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岸圭吾という蕾(「春になったら」感想文)

柔らかい春の陽だまりのように心を照らしてくれた、岸圭吾という蕾


最初に


2024年1月期フジテレビ系列月10ドラマ、「春になったら」。木梨憲武さんと奈緒さんのW主演で、親子を演じるふたりが“3ヶ月後にこの世を去る父、雅彦”と“ 3ヶ月後に結婚する娘、瞳”の反発と親愛を描いた、ハートフルホームドラマである。
物語は2024年の元旦から始まり、おせちやお雑煮がのった食卓を囲むふたりは、「話したいことがある」と言い出す。意を決して瞳が告白した内容は、「3ヶ月後の自分の誕生日に結婚する」であり、対して雅彦お父さんは「3ヶ月後(瞳の誕生日の頃)に癌で死ぬと告知された」と高らかに宣言した。
瞳が結婚前提に付き合っている相手が、濱田岳さん演じるお笑い芸人「カズマルくん(川上一馬)」ことかずくんであり、瞳の親友が、見上愛さん演じる美奈子。そして我らがSnowMan深澤辰哉が演じるのが、瞳と美奈子と、大学時代からの友人でありながら瞳にずっと片想いしている岸圭吾であった。
 
この情報が解禁されたときの、スノ担の喜びっぷりったらない。盆と正月が一気に来たような、ケーキとステーキが食卓に並んだかのような、サンタがプレゼントとお年玉を持って来たような。とにかく、TwitterのTLでは盛大な宴が行われていた。
当時、12月中旬、深澤辰哉ことふっかさんは「今日からヒットマン! 」という、嵐の相葉雅紀くん主演のテレビ朝日系金曜ナイトドラマに、愛すべきポンコツ後輩“山本照久”として出演していた。しかしこのドラマが12月15日で最終回を迎え、ファンはロスに襲われていたのである。
そりゃあそうだ、なにせこの“山本照久”という男、とにかく愛おしい。仕事はできない、やる気もない、頭の中は元カノやヒロインのちなつのことだらけ。取引先の名前は間違えるわ、謝らないわ、責任転嫁するわ……。とにかくダメダメなのに、何があろうと全くへこたれず、にこにこと笑ったりしょんぼりとくやんだり、かと思えば鬼の速さで立ち直ったり、とにかく愛おしいキャラクターだったのだ。そんな山本照久としてスピンオフドラマで主演も務めあげたふっかさんに対し、スタンディングオベーションをしながらも、やっぱり心惜しかった。もう会えないのか、山本照久。もうしばらくドラマの深澤辰哉は拝めないのか。
そんなファンの不安を吹き飛ばしたのが、12月19日の情報解禁である。
「『春になったら』追加キャスト解禁!主人公瞳の友人役に、見上愛とSnowMan深澤辰哉!」号泣である。

そもそも深澤辰哉という男は、「今日からヒットマン! 」が「連ドラ出演10年振り」という“正真正銘のドラマ班(ドラマに出たいと言いながら出られない班)”だったのである。それなのに、まさかの2クール連続出演。あぁ、ようやく、ようやく深澤辰哉の魅力が地上波に見つかったのだと狂喜乱舞したもつかの間。我々オタクはその役柄を確認して、泡を吹くことになる。

深澤が演じるのは、岸圭吾(28)。瞳(奈緒)、大里美奈子(見上愛)とは同じ大学の写真部に所属し、その頃からずっと3人で仲が良かったという関係性。大学卒業後は、葬儀会社に就職。大学生の頃からずっと瞳のことを想い続けている心優しき青年だが、振られたら3人の友人関係がなくなってしまうことを恐れ、これまで想いを伝えることはなかった。しかし、瞳が10歳も年上の、しかも売れないお笑い芸人と付き合い始めたことを知ってショックを受ける。しかも、岸と美奈子が瞳をお笑いライブに誘ったことが、図らずも瞳と一馬の運命の出会いとなってしまい……。

(引用「春になったら」ホームページより) https://www.ktv.jp/haruninattara/topics/t4.html

もう卒倒である。異性の友人と絡む深澤辰哉というだけで致死量の尊さなのに、まさかの葬儀屋就職。なぜ葬儀屋?ちょっと履歴書の志望理由覗かせて……?
そして極めつけは“大学生の頃からずっと瞳のことを想い続けている心優しき青年”という文言。そう、当て馬だ。自分の誕生日に向けて結婚を決めている主人公に、約10年も恋愛感情を拗らせている深澤辰哉。そんなの全世界待望のやつや……深澤辰哉の宝石箱や……。
なんて心の中のオタク彦摩呂が顔を出した頃、他の文言も目に入る。

さらに瞳から結婚式の司会まで頼まれてしまい、式に出るつもりすらなかった岸は複雑な気持ちに。そして、瞳の父・雅彦(木梨憲武)が余命3カ月だと知ってからは、心配する反面、心のどこかで瞳の結婚がうまくいかなくなることを願ってしまい、より複雑な感情を抱くことになる。

(引用、同じく「春になったら」公式ホームページより)

……もう天を仰ぐことしかできない。目の前に「春になったら」のプロデューサーさんがいたら、言葉もなく涙を流しながら五体投地してしまっただろう。それくらいの膨大な感謝が我が身を包んだ。
片想い拗らせている葬儀屋の深澤辰哉が、想い人に結婚式の司会を頼まれ、式に出るつもりすらなかったのに想いに応えたいと迷い始め、同時に心配も芽生え、相手を想うがあまり結婚という幸せが身を結ばないよう願ってしまうなんて……! これがバウムクーヘンエンドじゃなかったら、なんだと言うんだろう。好きな人の結婚式に出席し、結婚式の引出物であるしょっぱいバウムクーヘンを食べながら痛い失恋をすることをオタクは“バウムクーヘンエンド”と呼ぶわけだが、深澤辰哉演じる岸圭吾に至っては、バウムクーヘンどころか結婚式の山場、誓いのキスシーンを近くで見守らなくてはいけない“司会”。そしてなにがしんどいって、岸圭吾は“式に出るつもりすらなかった”のに、瞳は岸くんを友人として100%信頼しているから‘’司会をしてほしい“って頼まれているんだよ……。好きな人から友人として“信頼”されるって、脈ナシにもほどがあるだろ……。
その上、衝撃はまだ続く。

見上が演じるのは、大里美奈子(28)。瞳と岸とは、同じ大学で写真部に所属していた親友。瞳とは何でも気兼ねなく言い合える関係で、瞳が一馬(濱田岳)と結婚すると聞いたときは心から祝福し、応援する。大学時代から岸のことをひそかに好きでいるが、快活でサバサバした性格であり、岸と同じく3人の関係性を壊すわけにはいかないと本人には気持ちを伝えられずにいる。そんな美奈子が想い続ける岸は、瞳のことを想い続けており、美奈子の恋心には気づく気配すらない。瞳が結婚すると聞いてもなお、あきらめきれない様子の岸を近くで見るたびに、一方通行の恋に、そしてその恋が届かぬ相手が想いを寄せるのは親友であることに、モヤモヤした複雑な気持ちを抱え続けている。

(引用、同じく「春になったら」公式ホームページより)

……なんかさ、最終話を観終えた後で読む、情報解禁時のキャラクター説明って、くるものがない? 私、映画オタクなんだけど映画観終わった後に予告編を観漁っちゃうんだよね。それに似ている。なんの話だ。
そう、つまり“三角関係”なわけだ。しかも、3人とも友人関係の、“三角関係”……!
 
私がこの情報解禁を浴びたのは職場だったが、思わず頭を抱えた。なんだこの深澤辰哉の魅力オンパレードは。なんだこの“深澤担の夢叶えたろかSP”は。誰だ、制作陣に深澤担が潜り込んでいるとしか思えない。ここまで深澤辰哉の魅力をわかっている人が、深澤担でないはずがない。謎にそう確信した。
 
深澤辰哉と言えば“リアコ”である。ハマったばかりの方や、まだあまりSnowManを知らない方からしたら信じられないかもしれないが、あの男の“リアコ度”はヤバい。
あまりここに話を割くと、本題に中々進めないので割愛するが、“リアコ男には当て馬をさせよ”とは太古の時代から決まっていることだ。“可愛い子には旅をさせよ”、“穏やかな子には腹の底が読めない役をさせよ”に並ぶ金言、“リアコ男には当て馬をさせよ”。だからこそ、深澤辰哉の当て馬は待望だった。
 
しかし、あくまでもこの作品は「ハートフルホームドラマ」である。ドロドロとした展開はないだろう。「春になったら」というタイトルにふさわしく、親子がすれ違いながらも前を向いていくドラマなのだろう。主題歌、福山雅治だし(福山雅治が主題歌でバッドエンドになることはないという、謎の自信を持っています)。
だからきっと、「ウソ婚」の進藤将暉がそうだったように、岸圭吾の失恋も報われてくれる。あぁでも失恋が報われたら友情はどうなるんだろう。そしてそんな岸圭吾と同じ時間、彼に片想いを続けてきた美奈子ちゃんの恋愛感情も友情もどうなるんだろう。
そんなそわそわとドキドキを胸に、我々オタクは年が明けるのを待った。1月になればSnowManのドラマラッシュが始まる。しかも月曜日は「春になったら」だけではなく、渡辺翔太主演の「先生さようなら」もある。覚悟して挑まねば、と思った。
そして覚悟して全話観終えた今、改めて思う。
 
