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空飛ぶスパイス【後編】

プロの料理人が作る料理に限らず一般家庭の料理にもよく使われるスパイスといえば胡椒である。世界中どんな国や地域に行っても塩があればその隣には胡椒が必ずといってよいほど置いてある

世界4大スパイスとしても数えられ世界中の料理に幅広く使われている。
(その他はシナモン、クローブ、ナツメグ)

胡椒はその色から主に4種類に分かれる。
違いは色だけでなくそれぞれ風味が異なるのも特徴的。

黒胡椒(ブラックペッパー)は、完熟する前のまだ緑色の胡椒の実を天日乾燥させて作られたもの。胡椒の中で香り、辛味ともに強く肉料理はもちろん辛味は料理のアクセントとしてよく使用されている。

白胡椒(ホワイトペーパー)は、完熟して赤くなった胡椒の実を水に浸漬して果皮をやわらかくしてから、果皮を除去して核の部分だけを乾燥させたもの。マイルドな香りと強い辛みが特徴。

料理の風味や色を損なわずに辛みをつけることができるので、色の淡い料理や素材の風味を活かし辛みをつけたい料理にピッタリ。

緑胡椒(グリーンペッパー)は、未熟果を摘みとり機械乾燥させたもの。
フレッシュ感のあるさわやかな香りと辛みがあり塩漬け、水煮にした物なども存在する。

パンチのあるスパイシーな辛味と爽やかで若い香りを持ち合わせ、サラダなど冷製料理のアクセントや料理の見た目の華やかさを演出するのにも向いている。

赤胡椒は、赤色に完熟してから収穫して外皮をはがさず熱湯消毒、天日乾燥させたもの。黒コショウと同じく外皮が皴になる。南アメリカの料理で使用されることが多くマイルドな風味。日本では私は見たことも、使ったこともない。

ちなみにフランス料理でよく見かけるピンクペッパーは、南アメリカ原産のウルシ科の植物「コショウボク」の実で、香りも辛味も弱くどちらかといえば彩りを楽しむためだけのもので赤胡椒とは別物。

これら4種類いずれも粒状、あらびき、粉末状と使い分けることで味わいも風味も異なってくる。料理との相性や調理時間にあわせて選べ、下ごしらえ、調理中、また出来上がった料理を食べる人が好みに合わせて食中にも使うことができるという点は、胡椒が他のスパイスに比べて少し異なる点。

世界中の料理において、料理を作る人、食べる人がいつでも好きなタイミングで使える素晴らしいスパイスの王様が胡椒なのである。

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【日本のスパイスといえば】

スパイスの主な生産国は東南アジアやインドであるのは、スパイスが高温多湿の熱帯性気候を好むから。日本に輸入されてくるスパイスの王様である胡椒も同様にインドネシア・マレーシア・ベトナムなどの東南アジアから輸入している。

世界中に300種類以上存在していると言われているスパイスの殆どは海外から海を渡ってやってくるが、日本原産のスパイスもいくつか存在している。

私が日本の食文化で代表的なスパイスとして一番初めに思い浮かぶのは山椒だ。柑橘系の爽やかな香りと舌がしびれるような刺激的な辛みがあり、成長過程でそれぞれ異なる使われ方をする特徴を持っている。

木の芽と呼ばれる若芽は、お吸い物、煮物、和え物に添えられ、爽やかな香りに鮮やかな緑色は料理の見た目を引き締めてくれる役目も担ってくれる。

花山椒はその後咲く花。これも焼き魚に煮物などに添えられる。高級料理店が好んで使うものでもある。

実山椒は黄緑色の未熟な実。佃煮やチリメンジャコと煮たチリメン山椒などに使用されている。

粉山椒は赤く熟した実を乾燥してから種を取り除き粉状に挽いたもの。一般的に一番知られ利用され、鰻の蒲焼や七味の薬味の一つとして使われている。

特に辛味や風味が凝縮された粉山椒は、料理の下ごしらえ、調理中、そして食中に食べる人の好みに合わせていろいろな料理にふりかけて使用でき、料理の風味、味わいの変化を楽しめる要素はまさに日本の胡椒のような存在でもある。

