『無キャ』
その日、
バイト先の先輩と店の近くのカレー屋で、カツカレーを食べていた。
先輩はこんな話をした。
「最近聞いた話なんやけど…」
「『陽キャ』と『陰キャ』ってわかるよな?」
「パリピとオタクってことですよね。」
「そうそう、ところでさ。」
「もうひとつ勢力があるの…知ってる?」
「第三勢力があるんですか?」
「白と黒の間…グレー…オタクだけどパリピみたいな?」
「違う、そいつらは『無キャ』って呼ばれてる。」
「無?何がないんですか?」
「言ってしまえば存在感かな、しかも無関心なんだよ。」
「全てにおいて。」
「はぁ。」
「『陽キャ』みたいに酒飲んで騒ぐわけでもない。」
「かといって『陰キャ』みたいにのめり込むような趣味もない。」
「何にもない奴らなんだよ。」
「聞いた感じだと『無キャ』って『陰キャ』寄りに感じますけど。」
「『無キャ』は別に友達がいないわけじゃないんだ。」
「人当たりも良いし、誰かに嫌われてたりしない。」
「むしろ、いい人とすら思われてるかもしれん。」
「ノリが悪いとか問題起こすとかそんなのもない。」
「ほぅ。」
「ただ何もない。いてもいなくてもいい奴ら。」
「大学の講義とかで例えるならさ。」
「『陽キャ』は後ろで騒ぐ、『陰キャ』は最前列で講義を真面目に聞く。」
「『無キャ』は…スマホをいじってる。」
「そんな感じ。」
「なんとなく…わかります。」
「結局どっちにも振りきれない奴らなんだよ。」
「白にも黒にも、右にも左にも。」
「何でいきなりそんな話を?」
「特に理由はないけどな。」
「知ってるかなと思って。」
バイトの帰路、電車内で私は考える。
私は『何キャ』なのかな。
ずっと思っていたことだった。
私はクラブに行ったりしない。
かといってオタク趣味のようなものに
のめり込めているわけでもないのだ。
友達がいないわけではない。
女性と話せないとかそんなこともない。
ただ希薄な人間関係が多いように思う。
問題が起こらないことを円滑な関係だと勘違いしていた。
だから在学中に仲が良くても、
卒業後には連絡を取ることをやめてしまったのかな。
その場限りの関係しか築けない。
陰キャを毛嫌いする陽キャの図。
そのまた逆も然り。
しかし自分はどちらにもいない。
自分は根暗な『陰キャ』だと思っていたが、
『陰キャ』ですらなかったのかもしれない。
『陰キャ』は嫌だなぁなんて思っていたが、
『無キャ』の方が空しく思う。
だってオタクだろうがキャラが立つほうが良いに決まってる。
何もないよりは。
お前は『無キャ』なんだよ。
一番つまらない人種だ。
他人はお前に興味を持たない。
そう誰かに言われた気がした。
自分ってなんだろう。
何に興味があるんだろう。
何が好きで、何を嫌うんだろう。
わからない。
急に怖くなる。
何もない私のことだ。
今いる友達も
そのうち連絡を取らなくなってしまうんだろうか。
それを『大人になったんだ』と
結論づけてしまうんだろうか。
そもそも私には親友と呼べる人はいるのか?
というか私が友達と思ってるだけなのかも…
冷や汗が出る。
仮に私が今死んだとして、
誰が葬式に来てくれるだろうか。
誰かが私のために泣いてくれるだろうか。
だって、私には何もないんだから。
そんな妄想が思い付いては
車窓に流れていく。
これから一人ぼっちになるのかな。
いや、もう既に一人なのかな。
インスタグラムでよく見る楽しそうな彼ら。
内輪ノリで盛り上がってる。
なんで私は……どこで間違えた…?
空っぽなんだな。
ずっと、きっとこれからも。
でもきっと世の中に1番多い人種のはずだ。
世の中には、
「必要」「不必要」「どうでもいい」が溢れているが、ほとんどは「どうでもいい」ものだから。
心にぽっかりと穴が空いたように感じた。
実際は既に空いていた穴を再確認しただけだが。
車窓に写ったそいつは悲しそうな顔をしていた。