岸圭吾が深澤辰哉で、本当によかった。
 

春になったら


 
ドラマ「春になったら」は、1月15日に第1話を迎えた。書いていて気付いたが、ちょうど「今日からヒットマン! 」の最終話から1ヶ月後だったわけだ。なんだかあの1ヶ月間、色々なことがあったからか、思い返してみればこの1ヶ月が長くも短くも思える。推し活って、本当に時間が足りないと思えるほどたくさんの喜びをくれるね。幸。
という話はさておき。「春になったら」の冒頭は、前述したように2024年1月1日から始まる。瞳と雅彦がふたりで暮らす、椎名家の食卓でおせち料理とお雑煮を囲むふたりが、せーの、という号令で告白する。「3ヶ月後に死んじゃいます! 」「3ヶ月後に結婚します! 」
雅彦お父さんは根掘り葉掘り訊き出し、瞳の相手である川上一馬(演:濱田岳さん)が、瞳より10歳年上の売れないお笑い芸人「カズマルくん」だと知るや否や大反対する。同時に、瞳は雅彦の決死の告白を「冗談なんでしょ?私の結婚を反対したくてテキトーなこと言ってるんでしょ? 」と軽くかわす。余命3ヶ月のすい臓がんなんて嘘、どれだけ反対されても絶対結婚するから!
声高にそう喧嘩した後も、だからと言って険悪な空気になるわけでもなく、各々仕事へ行き、翌日もふたりは着物で神社へ初詣に行く。
ここでもう既に、“椎名家がいかに仲のいい親子か”ということが痛いほどわかる。個人的な話だが、お世辞にも平和とは言えないような家庭環境で育ってきた私は、なんならこのシーンでもう泣きそうだった。嘘、泣いた。
当然のように食卓を囲み、示し合わせたわけでもなく着物に着替えて初詣に行き、笑顔で写真を撮る。正月に仕事へ行こうにも、申し訳なさそうな不必要な遠慮もない。まだ蕾すらついていない寒い季節の中、写真に映るふたりの笑顔は春のようにあたたかかった。そしてふたりにとってはその“穏やかな春”が日常だから、そのままお仕事へ向かうし、笑顔で送り出す。
 
家庭環境が凄惨だった人間としては、「心温まるホームドラマ」というものは正直身構えてしまうところがあるのだ。制作陣にそんな意図がなくとも、“親は子を愛するもの、子は親を愛するもの”という固定観念がそこかしこに漂い、圧力をかけるようにメッセージ性として訴えかけてくる。そんなホームドラマが、正直この世には多い。
自分の経験とは切り離してフィクションとして楽しむべきなのだろうし、実際ほとんどはそうやって観ているけども、それでもそういうドラマを観終えた後には消せないわだかまりが残る。そしてそのわだかまりは自責へと繋がり、親から貰ったものを愛だと呼べなかった自分を深く傷付けた。
なのに、「春になったら」はそれがなかった。“それがない”ということが、第1話の冒頭から感じ取れた。
瞳は雅彦という父をうざったくあしらうし、雅彦も瞳という娘を過度に甘やかすわけでもない。ただ彼らのつくりあげてきた愛が日常となり、親愛が平穏な空気感をつくりあげ、自然な表情とテンポのいい会話がドラマの中の世界をあたたかく彩る。ただ、それだけ。“親子だからわかりあえる”だとか“穏やかで平和な親子が羨ましいでしょう? ”という誇示もない。傍から見たら「早いよ」と思われるだろうけれど、私は冒頭の初詣までの数分間のシーンで、既に心の絡まった糸がほどかれており、涙腺がゆるみ、このドラマに深澤辰哉という推しが出演できていることに、深く感謝した。
 
瞳は助産師として働いており、父雅彦は実演販売士として生計を立てている。命の誕生に携わる仕事をする娘と、命が日常として生きるための彩りを添えるような仕事をする父。そんな娘が結婚相手に選んだのが“日常を笑いで彩る”お笑い芸人なのだが、そんな瞳に長年片想いをしている相手は“命の終焉の式典を手伝う”葬儀屋に勤めている。
そう、岸圭吾だ。
第1話から、岸圭吾はもうひとりの友人、大里美奈子と登場する。大学生時代からの友人である3人は、写真展に行く約束をしており、そこで写真を眺めながら再会を楽しんでいた。3人はどうやら元写真サークルだったらしく、写真を見ながら話に花を咲かせた。
「俺はあれが好き!」美奈子ちゃんと瞳ちゃんの顔を覗き込むように指を指し、笑顔を見せたのが岸圭吾の初登場だった。対して美奈子ちゃんは言う。「プロは凄いね、私もこんなの撮ってみたい。」「俺も。」「いやふたりとも偉いよ、今でもちゃんと、写真やってんだから。」「俺たちのはただの趣味。」「瞳はもう全然撮ってないの? 」「もうスマホだけだよ。一眼レフもしまいこんじゃってるし。」そんな軽快な会話の中、岸くんはほんのりと恋心を漂わせる。
「俺は瞳の写真好きだったけどね。」
先輩たちも瞳の写真が1番いいって言っていたじゃん。大学レベルだよ、今は時間もないよ。
美奈子ちゃんと瞳ちゃんの会話に織り交ぜるように、岸くんはさらっと“好き”と言った。“その人の持ってるものなどを「好き」と言うことはできるのに、その人自身を「好き」とは言えない臆病な恋”。オタクの大好物だ。しかもさらっと、美奈子ちゃんと同じ声色で“友人として”これを言う。なんて臆病で切ないんだ、岸圭吾。
でもそんな岸くんの言葉も、瞳ちゃんには“友人として”しか届かない。話題は写真から近況へと移る。
「(写真を撮る)時間はなくても、かず君と付き合う時間はあるんでしょ?」美奈子ちゃんの冷やかしで、瞳ちゃんの表情はにやけ、岸くんは呆れる。「まだ付き合ってんの?カズマルなんて。」かずくんの芸名であるカズマル“くん”を“くん付け”しないところまで、雅彦お父さんとそっくりの反応を返す岸くん。
そんな岸くんをよそに、浮き足立って瞳ちゃんはふたりに報告する。「私たちね、結婚するの!」素直に祝福する美奈子ちゃんに対し反して、岸くんは詰問して反対する。「売れないお笑い芸人なんて、絶対苦労する。」そんな岸くんの言葉に、瞳ちゃんは「岸くん、お父さんと同じこと言うじゃん」、そう言うのだ。「そもそもふたりが誘ってくれた、あのお笑いライブがきっかけだったんじゃん? 」
ため息を吐きながらも、岸くんからしたら深い安心と深い傷の共存する、悲しい言葉だっただろう。“友だちで居続けることが相手の願いだと勘づいているから、せめて切れ端だけでも好きだと言わせてほしい”といういじらしさを見せた後で“100%恋愛対象として意識していないよ”という証拠を上塗りするように、「お父さんみたい」と言われる。好きな人の言葉としては苦しいけれど、岸くんは“友人関係を壊したくない”から今までずっと告白しなかったわけで、だから友人としてはむしろ嬉しさを感じさせる言葉なわけで……。
誰も気付かない中、視聴者だけが薄く曇る岸くんの表情に気付いた瞬間だった。
 
「あのときライブに誘わなきゃよかったと思ってんの? 」「瞳は覚悟決めたんだよ。」瞳ちゃんと別れ、美奈子ちゃんとふたりきりになった岸くんに、美奈子ちゃんは表情を曇らせながらも毅然と言い放つ。そりゃあそうだ、岸くんの片想いが長引けば長引くほど、彼に想いを寄せている美奈子ちゃんは浮かばれない。でも別に美奈子ちゃんは“岸くんと付き合いたいから”さっさと失恋してほしいわけじゃなくて、“好きな人が前を向けずにいること”が辛いからなんだろうなぁ……と思うと、第1話から早速このふたりが切なくて愛おしくてたまらなかったです。
 
そんな中、瞳ちゃんはひとり、雅彦お父さんの“嘘”を立証するためお父さんへの質問を重ねたり、病院へ行ったりする。お父さんが3ヶ月後に癌で死ぬなんて信じたくない、嘘だと立証したい。いつもの冗談だと、眉をひそめながらも笑い飛ばしたかった瞳ちゃんの期待を、現実はあっけなく打ち壊す。光石研さん演じる、雅彦お父さんの主治医(緩和ケア医)の阿波野先生のところまで行き、ようやく瞳ちゃんはお父さんの言っていたことが“冗談”ではなく“現実”なのだと理解した。
「春になったら」が辛いのは、雅彦お父さんに“治療の意思がない”という点である。末期とは言え、治療すれば長く生きられる可能性はある。文字通り、万に一つの可能性だけれど。
受け入れがたい現実に、瞳ちゃんは駄々をこねる子どものようになる。「やだ! 」「お父さんのばか! 」そんな瞳ちゃんに対しても、お父さんは治療の意思を持たないまま、容赦なく結婚を反対する。「お笑い芸人なんて絶対認めないからな! 」似た者親子だと思った。似た者同士で不器用で、子どもっぽくて感情に素直で、でも相手との信頼が大きいから“わがまま”にしかなれない。このふたりの親子の間に、どれだけの愛が溢れているのか、優しくて苦くて清い世界観の中でもよく伝わっていた。
1話ラスト、雅彦お父さんはカズマルくんのお笑いライブに突撃する。まさに“突撃”。岸くん、瞳ちゃん、美奈子ちゃんの並びで最前列を陣取り、お世辞にも大賑わいとは言えないカズマルくんのライブの中、瞳ちゃんだけが楽しそうにしている。そんな中、後列からヤジが飛ぶわけだ。「面白くねぇな!」その上カズマルくん(かずくん)には子どもがいることまで発覚し……。「俺は絶対結婚なんて認めねぇからな! 」売り言葉に買い言葉、瞳ちゃんもステージに上がり、大声で反論する。「私だって、絶対かずくんと結婚する! 」
 
と、第1話の顛末をさらっとお話したけれど、他にも心に残る台詞やシーンはたくさんあるから、もし未視聴の方がいらっしゃったらぜひ観てほしい。NetflixとFODにて配信中です。
そしてここまで読んだら、観ていらっしゃらない方でも、いかに瞳と雅彦というキャラクターが魅力的か、伝わるんじゃあないかとも思う。そして「春になったら」というドラマが、いかにあたたかさに溢れたドラマなのか、も。
 