そんな世界中で愛されている胡椒日本のスパイス山椒の共通点である、食中に食べ手の好みに合わせて使うことができると言う点は実に興味深く山椒の魅力の一つと言えるだろう。

【調理は口の中でもできる日本人?】

フランス料理や他国の料理において例外を除き、複数のお皿が同時に提供されることはない。既に料理の味は一皿の中で完成されており、食べる側も基本的に一皿ずつ食べて食事を楽しむのが一般的である。

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それとは対象的に日本人の食事スタイルは複数の料理が同時に提供されて、器の中やお皿の上で思い思いに卓上にある他の料理や調味料を使って好みの味を作り出すして食事を楽しむ傾向が強い印象だ。

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特に独特なのが無意識に口の中でそれぞれが好みの味をつくり上げることができることである。

ご飯と味噌汁がその極端な例かもしれない。

これは口内調理と呼ばれる日本人独自の食事スタイルなのだ。

ご飯を咀嚼しながら味噌汁を同時に口内に運び、同時に味わった経験は日本人ならば誰しもが経験したことがあるだろう。味噌汁のみならず白米と一緒に漬物、焼き魚、焼き肉に煮物など、その組み合わせは皆さんの感じる美味しいの数だけ存在する。

フランス料理の世界でも異なる食材同士組み合わせ、料理やチーズをワインと合わせて楽しむマリアージュという言葉が存在する

もともとフランス語で結婚を意味する言葉で、素晴らしい組み合わせの料理やワインとの相性を表現した言葉。

日本で働いていた当時からマリアージュという言葉のニュアンスは知っていたが実際試したこともなければ、ワインの知識や経験がまったくない当時の私。

実際にワインと食事のマリアージュを体感したのは渡仏してから自分でワインを購入して自宅で食事をするようになってから。

甘口ワインと青カビチーズの組み合わせは素晴らしいことだけは知っていた私は、10ユーロもあれば気軽にワインもチーズも購入できるフランスの環境と、当時の私が甘党であったことも手伝って、毎週末は決まって同じ組み合わせでワインを楽しんでいたことは懐かしい思い出でもある。
(もう一つはビールとコンテチーズの組み合わせも当時の私の定番。)

フランスで働いていてレストランの厨房よりかは、客席のお客とソムリエ同士の会話の中で使われる言葉のニュアンスだと個人的には感じている。

ただ料理やワインとの組み合わせで使われるマリアージュという言葉は我々日本人が得意とする口内調理と似ているが少し異なる印象を個人的には感じている。

口内調理は

料理を咀嚼しながら食べ物がまだ口内に残っている状態で他の料理を口の中に含む行為。

マリアージュと表現される時は

料理を咀嚼し飲み込んだ後に、次の食べ物やワインを口の中に含む行為。

の違いがある。

【ネパールのスパイスは山椒の香り?】

フランスで日常から頻繁に世界中のスパイスに触れる機会に恵まれていると、スパイスの香りが時に私自身が今日まで積み上げてきた過去の食事体験の記憶までも刺激してくれることがある。

スパイスが私に与えてくれる刺激は、私が理想とするガストロノミーの本質である【楽しい】・【嬉しい】を作り出すだけでなく、自由であるからこそ、いつでもどこでも、どんな場面でもガストロノミーの本質に近づいていけると気づかせてくれる。

私が個人的に好んで使用するネパール原産のスパイス、ポワーヴル・ティミュットは、そんなスパイスの一つである。

ちなみにポワーヴルとはフランス語で胡椒を指す言葉。

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ポワーヴル・ティミュットはレモンやグレープフルーツなどの柑橘系、パションフルーツのような南国のフルーツの香りを漂わせ、鋭く鼻の奥を刺激する香りは日本のスパイスである山椒を思い起こさせてくれる。

