーモンの良い風味と特徴だけが味わえるように調理します。

下処理の工程は基本的には、サーモンマリネも全く同じです。

2つの間の違いをあえて言うのであれば、一つは盛り付け方です。

グラブラックスは下処理後、薄くスライスさせた後、表面にソースをマリネさせることはありません。また、スライスさせずに小さく長方形にカットして、食感を味わえるように提供させる場合もあります。もちろん、僕がYouTube動画で紹介したように、ハーブオイルや特定のソースをかける場合もありますが、その点は料理人のお客に食べてもらいたい表現方法によって異なってきます。

サーモンマリネは下処理の工程後、クラシックなレシピは香り付けに短時間燻製にかけます。燻製にかけるのも、より味わいを複雑にするためです。決して必要な工程とは限りません。盛り付けは基本的に薄くスライスしたサーモンの表面にマリネ液となるソースをたっぷりかけます。なぜならマリネという調理法自体、オリーブオイルやヴィネグレットなどの液体に浸す調理法だからです。

そしてサーモンマリネの場合、昔に比べサーモンの輸送技術・鮮度・質などの向上により、上質なサーモンが購入できるようになった現在では、サーモンを塩でマリネさせる時間を短くしたり、省くことで、サーモンのフレッシュな味わいをより強調できるようになったと思います。

要約すると両方下処理工程は同じですが、盛り付けるまでに更に調理工程を加えているのがサーモンマリネだと思います。

続いて2つ目の疑問、グラブラックスのほうがサーモンマリネより主流?についてです。

これについては主流になっているというよりかは、多くのフランスで働く料理人たちが、グラブラックスを知るようになったから、っというのが答えだと思います。

10年前に比べ、本でしか調べられなかった世界中の料理のレシピは、今では誰もが簡単にどこにいても調べたい時にネットで気軽に知ることができます。

グラブラックスの起源を知らなくても、サーモンマリネと作り方が似ていて、珍しい名前の海外の調理法や名前を取り入れるのは、フランス人は大好きです。

たとえ本式のレシピや盛り付けとはかけ離れていても、自信たっぷりに、彼らのアイデンティティを反映させてた料理として完成させるのが、この国の人達ではないでしょうか?

現代フランス料理の美しさ

グラブラックスに限らず、フランスのビックネームの3つ星シェフたちが、SASHIMI / SUSHI / SYABU-SYABU / TENPURA とメニューに表記していることは、今では当たり前のようになってきていますが、本式とは違くても、その料理の要素が一つでもあればそうなるように。

具体的な料理を示すのであれば、レジス・マルコン氏の代表料理オマールのカスレは、白インゲンを彼の生まれ故郷の特産品ランティーユに、肉類をオマール海老置き換えたヒトサラです。

本式のカスレとは見た目も味も全く異なりますが、彼ならではのカスレ料理として有名です。

ティエリー・マルクス氏のもやしのリゾットにしても、リゾットはご存知のお通りお米を鶏のブイヨンで炊く料理ですが、似たような調理法を用いてもやしをリゾット風に仕立てる料理があります。

カルパッチョも、本来はお客の健康を気遣って提供した生の牛フィレ肉の薄切り肉に、マヨネーズベースのソースで赤・白にデコレーションした牛刺です。名前も料理の提供当時、画家のカルパッチョ氏の作品の光り輝く赤と白の色遣いにダブらせてカルパッチョの名前を料理名にしたといいます。

しかし現在は、野菜・魚・肉などの生の薄切り食材であれば、カルパッチョ料理として料理名を表記されている、世界中に広く知れ渡っている料理です。

だからグラブラックスにしても、本式のレシピとは異なりマスタードソースがかかっていたり、サーモンマリネと全く同じ盛り付けや味わいでも、調理工程や盛り付け方にグラブラックスの要素が一つでもあれば、それは作り手にとってのグラブラックス料理として表現されていると思います。

とは言っても、どこ国にいても、世界中の食材やレシピに触れる機会が増えた時代です。ひと目でヘンテコだとわかる料理の写真や動画を目にする機会が増えたのも事実です。

フランス料理の発展は、王族貴族の娯楽・見栄・戦争や移民、経緯は様々であれ、これらが世界中の食材や調理法が重なりあい発展してきました。だから現在でも、流行りもあるでしょうが、海外のレシピや食材がフランス料理の中に突然現れることは自然なことだと感じています。

最後に現代フランス料理の特徴は、どんな食材を使っても、どんな調理法を取り入れても、今を生きる人たちの生活に根ざすべき料理として現在進行形で進化し続けている料理だと信じています。

だからこそ、他のジャンルの料理に比べて世界中の至るところにフランス料理が存在し、テロワールに根ざす、最も魅力的な料理として評価されているのだと思います。


他にも私の料理をYouTube動画で紹介しています。



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Chef Ichi

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