タイトル通り、「春になったら」瞳ちゃんは結婚すると宣言した。「春になったら」癌で死ぬと雅彦お父さんは受け入れている。そんなふたりが反発しながらも、どんな春を迎えるのか。3ヶ月間、我々視聴者はドラマの中のキャラクターと一緒に、春を心待ちにし、春が来ないことを願い、そして最後に訪れた春に涙を流した。
瞳ちゃんや雅彦お父さんだけじゃあない。そもそもこのnoteを書くに至ったのは、岸圭吾への想いをしたためかったから。でも岸圭吾のこと“だけ”を書くにはもったいないほど、「春になったら」というドラマは素晴らしいドラマだったのである。
 

岸圭吾の恋愛


ごめんなさい、ここまでは前振りです。長かったね、ごめんね、8000字近くも書いて「前振り」とか意味わかんないよね。ただどうしても、「春になったら」というドラマの前情報一切なしに“岸圭吾のことだけ”を知られるのははばかられてならなかったんです……。
そもそも引用でさらっと触れたけども、瞳ちゃんがカズマルくんことかずくん(川上一馬)と出会ったのは、友人の岸くんと美奈子ちゃんがカズマルくんの出演するお笑いライブに誘ったから。そこでふたりは出会い、距離を縮め、婚約まで至った。そしてライブに誘ったのは、あることで落ち込んだ瞳ちゃんを慰めるため。どこまでも優しさが身を結ばないというか、なんというか。でもそれが岸圭吾の良さでもある。
結婚式に友人として呼ばれ、「岸くんお葬式で司会慣れてるでしょ? 」とまで言われてしまう。そしてそうやって溜まりに溜まった鬱憤を、あろうことか岸くんに惚れている美奈子ちゃんに愚痴をこぼす。物語の中で、岸くんと美奈子ちゃんは何度も何度ももんじゃ屋に赴き、もんじゃを焼きながら「なんで瞳は結婚しちゃうんだろうなぁ」と唇を尖らせる。その言葉でかたまる美奈子ちゃんの表情には、気付かない鈍感さが、岸圭吾の魅力でもあるが。
 
「春になったら」では、瞳ちゃんと雅彦お父さんがあるリストを書く。“結婚するまでにしたいことリスト”と、“死ぬまでにすることリスト”だ。物語が進むにつれ、内容が変わったり、達成されていったりするのがどこか寂しくもあるのだけれど、瞳ちゃんは当初、その中に“美奈子とふたりで旅行に行く”と書いていた。
岸くんは瞳ちゃんのことも美奈子ちゃんのことも、下の名前で呼ぶ。それに対し、瞳ちゃんと美奈子ちゃんは徹底して“岸くん”だ。もちろん、美奈子ちゃんと瞳ちゃんはお互いを下の名前で呼び合う。
異性の友人というものに関しての意見として、個人的には“人によるだろ”に尽きるのだけれど、この3人の関係性はちょうどいい“心地良さ”がありながらも、岸くん視点からしたらどこか寂しいと思ってしまうものだった。
例えば、婚前旅行に呼ばれない。例えば、下の名前で呼ばれない。例えば、3人で並べない。例えば、“かずくんに子どもがいたことを、岸くんだけ知らされていない”。
瞳ちゃんは割と抱え込みやすいというか、溜め込んじゃう性格だ。かずくんに子どもがいることも、お父さんの病気のことも、なかなか言えずにいた。でも少なくとも前者は、美奈子ちゃんには伝えていた。
「え、ちょっと待って、ふたりで? 」「ごめんね、女子旅だから。」あの瞬間の、拗ねるような岸くんの表情が忘れられない。彼は日常的に引かれる“男女の境界線”に慣れていたのだろう。 別に、男女の友人関係ならある意味当たり前のことだ。どれだけ仲良くても、たとえ全く恋愛感情ありきで見ていなかったとしても、風呂やトイレは当然別だし、並んで歩いていれば関係性を決めつけられることも多い。でもその当たり前は、“瞳に告白せずに友人でい続ける道を選んだ”岸圭吾にとっては、しんどいものだっただろう。
 
美奈子ちゃんは過去、岸くんに言った。「告白して、どうすんの。振られたら友だち関係もなくなっちゃうかもしれないんだよ」。岸くんの表情は、「わかってるよ」とでも言わんばかりに曇り、彼は尚ももんじゃにばかり向き合っていた。
たぶん、岸くんの希望の中には瞳ちゃんだけでなく、美奈子ちゃんもいるんだろう。瞳ちゃんを恋愛的な意味で好きだからと言って、友愛がないわけじゃない。そして同じように、美奈子ちゃんを“友人として”どこまでも信頼している。だからこそ愚痴を零す。
瞳ちゃんは美奈子ちゃんと岸くんを友人として信頼していて、でもその形は違っていて、岸くんは瞳ちゃんが好きで、でも美奈子ちゃんも友人として大切で、美奈子ちゃんは瞳ちゃんを親友だと思っていて、岸くんが好きで。ままならない、三角関係とひと言で言い切ってしまうには、あまりにも絡まった感情がそこにあった。
ここからわかるのは、岸くんはきっと“美奈子ちゃんとの関係も瞳ちゃんとの関係も壊したくはない”ということ。たぶん彼は告白して成就するなんてほとんど考えちゃいないだろうけれど、“もし付き合えたら、瞳の親友の美奈子とは友だちでいられないかもしれない”と思い、“もし振られたら、瞳の中の『信頼できる友人』じゃなくなってしまうかもしれない”と思っているんだろう。どちらも大切だから行動を起こすことができず、でも行動を起こせなかったことをずっと後悔し、やりきれない思いを抱え、うじうじと同じ場所で燻っている。不器用すぎるほどに、優しい男。それが岸圭吾。
 
第2話。雅彦お父さんの病状が悪化していく中、お父さんの“やりたいことリスト”に書かれた“瞳と伊豆へ行く”を達成するため、ふたりで旅行に出る。
そこで瞳ちゃんは、お父さんにずっと言えなかった過去を打ち明ける。曰く、瞳ちゃんは元々、今働いている助産院ではなく、病院で働いていたらしい。でもそこで心に傷を負い、出勤すら難しくなった。
そんな瞳ちゃんを見かね、お笑いライブに連れて行ったのが美奈子ちゃんと岸くん。そしてそのお笑いライブに出演していたカズマルくんことかずくんに心を救われ、そこからふたりの縁は繋がった。
ひと言で言ってしまえば「岸圭吾きっかけで瞳と一馬は付き合った」なのだけれど、物語として観ると「落ち込んでいた瞳を元気づけるため、友人として美奈子と協力して誘ったお笑いライブがきっかけで瞳は一馬に『救われた』」というわけだ。お笑い芸人カズマルくんに救われて、笑いながら涙を流す瞳ちゃんに、「瞳? 」「どうしたんだよ」と声をかける美奈子ちゃんと岸くんは、落ち込んでいた瞳ちゃんの笑顔を見られて安心するし、そういう声掛けをしてくれる優しさがあるけど、瞳ちゃんが本当の意味で救われたのは岸くんたちじゃなくてカズマルくんなんだよな……。
 
今まで打ち明けられなかった瞳ちゃんの過去を聴いたお父さんは、“お母さんとの馴れ初め話”を話す。曰く、「元々友だちだったけど、お父さんが猛アタックして付き合った」らしい。10年間、雅彦お父さんは友人関係だった瞳ちゃんのお母さん(佳乃)への片想いを育て、恋も見守り、愛の告白をし、長い時間をかけてようやく「もう、友だちじゃなくていいよ。あなたは私の大事な人だから」と、恋心を受け入れられた。
このシーンを観たとき、オタクの思ったこと。「パラレルワールド岸圭吾やないか……」。友だちでいながらも10年間片想いを育ててきて、佳乃お母さんはそれを感じ取っていて、救われながらもいつの間にか“大事な人”になっていて、恋心を受け入れて、相思相愛になって、家族になって。岸圭吾が掴みたかった、でも掴むことのできない未来じゃないか。ここでオタクは再び咽び泣いた。
 
岸くんにとって、美奈子ちゃんと瞳ちゃんとの友情は本当に大切で、壊したくないもので、だからこそ自分の恋心を贈ることはしなかった。“友人”として信頼している美奈子ちゃんに愚痴をこぼすだけで、当の本人の瞳ちゃんに贈ったら3人の関係性のどこかが壊れることは自覚していたし、どれも壊したくないくらい大切だった。
でもそんな岸くんが惚れた瞳ちゃんのお父さんは、“友だち”から“大事な人”になって“夫婦”になって、瞳ちゃんが産まれた。
岸くんと雅彦お父さんって似ているよな……と思う節は、それまでもちょこちょこあった。前述したように、瞳ちゃんだって「岸くんお父さんみたいなこと言うじゃん」と言っている。
たぶん岸くんは“恋心を隠さなきゃ”“ふたりのためにも友だちでいなきゃ”と自分に課すがあまり、“友だち”という固定観念に縛られていたのだろう。それが彼を臆病にさせ、お父さんみたいな言動をさせた。
ちょっと口うるさくて、心配性で、優しくて、明るい“お父さん”みたいな大切な“友だち”。佳乃お母さんもきっと、雅彦お父さんに似たようなことを思っていて、その友愛が恋愛に繋がり、結婚へ至った。でも瞳ちゃんはそんな岸くんではなく、「この人といたら自分も優しくなれる」「大好きな人」と話す、かずくんと一緒になる道を選んだ。
どれだけ仲の良い家族でも、別人だ。違う運命を歩むのは当たり前。雅彦お父さんと瞳ちゃんが仲良くて似ている親子でも、岸くんがお父さんと同じように“友愛と恋愛感情”を共存させてきたとしても。
 
「希望がなくてもずっと片想いし続けたお父さんみたいに、私がかずくんと結婚したいって気持ちは変わらないの。」結婚をなかなか認めてくれないお父さんに、瞳ちゃんは言った。大好きな人だから、感情を、選択を、受け入れてほしい。“大好きな人と結婚したい”という望みも、“大好きなお父さんに治療して長生きしてほしい”という気持ちも。
でも治療を受け始めたら、癌と戦うだけの人になってしまう。お父さんはそれが怖い。瞳ちゃんのお父さんのまま、佳乃お母さんを愛した人のまま人生を終えたい。どうにもならない現実を、落ち込みながらも自分の中で受け入れたんだから、瞳も受け入れてよ。わかってよ。あっけらかんと笑いながら、お父さんも瞳ちゃんと同じようなことを言うんだ。どこまでも、似た者親子なんだ。
 