酸味に特徴のある食材とポワヴル・ティミュットはとても相性が良い。

私は夏を迎える時期になるとトマトやイチゴをポワーヴル・ティミュットをたっぷりと効かせた料理を毎年のように作る。

そんな私の好きなポワーヴル・ティミュットをたっぷり使ったお皿の構成はこうである。

トマトは湯剥きしてからシンプルにクシ型に切り、塩とポワヴル・ティミュットで味を整え、バジルの千切りと和えたらお皿全体に散りばめる。

酸味に特徴のある発酵クリームにはキャトルエピスとシェリーヴィネガーを加えて香りに複雑性を作る。発酵クリームのソースは全体の味わいをまとめ、香りに厚みを作ってくれる。

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ちなみにキャトルエピスはフランス語で4つのスパイスという意味。 

その名の通り、ペッパー、ナツメグ、ジンジャー、クローブ の4種類を合わせた、日本でいう七味唐辛子のようなミックススパイスのこと。

鋭い酸味の白イチゴ(熟す前の甘みのないイチゴ)で作った白イチゴピューレにも、たっぷりのポワーヴル・ティミュットを加えて、イチゴとポワーヴル・ティミュットの柑橘系の香りを同時に楽しめるようにしてある。

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全体に散りばめるようにしてシブレットの花、ミント、ディルなどのハーブは、お皿の彩りと爽やかな香りを所々で楽しめるように。

食べる時は、トマトの酸味と甘味をポワーヴル・ティミュットの香りと楽しむもよし、トマトを発酵クリームにつけて濃厚で複雑な風味に変化させて味わってもよし、尖った酸味のいちごのピューレとお皿に散りばめられたハーブと合わせて心地よい余韻を感じながら食べても面白い。

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ワインとのマリアージュを楽しむのであれば、ロワール地方、白のソーヴィニョンや冷涼な地域の赤のピノ・ノワール。ボジョレーのガメイと合わせて後引くフルーティーな余韻をこの一皿と楽しめるだろう。

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とてもシンプルな一皿だが、食べ手の数だけ味わい方楽しみ方が複数存在し、口に含む度に変化する味わいは実に楽しい。

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このポワーヴル・テュミュットとトマトを使った一皿のように私が作る料理には、いつだって今日まで積み上げてきた食体験や私が目指すべき理想のガストロノミーの本質が無意識のうちに散りばめられている。

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例えばそれは、親しい友人たちと行ったボルドーのシャトーでバーベキューをしたときのように。自分たちで目の前の菜園で作られた野菜やハーブを摘み取りその場で思い思いに調理し、盛り付け、食べ比べ、楽しい会話を交えながらする食事体験であったり、

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我々日本人独特の食事行為の口内調理のように、無意識で好みの味を探すようにして味わう食事スタイル。

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また私が愛してやまない数々のワインを共して、ワインと料理の相性は、どのように人の心を引きつける素晴らしい相性のマリアージュが生まれてくるのかを探る心地よい時間。

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強い香りのスパイスは、食材、切り方、調理法、食材同士の組み合わせ、そして使うタイミング次第で魅力の輝かせ方は無数に存在する。

これら全てがこの一皿の中に無意識に詰まっているのは、私は料理を使って愛べき家族、友人、仲間たちと【楽しい】・【嬉しい】をいつでも、どこにいても表現していたいと強く願っているからであろう。

スパイスは海を渡って世界中の空を飛びまわり、まるで世界を旅するかのように実に多くの国や地域、そして様々な料理に使われている。

また世界のどこにいても胡椒を代表とする数々のスパイスを容易に見つける事ができるのは、もしかすると彼らが全身にまとっている強い香りに我々が惹きつけられて、意図的に彼ら自身が世界中に飛び回れるように我々が利用されているからなのかもしれない・・・

どんな料理にも縛られることなく使うことのできるスパイスの数々は、ガストロノミーの本質である【楽しく食事をしましょうよ】と世界中を飛びまわりながら我々に教えてくれているようだ。

ガストロノミーがいつの時代も、どの国にも、どんな地域にも存在していると信じていられるのは、スパイスの本当の魅力に触れることができたからだと思う。

世界中のスパイスは強い香りを全身にまといながら、世界の空を飛び回るようにして、これからの未来も旅を続けて行くであろう。

いつの時代も、何処にいてもガストロノミーの本質が存在し続ける限り。

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Chef ichi


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