なんかもう、ボロ泣き。大好きだから受け入れてほしい。でも大好きだから受け入れられないこともある。違う人間だから。
こうやって素直に愛情を表出させられる瞳ちゃんだからこそ、岸くんは好きになったんだろうなぁと改めて思う。話が進めば進むほど、椎名瞳というキャラクターがいかに魅力的なのかわかる。大切な人のことを考えすぎて自分を後回しにしちゃって、抱え込みすぎるほど責任感が強くて、素直になれないのに大好きな人にはわがままで。可愛くて素敵な人。
そんな瞳ちゃんだからこそ、岸くんは10年間も片想いし続けられたんだろうな。好きものにまっすぐで、素直で、責任感の強い瞳ちゃんだから、恋心を預けてまでも友人であり続けたいと願った。
優しすぎる岸圭吾が、優しいが故にわがままになれる椎名瞳に惹かれるの、わかってしまうなぁ。

岸圭吾の友愛


瞳ちゃんと美奈子ちゃん


第4話は、徹底して“友情”を描いた回だった。雅彦お父さんがリストに書いた“謝りたい相手(神くん・演:中井貴一)”に会いに行き、昔の確執を紐解いていく。
同時に、瞳ちゃんを取り巻く友情も形を変えていった。珍しく3人ではなく、瞳ちゃんと美奈子ちゃんふたりでもんじゃを食べるシーン。瞳ちゃんが親友の美奈子ちゃんにお父さんと神くんのことを相談すると、美奈子ちゃんの表情が曇っていく。「今がタイミングじゃないってこともわかっているんだけど……」瞳ちゃんを気遣いながらも、美奈子ちゃんの重い口が開く。私ね、大学の頃からずっと、岸くんのことが。
「知ってるよ、好きなんでしょ? 」
なかなか本題を切り出せない美奈子ちゃんに対し、瞳ちゃんはあっけらかんとしていた。その反応の安心感からか、美奈子ちゃんは「でも、岸くんは瞳のことが好きなんだよね」さらっと岸くんのこじらせた恋心をバラしてしまった。これには瞳ちゃんも、寝耳に水だったようだけれど。
親友の瞳ちゃんに嘘をつきたくない、秘密ごとをつくりたくない、後ろめたさを感じたくない、と、「自分が岸くんを恋愛的な意味で好きなこと」と「岸くんが瞳を恋愛的な意味で好きなこと」を打ち明けたのだ。これだけ聴くと、なんで岸くんの気持ちを勝手に言っちゃうの、と思わなくもない。当時、我々視聴者もそわそわした。
でも美奈子ちゃんは、瞳ちゃんはどちらもとっくに気付いていると思っていたから言った。実のところ、瞳ちゃんは前者しか知らず、多少なりとも驚くわけだけれど、だからといってふたりの友情にヒビが入ることはない。お互いに、“なんの遠慮もなく”話せるようになりたかった瞳ちゃんと美奈子ちゃん。だからこそ、美奈子ちゃんはずっと隠してきた気持ちを告白した。
「言えなくてごめん。私、最低だ。瞳には幸せになってほしいし、かずくんとの結婚も祝福してる。でも、もしかしたら、瞳が結婚したら自分が安心するかも……って。」そんな素直に謝罪してくれる親友を前にして、優しい瞳ちゃんが美奈子ちゃんを責めるはずもない。「話してくれて嬉しいよ。むしろしんどかったよね。私こそ、鈍感でごめん。」

この回は、“謝られる側は大したことだと思っていないけれど、謝る側を救うために『ゆるす』”構造だった。友情ってそういうもんだよな、大好きな人の、親友のわだかまりをとくために、“謝罪”を“仲直り”に変えなきゃいけないときがあるんだよな。それを察せられるくらい、雅彦お父さんと瞳ちゃんは愛に溢れていて、優しいんだよな。
結果、雅彦お父さんと神くんは仲直りできたし、それを見た瞳ちゃんは「40年後も仲良くしてね」と美奈子ちゃんと笑い合う。素敵な友情だ、わだかまりをなくすことで前に進めたし、瞳ちゃんと美奈子ちゃんの友情はワンランクアップしたと言えるだろう。尊い。ただ、それはさておき岸圭吾の片想いは、自分以外の手で終わらされてしまった。
 
違う、違うんだ。美奈子ちゃんは悪くない。これだけは声を大にして言いたい。前述した通り、美奈子ちゃんは瞳ちゃんが“知っている”ものだと思っていて、その上でわだかまりをといて謝罪したかっただけだし、瞳ちゃんは自分に向けられる恋愛感情を知らなかっただけ。かずくんとの恋も瞳ちゃんのアプローチから始めるくらい自分の感情に正直だし、ただ単に “自分の感情に正直で、向けられる感情には鈍感”なんだろう。だから誰も悪くない。あえて言うのなら、“抱えてきた恋愛感情にずっと区切りをつけられずにいた、臆病な岸圭吾”が悪いんだろう。
“40年経っても変わらない友情”にも選ばれず、自分の手で失恋できないから失恋のお手伝いをされてしまい、大切にしてきた恋心は1番バレたくない人にバレてしまった。うじうじと片想いを育てているうちに、好きな人のためにと友人の枠の中で見守っていたら、ぽっと出の男との結婚が決まっていて、恋心のネタばらしをされた。なんだよ、なんだよそれ。岸圭吾がなにをしたってんだよ。あんまりじゃあないか。誰だよ、岸圭吾が悪いとか言ったの。まぁ“なにをした”って言うと、なにもしていないんだけどさ。
岸圭吾は、ただ“今の心地よい関係性”を壊したくなかっただけなんだよ。
 

岸くんと瞳ちゃん


病気に弱っていくお父さんを目の当たりにして、「病気に苦しむお父さんを支えなきゃ」と焦り出した瞳ちゃんは、結婚という自分の幸せを後回しにするようになる。悩みが滲み出てきて、答えのない場所に追いやられてしまう。自分の“結婚までにやりたいことリスト”も書き換え、“美奈子と旅行”や“エステ”も、「そんなことしている暇ないよ」と消した。
瞳ちゃんとかずくんカップルは、何度もウェディングプランナーと挙式について相談するシーンがあるが、2度に渡ってキャンセルしようともしている。最初、雅彦お父さんの病状を理解したときと、第6話。
お父さんはとっくに死を受け入れているけれど、瞳ちゃんは受け入れられなくて、でもそれを誰かに相談して迷惑をかけたくもない。お父さんはわがままにずっと結婚を反対しているし、かと思えばかずくんが結婚を認めてもらうために仕事を辞めたら怒るし、結婚したいのにお父さんのことを思うとできないし。
結局かずくんは“結婚を認めてもらうため”に芸人を辞めて塾講師になり、「お父さんに晴れ姿を見てもらおうよ」と式の開催を早めようとまでしたが、結局瞳ちゃんから“婚約解消”を切り出し、かずくんもそれに応じた。
 
婚約解消=当然挙式もナシ。「招待状はまだ? 」「視界の打ち合わせは? 」瞳ちゃん、美奈子ちゃん、岸くんの3人のグループLINEらしいそのトーク画面で軽快に交わされる会話は、夜勤明けなのに眠れない瞳ちゃんの気持ちをより一層重くした。「結婚式、キャンセルした。」
この瞳ちゃんの言葉に対し、美奈子ちゃんは返答したものの、岸くんは既読すらつかない。瞳ちゃんがそれに対して何を思ったのかはわからないが、瞳ちゃんは暗い表情のままベッドから立ち上がり、ひとりのリビングで時間をつぶした。
そこへ来たのが岸くん。「なんで? 」瞳ちゃんが周囲をちょっと見渡しながら岸くんを中に入れたのは、美奈子ちゃんがいると思ったからか、恋心を知っているからこその美奈子ちゃんへの後ろめたさか。わからないけれど、そこに翻弄されるほど3人の友情は軟弱ではなかった。
ただ岸くん当人は、そうは思っていなかったらしい。
「友だちだからさ、やっぱり心配なんだよ。瞳が元気でいてくれないと。」「今週はいつでも空けれるからさ、また3人でもんじゃでも食べに行こう? 」“友だち”として必死に振る舞いながらも、見返りを求めない深い親愛を、岸圭吾という男は純度100%の優しさで瞳ちゃんに語りかけ続けた。
それが瞳ちゃんに、誰を彷彿とさせたか。これは一視聴者の想像でしかないけれど、たぶん、きっと、お父さんだろう。“認めてもらうために意固地になるお父さん”ではなく、“ただひたすらに励ましてくれるお父さん”を。そして同時に、恋心を隠してまで必死に自分を励ましてくれる岸くんに、涙腺を刺激されたのだろう。
岸くんのためにお茶を準備していた瞳ちゃんは、ぼろぼろと肩を震わせながら泣き出してしまう。そんな瞳ちゃんに対し、岸くんは心配そうに背中をさすり、名前を呼びかけるだけ。でもそれがきっと、瞳ちゃんにとっては大きかったと思う。「ありがとう、ちょっとすっきりした。」そう言った瞳ちゃんの表情は、たしかに晴れやかだった。
 
さっきも書いたけど、やっぱり奈緒さん演じる椎名瞳というキャラクター、一貫して“責任感が強く抱え込みやすいタイプ”として描かれているんだよな。だから涙を流すこともほとんどない。そんな瞳ちゃんが、岸くんの言葉で涙腺がほろりとゆるんだ。これはたしかに友愛だし、親愛なんだよ岸くん。この瞳ちゃんの感情は、優劣つけられるようなものじゃあないんだよ、だから自信持ってくれ。
確かに、いくら涙を流したとはいえ、泣き顔をさらしたわけではない。強がっているし、この後瞳ちゃんは仕事中に心労がたたって倒れてしまう。それでも、瞳ちゃんが岸くんのために淹れたお茶を「ありがと」「おいしい」と何度も言って飲み干す岸圭吾が。仕事に行く前の朝早い時間に瞳ちゃんが心配で家に立ち寄って勇気づけてくれる岸圭吾が。瞳ちゃんに愛されていないわけがないんだよ。
欲しい愛じゃ、なかっただけで。

 

岸くんと美奈子ちゃん


いつだって、物語の中で恋をさせる側は少し残酷だ。恋に落としたくせに気付かず、気付いたって放置していることが多い。「春になったら」では瞳ちゃんに“残酷さ”を覚えることは少なかったが、こと岸圭吾においてはとにかく残酷な男だと感じてしまうことが多々あった。鈍感で優しくて。思わせぶりな態度はしないけれど、どこまでも“友人として”美奈子ちゃんを信頼している。岸くんに大学時代から恋焦がれている美奈子ちゃんに、どこまでも同情してしまった。同時に、「そりゃあ好きになっちゃうよな」とも思ったけれど。
 
第4話、ふたりで瞳ちゃんの家を訪れたとき、雅彦お父さんがやたら岸くんを気に入った。でもそれは“岸くんが葬儀屋だから”だったと、第5話冒頭で判明する。
楽しい葬式にしたい、岸くんに仕切って(司会進行を)ほしい。何の因果か、結婚式と葬式で似たようなことを頼むこの親子は、岸くんを大いに困らせた(まぁこのときの瞳ちゃんの表情が困惑そのものだったからこそ、岸くんは“俺が瞳を幸せにしたい”“カズマルに任せられない! ”となったんだろうけど)。
それを、岸くんは美奈子ちゃんに愚痴る。本当にこの男は、困ったことがあったらすぐ美奈子ちゃんを呼び出して愚痴るんだからよ。「瞳、大変そうだったよ。もう、結婚やめちゃえばいいのに。」「……岸くん“も”だいぶ拗らせてるよね。」
そして大体彼の“困ったこと”は瞳ちゃん関係。愚痴の中に、ほんの少しでも「そういや最近美奈子はどうなの? 」のひと言を散りばめてくれれば、美奈子ちゃんも“好きな人の恋心の種明かし”なんてせずに済んだかもしれないに。
でも、第5話の居酒屋(たぶんここだけもんじゃ屋さんじゃないんだよな)で愚痴っているシーンで、美奈子ちゃんは仕掛ける。「ねぇ、相手に好きな人がいるってわかっていて、自分の気持ちを伝えるのって、エゴだと思う? 」岸圭吾は手を止め、美奈子ちゃんの真意を聞こうとする。「えっ? 」「『僕は君が好きです』って。『私はあなたが好きです』って。」
美奈子ちゃんはここで疑似告白をしたわけだ。視線は合わせないけれど、あくまでたとえ話だけれど。「なんだよ急に。」「エゴだと思う? 」焦れるような美奈子ちゃんの表情は、照れているようにも見えていじらしかった。
「それはエゴじゃないよ。」言うんだよ、この男は。美奈子ちゃんの欲しい言葉をくれるんだよ。しかもまるで“自分の話をしているとは露とも思っちゃいない”みたいな、ひょうきんな顔で。「自分の気持ちを伝えるだけだろ? それだったらいいじゃん。」
この瞬間の、美奈子ちゃんの緊張が解けたようなほろりとした表情よ。欲しかった言葉をくれる人って、無条件で好意を寄せちゃうよね。向こうにそんな気がなくとも。「まぁ、それができていたら楽なんだけどねぇ。」でもここで涙を見せたり告白を本物にしたりするほど、彼女の岸くんへの想いはまっすぐじゃあない。岸くん“も”だいぶ拗らせてる、と言ったように、美奈子ちゃんもだいぶ拗らせているのだ。その自覚があるのだ。
 
ここからわかるのは、岸くんは“本当に、心から美奈子ちゃんを信頼している”ということ。しかも“友だちとして”。
でも岸くんはちゃんと“異性の友だち”として信頼しているんだよ。瞳ちゃんと美奈子ちゃんの“親友”に割って入ろうとはしないし、でも瞳ちゃんに対しては“友だちでいなきゃ! ”と己に課しているのに対し、美奈子ちゃんに対してはナチュラルに“異性だけど信頼している大事な友人”として接している。
でも、でもさ、美奈子ちゃんが欲しいのは“信頼”じゃあないんだよな。
 
第6話。再び瞳ちゃん宅を訪れたふたりは、婚約解消した上でも仲睦まじいかずくんと瞳ちゃんを思い出し、物思いにふけながら夜道の帰路につく。「婚約解消しても、瞳はカズマルくんのこと好きなんだな……。」傷付いた恋心に慣れきった岸圭吾は、冬の終わりの寒空の下、ポケットに手を突っ込みながら何気なく呟く。それを美奈子ちゃんに言ったつもりじゃなかったかもしれないけれど、それを零させるくらいの空気感ではあった。
「ねぇ、岸くん。」美奈子ちゃんは言う。「これからも友だちでいてね。」
私の中で“失恋”とは、「誰かに『その人が好きだ』という恋慕を言葉などの形にして、自分の中で区切りをつける」もので。だからこそ、美奈子ちゃんのこの台詞は彼女なりの“失恋”の告白なんだと思った。
愛の告白は何も付き合うための「好きです」だけじゃあない。「これからも友だちでいてね」。そんな“失恋の告白”も愛の告白なんだろう。
美奈子ちゃんは、第4話で瞳ちゃんに「大学時代から岸くんのことが好きだった」と言った。そして第5話では、岸くん本人に偽物の形で「私はあなたが好きです」と言った。それに対して欲しい言葉も返してくれた。きっと好きだと本気で言っても、岸圭吾という男は美奈子ちゃんの感情を邪険にしないだろう。
それでも、岸くんの口から出るのは、瞳ちゃんの名前だった。未練がましい、瞳ちゃんへの恋慕だった。「婚約解消しても、瞳はカズマルくんのこと好きなんだな……。」ちなみに本筋とは全く関係ないけれど、岸くんのかずくんの呼び名が“カズマル”から“カズマルくんさん”に移行し、ここにきて“カズマルくん”になっているのがとても良い。「芸名は『カズマルくん』なんだから、呼び捨てしないで! 」という瞳ちゃんの意向をくみ取っているんだろう。いじらしいほどの拗れた片想いだ。
そんな岸くんの言葉に、美奈子ちゃんが“失恋の告白”をしたのである。「なに、いきなり? 」突然のことに、岸くんは笑みを滲ませながら美奈子ちゃんを見る。「これからも友だちでいてね、ずっと。」あっけにとられる岸くんに、美奈子ちゃんはグータッチを求め、岸くんは応える。真意がわかっちゃいないのに応える優しさ。それが岸圭吾の魅力のひとつ。
「わかってるよ、何、いきなり。」「男なんていくらでもいるしねぇ! 」グータッチを終え、夜道を先に歩いた美奈子ちゃんの声が、暗い夜に響いた。「なに、意味わかんない。」「わかんなくていいよ! 」
「春になったら」がいいな、と思うのは、こういうときにキャラクターの顔をアップで撮らないところだ。夜の橋の上で話すふたりを、前から撮った後に俯瞰で撮る。このシーンにおいて重要なのは、岸くんと美奈子ちゃんの感情の機微ではなく、“空気感”だから。
 
この感覚が通じる人って案外少ないと思うんだけれど、“雨のにおい”とか“春の空気”って存在すると思う。じっとりした梅雨の濃い、コンクリートが土のように湿った匂い。ほんわかとしたぬくもりと、一抹の淋しさを感じる空気。「春になったら」って、この“言葉にしにくい”空気を、美しく演出してくれた作品だったと思う。
このドラマは、大体放送日と同じ時間軸で進む。第6話は2月中旬。2月から見た春って、本物の4月の春より芯が冷たい。真夏の猛暑日に真冬の極寒を思い出せないように、同じ季節でも見る角度で“空気”や“温度”が変わる。
雅彦お父さんがかずくんと瞳ちゃんの関係性を認め、ふたりがじっくりと現在を見つめ直し、美奈子ちゃんが前へ進む。岸くんだけが置いてけぼりを食らっているかのように見える、この2月という、雪は解けたのにあたたかくはないこの季節の中で、岸くんも岸くんなりに恋の花を育てていたんだ。
 

岸圭吾の失恋


少し時は戻り、第4話。2月になったばかりのまだダウンが手放せない頃、美奈子ちゃんと瞳ちゃんの友情の名のもとに恋心を晒され、岸圭吾は事実上“失恋”した。かずくんと結婚すると決めた瞳ちゃんが岸くんに振り向くはずもないし、関係性を壊したくない岸くんが改めて瞳ちゃんに告白するとも思えない。そして優しい瞳ちゃんが、岸くんの恋心を知ったからと言って、なにか行動を起こすはずもない。
そんな瞳ちゃんと時を同じくして、岸くんも自分の感情に向き合い出す。第4話で美奈子ちゃんと岸くん、ふたり揃って椎名家を訪れるシーン。そこで“死を受け入れて奔放に振る舞うお父さん”と“そんなお父さんに対して心配げに顔を曇らせながらも、日常を謳歌しなければと焦る瞳ちゃん”を見て、岸くんもなにか思うところがあったのだろう。
もしかしたら、自分の中で“言葉にならずに終わる感情がある”ことに、焦りを感じたのかもしれない。と同時に、「岸くん、彼いいねぇ! 」と(名前を何度か間違えながらも)岸くんを気に入り、褒め称える雅彦お父さんに、淡い期待を抱いてしまったのかもしれない。前述したように、雅彦お父さんも実際は岸くんの“職業”に興味があっただけだけれど。そして瞳ちゃんは既に岸くんの恋心を知っているのだけれど、岸くんは“瞳ちゃんが知っていること”を知らない。
淡い期待と焦りが彼の背中を押したのか、第5話、岸くんは偶然会ったかずくんに対し、けしかけるようなことを言う。この頃のかずくんは、岸くんから見たら“瞳がお父さんのことで苦しんでいるのに寄り添おうとしない、婚約解消を受け入れた弱虫”だったんだろう。「瞳に、あなたはふさわしくない。」仕事帰りの喪服姿で、岸くんは毅然とかずくんに言い放つ。

「そうですか、瞳ちゃんの友だちの……。」ふたりが会ったとき、かずくんはまずそうこぼした。あ……かずくんは岸くんのことを知らなかったんだ。瞳ちゃんは話していなかったんだ。異性だから後ろめたいとかではなく、岸くんの話をする暇がないくらいかずくんとの時間が楽しかったんだ。ここでまたひとつ、視聴者は寂しくなる。
それに岸くんも寂しさを覚えたのか、やたら好戦的になる。「本当に瞳を幸せにする気ありますか? 瞳は今悩んでいます、あなたとお父さんで板挟みになっているんですよ。」まくしたてるように言う岸くんに対し、「……知ってますよ。」かずくんは拗ねたように呟く。「ならもっと結婚のこと考えてください。それでも結婚する気なら、僕はあなたの良識を疑います。普通じゃない。
岸くんにしては強い言葉だ。というよりも、このドラマにしては強い言葉だ。
「やっぱりお笑い芸人なんてやってる人は普通じゃない。そんな人と結婚したって、瞳は幸せになれない。」さすがに温厚なかずくんも、声をやや荒げる。「どうしてそこまで言われなきゃいけないんですか? 」「僕は普通だからです。」岸くんが間髪入れずに答えた。「僕は良識も常識もあるし、瞳の気持ちもわかるんです。」そこからまた怒涛に、自分たちは大学からの友人だとか、もんじゃを食べに行く仲だとか、的外れともいえるマウントを取り続ける。「瞳に、あなたはふさわしくない。」
あくまでも“瞳が好きです”という言葉は使わず、岸くんは“本当なら瞳ちゃんに言いたかった感情”を強い言葉にしてかずくんにぶつける。本当は瞳ちゃんの“大事な人”になりたいけれど、“普通の人”でいれば“瞳ちゃんの苦しみに寄り添える”と思い込んでいるから。
あぁ、でも違うんだよ、岸くん。岸くんが言いたかったその言葉は、これまで彼が“感情を言葉にできなかった”ことのツケが返ってきただけ。美奈子ちゃんが“岸くんもだいぶ拗らせているよね”と言ったように、彼の拗らせまくった恋慕が爆発しただけ。岸くんがいくら言葉を重ねてかずくんを傷付けようとしたとしても、瞳ちゃんとかずくんの絆が破綻することはない。
そんなことに気付くはずもなく、彼は言うだけ言って立ち去った。想いを向ける瞳ちゃんではなく、よりによってその想い人に対して恋慕をぶつけた。これでは失恋できるはずもない。
 
私の中で“失恋”とは、「誰かに『その人が好きだ』という恋慕を言葉などの形にして、自分の中で区切りをつける」もの。そうさっき前述したが、これに倣うと“岸くんはこの段階ではまだ失恋していない”。この後、婚約解消が明確になった第6話でも、岸くんとかずくんは偶然の邂逅を果たすが、そのときもまだ“失恋した”とは言えないだろう。
 
第6話。恋心を拗らせまくった岸くんに対し、かずくんは柔和に微笑み、「瞳ちゃんのこと、よろしくお願いします」と言った。「なにがあっても、瞳ちゃんのお友だちでいてあげてください。岸くんや美奈子ちゃんが、瞳ちゃんを支えてくれていたら僕も安心だから」。このときの岸くんの顔ったら。深澤辰哉、お前そんな顔ができたのかよ。そんなほのかにさわやかな絶望が、視聴者を襲った。
 
岸くんは、瞳ちゃんのことを“瞳”と呼ぶ。その呼び方は雅彦お父さんやマキおばちゃんや美奈子ちゃんと同じように、新愛の形で呼ぶ。
対してかずくんは、あくまでも“瞳ちゃん”だ。その呼び方は、岸くんからしたら「俺の方が瞳のことを知ってるんだからな」というある種での自信に繋がってしまったのかもしれないが、かずくんからしたらそんなことは“問題視するほどですらない”のだ。だから当て馬の教科書1ページ目に書いてあるような台詞を岸くんが言っても、「瞳ちゃんのこと、よろしくお願いします」なんて言える。しかも「友だちでいてあげて」なんて。
いくら鈍感でも、たとえ国語の成績が万年1だったとしても、ここまで当て馬らしい台詞を吐いている岸圭吾の恋心に気付いていないはずがない。ましてや川上一馬という男は、東京大学を中退してお笑い芸人の道を歩んだ男だ。瞳ちゃんとの結婚を雅彦お父さんに認めてもらうため、さらっと塾講師へと転職できたほどの頭脳の持ち主。そんな彼が、岸くんの持つ言葉の意味に気付かないはずがない。
その上で、そんなことを言う。岸くんの表情はわかりやすくゆがみ、沈んだ。でもそれでいて、困惑と呆れとショックを受けながらも、“友人として”覚悟を決めた顔だった(あと本筋には関係ないけど、無免許深澤辰哉が演じる岸圭吾の車が足長族仕様すぎて、かずくんが降りにくくなっているのが愛おしかった。こういうほっこりエピソードを挟んでくれるのも、このドラマの特長だと思う)。
 
言い方に問題があるかもしれないが、濱田岳はいわゆる“イケメン”ではない。愛嬌のあるその顔立ちは、人間らしいあらゆる色の感情がとても映える。深澤辰哉も“正統派イケメン”とは違う、アンニュイで不思議な魅力を持ったタイプの顔立ちだけれど、俳優とアイドルという意味では“これまでの経験”が全く違う。
私は常日頃から、“アイドルなどを含むアーティストだからこそできる役”というものは存在すると思っている。例えば「怪物の木こり」の亀梨和也、「キャラクター」のFukase(SEKAI NO OWARI)、「ブラック・ペアン」の二宮和也。職業特有の経験から、“求心力”を操ることに長けているアーティストは多い。そしてその“求心力”は、時に凄まじい化学反応を引き起こし、どうしようもなく惹かれてしまうキャラクターへと成長することがある。「マッチング」の佐久間大介も例に漏れないが、その話はまた今度。
でも、「春になったら」の深澤辰哉はその部類とは少し違うと感じていた。ふっかさんがこのドラマの制作陣に見つかったのは嬉しいことだけれど、なぜ彼を選ぼうと思ったのだろうと純粋に疑問だった。もちろんインタビューの文章(後述)では理解していたけれど、だ。
だがこの瞬間、理解した。岸圭吾に求められていたのは“求心力”ではない。“日常的すぎる優しさ”と“リアコ力”。夜電話に出るだけで相手を恋に落としてしまう逸話を持つ深澤辰哉だからこそ、“恋されるのに慣れない”空気感が演出を後押しする。
 
岸圭吾は川上一馬よりも身長だって高いし、定職にだって就いているし、瞳ちゃんとの思い出もたくさんあるし、心もゆるされている。本当に? 前者3つはともかく、最後の1つはそんなことないんじゃあないか?
名前も呼ばれず、ふたりきりで待ち合わせすることもなく、かずくんに子どもがいることも知らされていなかった“お父さんみたい”な“異性の友人”。“大切なお父さん”にも“40年続くような友人”にも“結婚したい大好きな人”にもなれない。
 
そう気付いて、岸くんは“恋のライバルにすらなれなかった”と気付いた。自分が瞳ちゃんと築いてきた思い出よりも、もっともっと確かな、“強固な信頼関係”があるんだと知ったんだ。
 
私の中で岸圭吾がようやく“失恋できた”と思ったのは、最終話のひとつ前、第10話だ。かずくんと瞳ちゃんの婚約解消も解消され、“普通じゃない”式に向かって準備も始まり、雅彦お父さんも身体が終わりを迎えそうになって仕事を辞めた。そんな3月の中旬。
岸くんとかずくんは、初めて待ち合わせをして、喫茶店で会って話をした。きっかけは“式の内容がだいぶ変わるので、司会進行の内容も変わります”という報告兼相談だったが。「こんなこと、カズマルくんさんに言うことじゃないのかもしれないですけど。」物々しく言い出せば、かずくんは勘付いたようにパフェを食べる手を止めた。……いや、男2人で向かい合ってパフェ食べてんの、可愛すぎるかよ。
「僕、大学の頃からずっと、瞳のことが好きだったんです。」「ずっと後悔していたんです、なんで瞳に自分の気持ちを伝えなかったんだろう、どうして司会なんて引き受けちゃったんだろう、って。」あぁ、ようやく、やっとだ。やっと、岸くんの拗れまくった感情が、言葉という形になってくれた。
「司会はもちろん、ちゃんとやります。」「僕が言いたいのは、やっぱり瞳には僕じゃなくてカズマルくんさんなんだなって。ふたりを見ていたら、わかりました。」晴れやかで、切なげな表情。3月の春の表情だった。
「この前は、失礼なこと言ってすみませんでした。」「瞳のこと、どうかよろしくお願いします。彼女を幸せにしてやってください。」第6話でかずくんが岸くんに言った言葉を、岸くんが言う。でもそこに嫉妬はなく、わざわざ“家族として”なんて言葉もつけない。ただ、岸圭吾がずっと描いてきた春よりももっともっとあたたかい春が、瞳ちゃんを待っているのだと理解し、納得した顔だった。
あの表情を失恋じゃなければ、なんと呼ぶのか、私はわからないよ。「頼みますよ、ほんとに。」くしゃっとからかうように笑う彼の表情には、春の朝露のような切なさが漂っていた。
 
第8話で岸くんたちは、またもんじゃを食べていた。いつも通り、美奈子ちゃんと瞳ちゃんが横に並び、岸くんが向かい側でもんじゃを焼く係。またそうやってさりげなく優しい気配りを見せながら、岸くんは言う。「友だちの瞳が結婚するんだから、喜んで司会するよ」「絶対幸せになれよ」「なんかあったら、すぐ俺たちに言うんだよ」。
“言えよ”じゃなくて、“言うんだよ”。友だちでも、お父さんみたいでも、なんでもいい。普通の人でもいい。大切な友人のそばで力になれるなら、なんでもいい。そんな優しい言い方だった。
岸くんの表情は、覚悟や困惑じゃあない、晴れやかで清々しい表情の笑みだった。ずっと咲かせられなかった恋の蕾は蕾のまま終わり、枯れることなく美しく清らかに春を彩ったんだろうな。そう、思えた。
 

岸圭吾の優しさ


岸圭吾って、優しいんだよ。いや、なんか改めて言うと変な感じだけど、優しいんだよ。
私は散々、「岸くんは、瞳ちゃんと美奈子ちゃんに対して『異性の友人』として接している」と言った。その特性は、物語の端々に散りばめられている。
たとえば、岸くんは美奈子ちゃんと歩くとき、さらっと車道側を歩く。たとえば、岸くんはもんじゃ屋さんの前の待ち椅子に座るとき、絶対先に美奈子ちゃんを座らせる。たとえば、外食で横並びに座るときは相手の荷物を自分の方に置いたり、美奈子ちゃんと瞳ちゃんを隣り合わせに座るように仕向けて、自分はもんじゃを焼く役に徹する。
優しいんだよ、この男。“男女の友情はある程度境界線が引かれるもの”と言ったが、それはつまり“誰かが底抜けに優しくなければ成立しない”んじゃないかとも思う。しかも恋愛感情ありきなら尚更。この3人はみんな優しいけれど、岸くんはずば抜けて優しい。というのも、岸くんの優しさって“他人に気付かせない優しさ”なんだよな。
対美奈子ちゃんじゃなくとも、瞳ちゃんの家にお邪魔したときだって洗いものを買って出ている。みんなの写真を撮るってなったら、さらっと撮影係に任じている。どれもこれも、わざわざ相手に「ありがとう」と言わせる隙を与えない“優しさ”だ。意識して優しくしていたであろう瞳ちゃんではなく、そのさりげなさすぎる優しさに惹かれたのは美奈子ちゃんで。このふたりの関係が動き出すのは、春が終わった5月の頃だった。
 
最終話、第11話。春を終えた頃、美奈子ちゃんは遂に岸くんに告白する。
あれ? 諦めたんじゃないの? と、ドラマを観ていない人なら思うだろう。実は第10話で岸くんとかずくんが話している頃、美奈子ちゃんと瞳ちゃんも会って話していた。マッチングアプリに登録し、岸くん以外の男の人と会って色んな話をした美奈子ちゃんは、言う。「いろんな人に会って、いろんなことを知れて、楽しいは楽しいんだよ。……楽しかったんだけど、なんか違うんだよね。それ以上進めないの。」自己嫌悪の混ざった訥々とした告白に、瞳ちゃんは静かに耳を傾ける。
「岸くんのことはもうすっぱり諦めて前向いてるって、自分に言い聞かせてただけかも。……瞳はすごいよ、好きなものにまっすぐで迷いがない。私、迷ってばっかりだよ、情けない……。」確かに、美奈子ちゃんから見た瞳ちゃんはそうだろう。かずくんが好きだから、交際から1年しか経っていなくても、子どもがいても、結婚に踏み切った。お父さんが好きだから、反発して、最終的にはお父さんの希望を受け入れた。瞳ちゃんはまっすぐだ。そしてそんな瞳ちゃんのことが、美奈子ちゃんも岸くんも大好きなんだろう。
“好きなものにまっすぐ”な瞳ちゃんは、美奈子ちゃんの自己嫌悪ももちろん否定しない。「私はそういう美奈子が好きだよ。」泣きそうになっていた美奈子ちゃんの顔が上がる。「周りが見えていて、みんなのことを考えて、バランス取ってくれて。でも自分のことになるとびっくりするくらい不器用。」笑い合いながら、親愛の笑顔で相手を褒める。
「だから、美奈子が迷っても、どんな選択をしても、全部応援するよ。」
 
そんな掛け合いがあったからこそ、美奈子ちゃんは岸くんへの告白に踏み切れたのだろう。失恋を経て、それでも諦めきれなくて、前を向きたくて、“迷いながらも必死に考えているあなたが好きだよ”と言ってくれた親友に応えるために。
「どうした?体調悪い?」5月になり、春は終わり。中々切り出せず、生返事しかできない美奈子ちゃんの顔を覗き込みながら、ふたりは瞳ちゃんの待つもんじゃ屋さんへ向かっていた。ちゃんと顔を覗き込んで心配そうに気を配る。そういうところだぞ、岸圭吾。
「……っ、あのさ。」美奈子ちゃんの、重い口が開かれる。「うん」岸くんはしっかり振り返り、歩きながらも美奈子ちゃんの言葉を待った。「私、岸くんのことが好き。……好き。」そんなことを言われるとは、全く思っていなかった顔をして。
告白された途端、岸くんの足が止まる。「……え? 」「知らなかったでしょ、全然気付いてなかったでしょ。」「……おれ? 」「そうだよ。」「ほんとにおれ? 」「だからそうだって、もう、何回も言わせないでよ。」
気合いを入れた、純粋で真っ直ぐな気取らない告白から一転、照れたように友人らしくあしらう美奈子ちゃんが愛おしい。対して、全く気付いていなかった超絶鈍感優しすぎ岸圭吾は、歩いていた足を止め、ずんずんと先を歩く美奈子ちゃんの背中を見つめて唖然としていた。
本当に、本当に気付いていなかったんだな。本当に友人として信頼していたんだな。
美奈子ちゃんが恋心を諦めたばかりの頃、岸くんのやけ酒に美奈子ちゃんが付き合っていたシーンがある。そこで岸くんは散々失恋の傷を癒そうと酒を飲み、同時に「美奈子は? いつも俺ばっかり愚痴ってるから、美奈子もなんかあったら俺聞くよ? 」と言うのだ。本当に、本当にこの男は。遅いんだよ。美奈子ちゃんに目を向けるのが遅いんだよ。
でも美奈子ちゃんは、そんな岸くんが好きで。いつもどこかタイミングがずれてしまう、不器用で諦めが悪くて自信がなくて、そして春のように優しい岸くんのことが、大好きなんだよ。
 
「……嬉しい。」美奈子ちゃんの告白を受けた、岸くんの言葉は、どこまでも素直だった。“ありがとう”でも“ごめん”でもなく、「好き」と同じくらいの純度を持つ、素直な「嬉しい」。岸くんにとって美奈子ちゃんの好意は“友情が壊れる”ものではなく、“素直に嬉しい”ものだったんだ。そしてそれを、相手を見て真剣な表情で素直に言えるような、そんな男なんだよ。
あぁ、やっぱり好きだ、岸圭吾。

咲かなかった蕾と、咲かずに枯れた花は違う


コブクロの楽曲に「桜」という作品がある。私は推しキャラのイメージソングを漁ってしまうタイプのオタクなのだけれど、岸圭吾も例に漏れなかった。
「春になったら」の主題歌は、福山雅治の「ひとみ」だ。瞳ちゃんと雅彦お父さんが、お互いに手紙を書いて読んだような、じんわりと心温まり、いつの間にかほろりと涙を流してしまうような、ぬくもりに溢れた楽曲。これは紛うことなき“椎名瞳と椎名雅彦”のイメージソングだと思う。主題歌をイメージソングというのもおかしな話か。
対して、岸圭吾のイメージソングはコブクロの「桜」だと、私は思っている。そういう目で、岸圭吾を見ている。

この楽曲の1サビを引用する。

桜の花びら散るたびに、届かぬ思いがまたひとつ
涙と笑顔に消されてく そしてまた大人になった
追いかけるだけの悲しみは、
強く清らかな悲しみは、
いつまでも変わることのない
隠さないで、君の中に咲くLove

「桜(コブクロ)」

桜が散るたび失恋する=“何年も片想いをしている”という時点で岸圭吾要素が強いのに、“追いかけるだけの悲しみ”で美奈子ちゃんも匂わせてくる。でもその悲しみは確かに“強く清らか”で、生まれた“愛”という感情は大切な花なんだよ。
 
鳥肌が立つほど好きなのは、2番のサビだ。

人はみな心の岸辺に、手放したくない花がある
それはたくましい花じゃなく、儚く揺れる一輪花
花びらの数と同じだけ 生きていく強さを感じる
嵐吹く風に打たれても やまない雨はないはずと

「桜(コブクロ)」

運命のような偶然で、“みなこ”と“きし”という言葉が入っているんだよ。こういう偶然を見つけたとき、日本人でよかったと思う。そしてオタクでよかったとも思う。
岸くんにとって手放したくない花は瞳ちゃんへの恋心と、美奈子ちゃんや瞳ちゃんと離れたくないという友情への執着だった。たしかにそれは堅固で根の張った植物ではなかっただろうけれど、毎日のように恋心と友情に揺れて大切に育ててきた彼の迷いという感情を、花と呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。
「桜」に出てくる“花びら”って“花占い”を彷彿とさせる。「好き、嫌い、好き、嫌い……」と相手の恋心を推し量りながら、諦めたように何度も自分の恋心を自覚する。その“恋心の自覚”と、“恋心と過ごしてきた時間”を“花びら”と呼び、その数だけ道を照らす光が増える。春になって前を向いた岸くんの切ない強さは、「彼という花はきっとどれだけ強い雨が降っても折れないんだろうな」と思わせてくれる。
 
桜ってさ、儚いんだよ。咲いてくれる時間がとんでもなく短い。今年なんかは3週間程度だったんじゃあないかな。そしてそれはつまり、“飽きられる前に散る”花だということ。飽きられる前に散り、それでいて多くの人を強く惹きつける。短い時間のために春を辛抱強く待って美しく賢く儚く咲く。それが桜。
でももちろん、咲かない花もある。
でも私は、“岸圭吾の恋の花は咲かなかっただけの蕾”だと思う。
春を心待ちにして蕾として身を膨らませ、春の風を待ち、寒い冬を耐え忍んだその花も、桜と呼ばれなくとも“春を待った花”ではある。日本人は桜の花が散って葉だけになった桜の木も、“葉桜”として愛でる。咲くまでの時間を愛した花々も、愛おしく思ってしまうのは当然の摂理だろう。

名もない花には名前を付けましょう この世に一つしかない
冬の寒さに打ちひしがれないように 誰かの声でまた起き上がれるように

「桜(コブクロ)」

「桜」はこの歌詞で〆られる。咲かなかった桜に、名前はない。でも蕾として春を待った時間はたしかなものだし、来年はまた咲くかもしれない。たしかに今まで咲かなかった花だけれど、吹く春の風だって毎年違うのだから。
岸圭吾という花が、失恋を経て美奈子ちゃんの勇気ある告白で起き上がれたのだと、私は信じてやまない。
 
岸圭吾へ。もう春は終わりそうだよ。春が終わったら、5月になったらあなたの大好きな友人が覚悟を決めて、あなたの花に水をくれるからね。覚悟して待っとけよ。
 

永遠はないけれど、春はくる


私の大好きなドラマのひとつに、「ウソ婚」という作品がある(最初にしれっと触れたけど)。深澤辰哉と同じ、SnowManのメンバー渡辺翔太が出演する、23年7月期火ドライレブン枠の、ラブコメディドラマだ。「契約結婚をする幼馴染」というラブコメ感満載のあらすじだが、実際はとんでもなく心情描写の細かい美しいドラマだった
細かくはnoteで(前後編に分けて)書いているのだけれど、渡辺翔太はこのドラマで「同性の友人に片想いしている役、進藤将暉」を演じていた。といっても原作コミックとは設定も変わっており、その恋心が判明したのは第4話。くしくも「春になったら」で岸圭吾の恋心が瞳ちゃんにバレた回と、同じ話数である。
進藤将暉は、相手の左手薬指に指輪がはまっているのを見て初めて自身の恋心を自覚し、だからと言って離れたくもなくて、でもこのまま気持ちを伝えなくてもどうせ彼の“1番”は自分じゃない、という苦悶に満ちていた。しかし彼もまた、想い人の恋人と会話することで恋慕の蓋が開き、「1番は恋だけじゃないし、隣にいられたらいいや」という形で失恋した。詳しくはぜひ観てほしい。Netflix、U-NEXT、FODなど、各種配信サイトで配信しております(ステマじゃないよ)
 
私の“失恋とは感情を形にして初めてできるものなんだ”という私見は、完全に「ウソ婚」から得たものだ。自分の中に閉じ込めて増幅させるだけさせて、いつかぱちんとはじける。そんなシャボン玉のように跡形もなく、なんていう風に、恋心はうまくいかないだろう。
実際、進藤将暉は傷付きながらも「俺はこれでいいんだよ」と傷に慣れようとして過ごしていたが、1年で耐えられなくなってしまう。岸圭吾は叶わない恋という傷に慣れていた、というよりかは、「傷付きたくないから片想いしているんだよ」と振る舞っているようだったが。だからこそ、約10年もの間、桜が咲いて散ってを繰り返しても、その時間ずっと片想いできたのだろう。
 
進藤将暉と岸圭吾の共通点はたくさんあるが、いわゆる「バウムクーヘンエンド」を遂げたふたりでもある。ふたりとも、想い人の結婚式に参列している。想いを形にして、“失恋”した上で。
岸くんは当初の約束通り、司会として瞳ちゃんの結婚式に参加した。途中まではまだ硬い表情で、どこか涙をこらえているようだったが、「誓いのキスを」彼の合図でふたりがほほえましいキスをした瞬間、肩の力が抜けたように、岸くんの表情がほろりとゆるんだ。“失恋”が冬だとするなら、あの表情こそが“春”だったのだと、私は思う。
 

ありがとう岸圭吾


改めて思う、ありがとう岸圭吾。ありがとう深澤辰哉。10年振りの連ドラ出演なのに、2クール連続での出演。しかもどちらも出演頻度の高い役どころだった。ふっかさんは優しさも努力も表に出す人ではないから見えなかっただけで、きっと努力に努力を重ねてきたのだろう。それが、クランクアップの映像で垣間見える。

……ふっかさんが、泣いている。正直めちゃくちゃ驚いた。SnowManの中でも、ふっかさんって特に涙を見せない人なんだよ。と言うより、あべちゃんとふっかさん(通称あべふか、同期)は特に泣いている姿を見せない。
あべちゃんは、“アイドル阿部亮平だから”と自分に課すように、「アイドルは舞台の上(みんなの前)では泣かない」という矜恃を持っていると思う。だからこそ滝沢歌舞伎の最後の舞台でも唯一涙を見せなかった。彼が泣いていたのなんて、きっと「それスノ(SnowManの冠番組『それ、SnowManにやらせてください』の略称)」のダブルダッチ大会くらいだ。力を出し切れなくて悔しくて、舞台の裏でメンバーと涙を流した。あれくらいだ。
ふっかさんも、あのときは泣いていた。正直、ファンとしては「普段涙を見せない人も、『自分の力を出し切れなかった、最高のパフォーマンスをできなかった』という悔し涙は流すんだ」と安心した節はある。悔しいときに泣ける人は、嬉しいときに全力で笑える人だと思うから。彼らの笑顔は本物なんだと、信じられるから。
 
でもふっかさんの“涙を見せない”理由は、あべちゃんとは少し違うと思う。“感情が湧き上がる様を見せない”スタイリッシュな感じ。飄々とした、のらりくらり、世渡り上手。ふっかさんのような、しなやかでなだらかな言動を言い表す表現はたくさんあるけれど、彼の“ブランディング”にはきっと“感情の大爆発”はあまり存在していない。ライブでも脱がないし(いや、テンションが上がると当然のように衣装を脱ぎ捨てる約半数が稀有なのかもしれないが……)、バラエティ的に叫んだりはしゃいだりすることはあれど、アイドルとしているときは見守りポジションで冷静に突っ込んだり周囲を見渡したりしている。だからこそさらっとしたスマートな気配りができるんだろう。
そしてそんな彼の人間性こそ、「春になったら」の岸圭吾にキャスティングされた理由でもある。


深澤さんは普段はアイドルとして活躍されていますが、番組を拝見していて「仲間思いで優しい方なんだろうな」と感じたことがキャスティングのきっかけになりました。持ち前の人思いな優しさが岸という役ににじみ出ていると思います。

マイナビニュース 「春になったら」プロデューサーへのインタビュー記事
https://news.mynavi.jp/article/20240311-haruninattara/2 

“持ち前の人思いな優しさ”。これほどまでに深澤辰哉を表現するに適した言葉があるだろうか。そう思うほど、ふっかさんは素で優しい。岸くん、瞳ちゃん、美奈子ちゃんを演じた深澤辰哉、奈緒、見上愛は年齢も経歴も全く違うが、最初から打ち解けていて仲が良かったとも言われている。最年長のふっかさんが人の懐に飛び込み、緊張の糸を解いたのだろうなと思うようなエピソードもあった。
最終話以外、基本的に瞳ちゃんと美奈子ちゃんを横並びに座らせて、自分はもんじゃを焼く役に徹する岸圭吾。人間臭くて自分の好意には鈍くて、でも空気が柔らかくて友人のために全力でいられる岸圭吾。作中のキャラクター全員に好かれる岸圭吾。
メンバー全員参加型のゲームに参加できないこともあるのに、MCに徹して場を盛り上げる深澤辰哉。褒められることにはどこか慣れていなくて、スマートな所作でありながらもメンバーのためにグループのために全力のパフォーマンスをして努力を惜しまない深澤辰哉。共演者からも深く愛される深澤辰哉。
書き連ねれば書き連ねるほど、似ている。柔らかくて謙虚で誠実で、でも大切なものには一途で一生懸命。あぁ、本当に深澤辰哉が岸圭吾を演じてくれてよかった。本当にありがとう。

最後に


最後にも何も、もう“ありがとう”以外に言うことないよ。ただ正直、私は“俳優・深澤辰哉”を侮っていた。「今日からヒットマン! 」の山本照久は、コメディドラマのキャラクターだからこそ、キャラクターも作りやすかったかもしれない。それに、座長が同じ事務所で先輩の相葉くんだったことも大きかったと思う。
その点、「春になったら」は周囲にガチガチの俳優しかいない。奈緒さんも木梨憲武さんも、映画で単独主演を務めるような名優。その次に名前を連ねることのプレッシャーたるや。しかもドラマの世界観的に、日常を切り取ったようなリアルなものだった。会話のリズムが少しでも合わなければリアルさが損なわれ、世界観は破綻する。そんな中で、深澤辰哉は岸圭吾として“生きた”。メイキング映像では「難しいよ~」と言っていることもあったが、ドラマの中ではそんな顔を気取らせないほどリアルで、どこまでも岸圭吾だった。
更にドラマの共演者の心を掴んだのも大きい。共演頻度の高かった奈緒さんや見上愛さんはもちろん、木梨憲武さんは「祭GALA」の舞台にまでいらっしゃったらしく、ふっかさんがどれだけ愛されているのかうかがえる。かずくんの息子龍之介役の石塚陸翔くんとだって、親子のような絆を築いていた。
その中で、岸圭吾として過ごしたからこそ「カメラが気になっちゃったな。康二に聞いてみようかな。」と零したこともあったし、Twitter(現X)でドラマ実況感想を呟いていた佐久間さんに感謝を伝えていたりもした。やっぱり、岸圭吾の優しさは深澤辰哉の優しさあってこそで、そして岸圭吾も深澤辰哉もまるごと愛されたのだ。
 
ドラマが終わるのは寂しい。1ヶ月経った今でもロスは埋まらない。
それでも、クランクアップのときふっかさんが流した涙は本物で、彼が「この時間が終わってほしくない」と思ったのも事実。寂しいけれど、推しにとって「終わりたくないほど大切な時間」がまたひとつ増えたことは、ファンとしてとんでもなく嬉しい。
そして願わくば。彼が過ごして努力した“岸圭吾”としての時間が、またどこかの作品で実を結びますように。深澤辰哉という逸材が輝ける作品に、彼が心から愛せるような作品に、また出会えますように。
 
ありがとう、ふっかさん。最高だったよ。

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